間話 第四 INCAPABLE WORKHORSE 巻の弐

 狸の里は勝利に湧いており、誰もが大喜びしている。

 まさか裏で俺が動いたおかげとは誰も思うまい。

 自分が勝利のきっかけを作ったんだと誰かに言ってしまいたかったが、ひたすらに笑いをこらえた。

姉貴は俺だけを信頼してくれているのだろう。

再び呼び出しを受け、姉貴の元へ向かった。


「それで、次は何をしましょう。何をしてあいつを困らせてやりましょうか。もう最高ですよ、まさか俺がメタローのやつを出し抜いて狸に勝利をもたらすなんて、もうたまんないです」

「そうか、そんなにか。笑えてしまうな」

「ええ、もう本当に。姉貴には感謝しかありません。で、次は何をしたらいいんですか。もしかして、次こそやっちまいましょうか」

 俺の提案がさぞ良かったのか、姉貴はニヤ、と笑うと……それに反して、意外な一言を続けた。

「やっちまう? ふふ。そうだな」

「お、良いんですか?」

「いや、こっちの話だ。お前はもう十分だ。これ以上続けると笑いが止まらん」

「そうですか、残念だな。じゃあこれで終わりだったら、パーッと何かお祝いでもしますか! なんか記念にもらえたりって……。」

 そしてその時はやってきた。

「ああ、そうだな。ここまでよくやってくれた。ささやかだがくれてやろう」

 姉貴が広げたローブの中から何か黒い液体の様なものが現れると、それらはギョロリと一斉にこちらへ狙いを定めたように見えた。

「引導ってやつをな」

 そこで漸く、愚かな俺は、姉貴がこちらへ殺意を向けているのだと理解した。

 急に何故。

 どうして俺が。

 何をしたって言うんだ。

 何もかもが分からなかった。

 俺はパニックになり、疑問を問うことしか頭になかった。

「引導って、引導って、殺すってこと?! 言う通りにしてやったじゃないか! なんで、どうしてだよ! 嘘だろ!」

「嘘だと思いたいのはお前のその頭の悪さだ。年功序列主義、差別的な発言、手のひらを返した言葉遣い。その恩着せがましい性格。私がどれだけ頑張って教育しても、馬鹿は考えられずにそうなってしまう。どうしてこうなるんだろうな。お前らは存在に価値がないからこそ、泥にも食われずに生きていく。賢いやつばかりが死んでいく……」

 姉貴の足元の泥はうねうねと動きながらこちらを見続けている。

 姉貴は何のことを言っているのか、俺には思い至らなかった。

 それより、なんとかここを逃れないといけない。

 言い訳を考えて、見逃してもらわないと。

「そうだ、そうだメタロー! あの夜会った時はメタローたちが間違ってるって言ってたじゃないか」

「私はお前の前でメタローが間違っていると言ったことはない。お前より劣るはずがないからだ。間違ってると言ったのは、お前の方だよ。説明しても分からんだろうがな」

 姉貴はただただ溜息を吐くと、黒い液体は姉貴の思う通りに動くのか、蛇の様な形になると、ゆっくりとこちらへ這ってくる。

 俺は困惑と恐怖で動けなかった。

 交通事故なんかが起きる時、どうして年寄りが避けないんだろうと思っていたけど、足が動かないんだと今さらながらに分かった。

「あの時から、ずっといつ殺してやろうかと思っていたんだ。駒になると言うから生かしてやってたに過ぎない」

地面を這う蛇は大きく口を開けた。俺はただ目を瞑ることしか出来なかった。

 その時だった。


 ズガズガン!!

 バサッ!!


