間話 ブンゴ編
間話 第四 INCAPABLE WORKHORSE 巻の壱
「お前も食って寝て日向ぼっこしたらハッピーだろ!」
ワダヌキ先輩に無理に誘われた二軒目で飯を食ってる間にも、俺/ブンゴの気分は晴れなかった。
あの時はしらばっくれたが、俺はあのメタローという奴を知っている。
知っていると言っても、名前を顔を知っているだけで、仲は良くない。
と言うより、俺は奴を敵だとも思っている。
何故なら、あいつは言葉巧みに俺の友達のゴロとハカセを騙しているのだから。
おまけに今回の言い草はなんだ。人間様が関わっているなどと嘘をつき、今度はダッチたちまで騙そうとしている。
絶対に許せない。
元々、ゴロとハカセは俺たちダッチーズの一員で、力が強いゴロと、頭が良いハカセは特によく働く奴だった。
俺がダッチに言われてあいつらに指示を出すと、二人とも仕方がなさそうに言うことを聞いたし、愚痴は時々言いながらも、反抗はしなかった。
それなのに、あのメタローと言う奴は、ある日突然現れた。
俺とダッチがいつもの様にゴロとハカセに指示を出していると、何か問題があったようで、ダッチはゴロとハカセを責めていた。
ダッチは先輩たちからの信頼も厚く、リーダーシップがあり、人が集まってくるようなやつだ。
そいつとゴロたちを比べたら、ダッチの方が正しいに決まっている。
だから、ゴロとハカセが悪い。そういうわけで、俺も一緒に責めた。
俺は善悪でも感情でもない。正しい方に付くのだ。
謝れ。
謝れば少し殴られるだけで許してもらえる。
だから謝れ。
俺たちがそう言って、正しさを発揮している時だった。
その陰気で弱っちそうなメタローという奴は、俺たちと関係もないはずなのに、前触れもなく割り込んでくると、ダッチに何か言ったんだ。
ダッチは一瞬困った様な顔をしたが、すぐに言い返した。
それでもあいつは言い返してくる。
生意気なやつだ。
そしてダッチは遂に拳を出した。当然だ。言っても分からないんだから。
でも、それを受け止めたのは、ゴロだった。
俺は訳が分からなかった。
やがてダッチがゴロに力負けして、参ったと宣言したことも、理解が出来なかった。
何故歯向かうんだ。何故負けを認めるんだ。正しいのはこちらなのに。
その日からゴロとハカセは何故かメタローと一緒に行動する様になった。
だからと言って彼らの見た目や行動が変わるということもなく、普通に良い奴のままではあったし、時々話すことはあったが、なんだか俺たちといる時より楽しそうに見えて不思議だった。
そんなわけはない。
ダッチーズは絶対だ。
何かがおかしい。
だから、考えた。
恐らく、あのメタローってやつは何かズルい奴なんだと。
じゃないと、話が通らない。
だってそうだろう。
ダッチは純粋な狸で、先輩にも可愛がられているのだから。
俺たち狸は、年功序列。
長生きしている先輩方は絶対だし、狸の里で生まれ、狸に育てられた純粋な狸の言うことが正しいのは当然だ。
先輩の言うことに従い、彼らがいなくなれば、次に残っている年長者が偉くなる。
我慢していれば、いつかは自分の分が回ってくるのだ。こんなに良く、正しいものはないだろう。
当然、取り得がない俺でもいつかは先輩となり、後輩たちをいびってやるのだと、楽しみでたまらない。
しかし、一部には順番が回ってこない狸もいる。
それは、純粋ではない狸だ。
狸の里には、災禍に見舞われて親がいなくなった奴らが何匹かいる。
そいつらは妖怪のところで育てられていて、純粋な狸じゃないので、序列も低いし、のし上がれることもない。考えるまでもない。当然だ。そういうものなのだ。
メタローやハカセは純粋な狸ではない。そういう意味では、今回の騒動は嫉妬や難癖で序列を崩そうと革命を起こしたつもりなのかも知れなかった。なんて悪党だ。
そう言えば、メタローは姉貴に取り入ったらしいとも聞いている。
人間の文化に興味があるように見せかけて、姑息な手段で狸の伝統に反旗を翻すつもりなのだろうか。まあ良い。姉貴は賢い。いずれメタローの狙いにも気付くだろう。それに、出る杭は打たれるという。狸の伝統に逆らっては、どうなるか。そのうち思い知れば良い。
誰もが普通で、誰もがルールを守る。
それが当たり前なんだ。
純粋な狸ですら守っているのだ。純粋でない狸が守らないなんて、絶対許されないだろう。
×××
食事を終え、先輩と別れた。
俺はまだイライラしている。
この気分をどうにか晴らしたい。
何処か遊びにでも寄ってから帰ろうかと悩んでいた。
その時だった。
目の前の街灯が消えた。
俺は不思議に思いながらしばらく待っていると、再びその街灯が点灯した。
そこには、全身黒ずくめの何者かが立っていた。
さっきまで誰もいなかったのに、と少し驚きながら俺が近付いていくと、それは見覚えのある顔をしており、それがただの人型ではなく、ちゃんと人間であることが分かった。
「あの、もしかして、姉貴……?」
人間であり、継ぐ子である、姉貴。
その人がそこにいた。
行方不明だと聞いていたが、もしかして俺が見つけたってことなのか。
