第十話 Last Note 巻の弐

×××

一方、玉座の向こうへと跳んだネックレスは、周囲を伺った。

付喪神や妖怪の様にぴょこっと小さい狸耳を生やし、戦闘の音が続いているのを確認すると足を生やしてトコトコと歩き始めた。

 扉の側に空いていた穴から抜け出すと変化を解いて妖気を辿り、まるでそこだけ外であるかのように赤黄に染まった紅葉の木と灯篭の並ぶ石段を見つけると、メタローは躊躇いなく上り始めた。一歩上るごとに灯っていく灯篭は、まるでメタローを歓迎している様だった。屋根の付いた閉じた門が現れた。


「この先に、アカネさんが……」

 ぎ、ぎ、ぎぃ……。と、開けた先に広がるのは、真っ赤な花畑だった。

 季節としては早めに、まさに狂い咲く曼珠沙華。沈もうとする夕日の陽に照らされているのは落ちていく紅葉の葉と朱い漆で塗られた橋。その奥にはうっすらとした赤富士がそびえていた。

グラデーションの様に様々な赤の中で、斜めにかけた般若の面と少女の肌だけ白くあった。

しかし、季節も時間も全てを無視し、あらゆるものが様々な赤に染まっているその光景は客観的に見れば本来不気味なもので、此処が現実の場所ではないことを示していた。それは今や彼女が空間ごと書き換えるほどの妖気を持っていることの証明であり、紅のアイシャドウと口紅で装った彼女を見れば、覚醒が終わっていることは明らかであった。


「アカネさん」

「メタローくん」

 二人はお互いの姿を認めるとすぐに全てを悟った。

「見たんだね」

「ええ。これから何が起きるか、過去にどんなことが起きたか。そして、他の世界でのあなたがどう過ごして、今回はどうしてきたか。全部見てきた。泥の中からアオイに引っ張り上げて貰って、ここに出てきて、しばらく考えてた」

 二人はあらゆる世界を既に見ている。語ることは少なくて済むだろう。だからこそ、敢えて言葉にすることを探す。結果が分かっているからこそ、目の前の相手との心を、感情を交わす過程を大事にしよう。

視線が交わされると、アカネは安堵した顔で呟く。

「だからこそ、聞かせて」

「ああ。聞いてくれ。俺は君が好きだ」

 自分の言葉をただ受け止めてくれる相手に、メタローは言葉を続けた。

「アカネさんが狐だと分かった時、表には出さなかったけど、改めてそう思った。何故なら、アカネさんに対して俺が感じた魅力は、人間に対してのものじゃないと分かったから」

 メタローはアカネをまっすぐ見て、ただ言葉を続けた。

「俺だってもう知ってるんだ。例え君が人間様だったとしても、凡百の女の子がこんなに努力を出来ないことは。つまり、俺が見ていたのは、君自身の魅力に他ならなかった。それが俺は何より嬉しかった」

 メタローはアカネの手を握ると、大切そうに一言ずつ、愛の告白を伝えていく。

「姉貴が君を今の時代にそういない大和撫子に育てたかったこと。君は導かれるだけでなく、その在り方に自ら憧れ、期待に答える努力をしてきたこと。それをおくびにも出さない気丈さ、いじらしさが愛おしい。俺には勿体ないと思うほど、正しく俺に相応しい。だから、君のことが大好きだ」

 そう言うと、アカネは静かに、「嬉しい」とだけ答えて、微笑む。好ましいと思える奥ゆかしさにメタローは改めて嬉しさを感じながら、しかし、意を決し、続きを伝えた。

「だけど、俺は君の次に、兄貴が、姉貴が大事だ」


×××

 ラチナと姉貴はいくつも武器を生み出しては使い捨てる様に振るい、門の前で迫る浮遊霊を撃退し続けていく。

「俺たちが幸福でないからと言って、幸せになる者を邪魔する権利はない」

「奴らの仲を邪魔する奴は、私が全て倒してやるさ」


×××

 兄貴は玉座の後ろに腰かけ、目を閉じ、笑っている。

 