 急な発砲音と、何かに掴まれた感覚。

 浮遊感と揺れ、風の冷たさ。

 恐る恐る目を開けると、身動きを取っていないはずの俺の目の前の風景は何故か動き続けており、逆立つ髪の上に、地面があった。そこから絶えず蛇が伸びてくるが、発砲音がそれを遮っていく。

 やがて、地面だけでなく、里の様子が全てさかさまに見えていることに気付いた。

 これは、地面が上にあるのではない。

 俺が逆さなのだ。

 厳密には、空を飛ぶ何者かの足に腹を掴まれて、連れ去られている……。

彼は烏の様な羽根を持ち、嘴の様なマスクをしていた。追い縋る蛇を両手の二丁拳銃で全て落とし終わり、追手がなくなったのを確認すると、ふぅ、と息を吐いた。

「応、助けてやった礼ぐらい言ったらどうだ」

「ああ、ありがとう。あんたは味方なのか? 天狗様……なのか?」

 俺は機嫌を伺う様にそう聞いた。

 姉貴と張り合える様な存在は、天狗様を始めとして超常の存在のはずだ。

 彼はしばらく目を泳がせると、説明をしてくれた。

「俺は烏天狗だ。お前みたいなのはぐだぐだ説明を求めるだろうが、質問は受け付けない。お前の命を俺が握っていることを忘れるな。見た所貴様は自己肯定感だけ無駄に高いよくいる馬鹿ってとこか。道理で姉貴も利用するだけ利用して泥の贄にしようと思ったわけだ」

 俺はカッとなった。何か言い返したいが、この状況に加えて、流石に天狗様には言い返せない。なんとか自分を押し付け、質問を考える。

「……なんでそんなことが分かるんですか」

「わからいでか。馬鹿の考え家畜に似たり。大体想像は付く。もう黙っとけよ」

 流石に命の恩人の天狗様にそんなことを言われては黙るぐらいはわけはない。

 俺は少し落ち着き始め、命を救ってくれた天狗様には本当に感謝してもし切れないと実感した。

「下を見て見ろ」

 ふと言われた通り見下ろした場所にはまだ姉貴がいたが、同じ格好の知らない男が一人増えていた。男は例の人間様の女の子を攫おうとしており、姉貴はその味方をしていた。

戦っている相手は誰だろうと目を向けると、昨日見た人間様の男と格闘をしており、その後ろからはメタローがやってきていた。

「あいつ、姉貴になんて罰当たりなことを」

「馬鹿はすぐ忘れて大変だな。お前はその継ぐ子に殺されかけたのだぞ」

「うっ……」

言い返せなかった。

 今、目の前で起こっていることが事実だ。

 俺を殺そうとした相手であり、それもとても高い能力を持つ継ぐ子の姉貴。

 それが狸の里で戦闘行為を行い、他の人間様に危害を加えている。

 メタローが女の子の味方なのは分かる。姉貴と敵対しているのも分かる。里を守ろうしているのも分かる。

 それじゃあ、メタローは何なんだ。

 まるであいつが良いやつみたいじゃないか。

 お前が悪いやつじゃないと、俺が悪くなるんじゃないのか。

 まだあいつを認められない……信じられないのはいったい誰のせいだ?


 俺は頭が痛くなった。

 信じていたもの全てがひっくり返る様な、全てを投げ出してしまいたいような、誰かに責任を押し付けてしまいたい、そんな気分だった。

「あいつは、メタローと言ったな」

「あ、ああ。そうですけど」

 俺が烏天狗様に返事をすると、彼は、フン、と鼻を鳴らした。

「貴様、まだ分からんのか。貴様ら畜生にとってメタローは味方で、敵は泥だ。貴様程度の要らない矮小なプライドなんか捨ててしまえ。足を引っ張ってもどうにもならないだろう」

「でも、メタローなんて奴は結果を出したことはロクになかったはずです。だから無能なはずで……」

「周囲に努力を見せて来ず、評価も無しにここまで頑張ってきた男、か。それこそが奴の知性の証明ではないか」

ここまで言われれば、流石にもう分かっていた。間違っていたのは、俺だった。

 姉貴にも天狗様にも叱られて、これだけの目に遭って、この光景を見て。

ようやく気付いた。いつも何かにすがってただけのこの畜生の中で、もう決断から逃げられない時が来たのだと、信じてきた価値観の方をなんとかしなくてはならないのだと、十分に理解した。

「無能は間違いなく貴様の方だが、まだやり直すことは出来る。矮小で、粗雑で、愚かで、そんなお前でも、まだやり直したいのであれば無い知恵絞ってお前でも出来ることを考えろ。生きてる間に気付けて良かったじゃないか。やるだけやれ。死にたくないんだったらな」

「今から、俺でも、出来ること……」


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