メタローたちが捜索していたとは聞いていたが……こんなところで見つかるなら、あいつらはロクな探し方をしていないのだろう。奴らより俺が優れている証明が出来たことにウキウキとしながら姉貴の様子を伺っていると、どうやら姉貴は勿論俺のことを覚えていたようで、
「お前、ブンゴ、だっけか」
そう言ってくれた。
姉貴から話を聞くと、実はこれまで意識がなく、急にここに現れて、状況が分かってないのだと言う。
だから俺は、今日のことを説明した。
メタローが狐を助けて人間の女と知り合ったらしいこと。
これからダッチたちはそれを盛り上げ、人間との繋がりを得ようと思っていること。
俺はそれが間違っていると思っていて、でも上手く言葉に出来なくてモヤモヤしていること。
姉貴は俺の説明が気に入ったのか、何度も繰り返して確認するとやがて、
「モヤモヤね……。ここに出たのは正解だった。確かに間違っていると言えばここだろう」
と呟くと、何か悪巧みを思いついたような顔で、
「お前は今日から私に従い、あいつらの邪魔をしてもらう」
そう言ってくれたんだ。
遂に俺は優秀さが認められ、姉貴にすら頼られてしまった。
あいつが取り入ったと思い込んでいる姉貴に。
つまり、あいつは間違っているし、俺は正しかった。
流石姉貴、全てよく分かってくれてる。
その時は、そう思った。
×××
それからは、姉貴が現れて指示をくれる度に、それに従っていった。
まず早速メタローの邪魔をする為に、ダッチに「配信のネタにすると盛り上がるぞ」と連絡を入れた。
俺は姉貴が天狗様の配信回線を知っているというのでそれを指示通り乗っ取ると、狸の里にはメタローと人間様の配信が流れた。
これでメタローがヒトナーであり、どんなに罰当たりな奴なのか、里で誰もが知ることになる。
良い気味だ。
そしてすぐに姉貴に言われた様にチョコレートの匂いの香水を神社の鳥居の下に垂らした。その匂いを知る者がふと立ち止まる程度に控えろとの姉貴の指示通り、少しにした。その時自分の手にも垂れたが、辺りと同じ匂いが付いた。同じ匂いを使う者がここに来ても、鼻では感知できないだろう。
続いて後日、姉貴の出した門で狐の里に行き、噂の人間様の写真を撮った。
成程、聞いていた通り彼女は狐にも分け隔てなく話す素晴らしい方の様で、憎き狐どもとお茶をしてあげていた。耳を澄ませていたところ、狐どもは何かにつけて狸の悪口を言っていて、俺はいつ出ていこうかと苛立っていたのだが、彼女はむしろそれをたしなめていた。
また、そんなことをすれば狐から反感を買うのではないかと見ていても、むしろ彼女の方に「良くないことを言ってしまったわ」と謝られるほどで、どれほど彼女が好かれているかもよく分かった。
勿論彼女は微笑んで許しており、ああ、なんて包容力が、甲斐性がある女性なのだと、俺は少し感動してしまいそうだった。
そこで俺は改めて実感した。
そうだ。何故こんな方がメタローなんかを選ぶのか。そんなに見る目がない人だとは思えない。こんな崇高なる人間様の方に落ち度があるとは思わない。
つまり、メタローが人間様を騙していて……なんなら狐と繋がっているのではないかとまで疑える。そしてこの写真はその十分な証拠になるのだ、と。やはり悪いのはメタローの方。確信が強まった。
俺はそれを姉貴の指示通り、布袋さんへ送ってやった。
さぞ狸たちは驚き、メタローを問い詰めたことだろう。
そして仕上げに、二戦目の時に奴に間接的にダメージを与えてやった。
と言うのも、姉貴によればメタローは裏切ったらしく、『兄貴』という猪と共に狐陣営にいるのだと言う。
証拠として姉貴に連れられた狐陣営の裏の方では、身体の大きい狸が化粧の濃い者たちに椅子に縛られた状態で奇妙な料理を食べさせられ、じたばたしながら口や目から光を放っていた。もうアレは助からない。メタローが狸を売った裏切り者である証明だと分かった。
俺はメタローへの怒りで頭がいっぱいになりながらも、姉貴の指示通り、義賊兄弟とやらに混じって化粧の濃い者たちに接触し、「是非料理班に参加して珍味の腕を振るってくれ」と伝えた。その後、俺は確実に実行したことを確かめる為に、離れたところで客席を見ようと努力したが、思ったより人が多くて中々見えなかった。
しかし、音は聞こえるのでしっかり耳を澄ませていく。
「裏切った」「兄貴」「珍味」
やがてそんなキーワードが聞こえたことで、俺はしめしめと思いながら待っていると、狙い通り、狐陣営で猪の獣人が倒れたのを遠くからでも見ることが出来た。
狸陣営に見覚えのない人間様がいたのは気になったが、彼が狸陣営から獣人を煽っていると、メタローは心配そうに獣人を起こそうとしていたので、奴がどちらの味方かは一目瞭然。その時、メタローの奴はちゃんと気持ち悪そうな顔をしていたので、あいつもさぞ珍味を食べさせられていたことだろう。俺はあいつにダメージを与えられたことをとても満足に感じられた。その上狸陣営に勝利を与えることが出来るなんて、俺はとてもラッキーだ。
やっぱり姉貴は俺を選び、俺の為に何かしようとしてくれているんだと思っていた。
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