×××

「ハカセやゴロ、俺の友達も大事だ」

 城の通路にて、メタローのその声が届いたかの様に、切り傷が増えているゴロとハカセが立ち上がる。

「アイツがあんなに楽しそうにしたの、見たことあったか?」

「ないね。アカネさんは魔法でも使ってるみたいだ」

「応! あいつらの為に頑張るのは苦労とは言わねえよなあ!」

 犬と猫は共に刀を構え、二人を迎え撃つ。

「何より、この後にまだグルメフェスもフードファイトも待ってんだ!」

「まだ行く気があるなら、負けてらんないね!」


×××

「里の皆も、俺には必要なんだ」


 盾と盾、斧と斧がぶつかり、剣戟の音が鳴りやまない戦場。

 狸と狐を始めとした生物は人型、獣人、獣と様々だ。いよいよ恐ろしさを前面に押し出し、妖気を生み出し続ける日本妖怪たちと共に、頭に三角の天冠を付けた落ち武者や鎧を纏った泥たちへ向かっていく。

畜生たちの緑と赤の鎧は既に砕け、武器は全て壊れてしまっているが、心はまだ折れてはいない。見覚えのある、正に甲冑の様な筋肉を持つ半裸の狸たちは雄たけびを上げながら、殴り、蹴り、体当たりなどで物言わぬ甲冑たちを吹っ飛ばす。優男の狐たちは、優雅に魅せることを忘れない動きで狐火を生み出すと、風、土、雷、水、火の妖術を披露し、敵を無力化していく。

 加えて、周囲を鼓舞しながらムエタイやカポエラの要領で戦う派手な格好の踊り子たち三人や、その後ろに新たに仲間に加わった新人──両手に狸狐両陣営の旗を携えたプロレスマスクのマッチョがポージングを取りながら無双を続ける。

「アタシらより先に死のうとするんじゃないよ!」

「これだから若いもんは!」

「そこが可愛いんだけどのォ!」

 八百八狸の老婆たちも忘れてはいけない。

バギーで戦場を高速で駆け回る彼女らは、危ない目に遭っている仲間を助けて回りながら、鎧を轢き、踏み潰していく様子などが見られた。

この敵味方の入り乱れる様相こそが、正に連合軍なのだと言わんばかりであった。

 妖怪たちにも彼らなりの戦い方がある。彼等は神出鬼没に現れては消え、消えては現れて、武者たちを翻弄する。奇声をあげるものたち、音を立てるものたちはその行動で周囲の力を高めていく。舌の長いものたちは鎧の手足を舐めて武者を転ばせ、手足の伸びるものたち、首が伸びるものたちは武者を打ちのめしたりがんじがらめにして高笑いをする。牙や爪を持つ者たちはそれらを切り裂き、火車を始めとした火を扱う者たちはそこへ向けて火を放ち、雪女を始めとした雪を司る者たちは吹雪を吹かせ、雷獣たちは電気を散らし、死者の妖気を奪っていく。

 そうして敵がぞろぞろと崩れ落ちていく中、巨大化した狸たち、鬼、がしゃ髑髏やぬりかべを始めとした大きな妖怪たちは、遂に鵺と繋がっているそれぞれの獣を打ちのめしていった。

「「「うおおおおおお!! せいやあああああ!!」」」

 一同の協力によって鵺の巨躯が引き倒されると、一斉に雄たけびが上がった。

「「「俺たちの勝利だああああああああ!!」」」


×××

「あらゆることを知った上で、君を大事にしたいからこそ、他の全てがあるべきだと、そう思ったんだ」

 落ち着いた様子で、説き伏せる様に言うメタロー。

「そうだよね。私も見てきたから。望んだわけじゃないけど、知ってしまったから。勿論、メタローくんが、誰も見向きもしない様な他人の苦しみも背負ってしまえるのもとても良いところだと思う」

 微笑み、目を伏せ、俯くアカネ。

「だけど、私はそれを許せる人たちを、許せない。知ってて利用出来てしまうお兄ちゃんとお姉ちゃんたちも、知らないで幸せでいられる、そんな人たちも」

 お互いに、譲れないものがある。

 そう理解した二人はお互いを、見据えると、ニヤ、と笑った。

「「だったら……」」

──俺が好きになったこの子に、

──私が好きになったこの人に、

──自分の気持ちを、認めさせなきゃいけない。

──この出会いが例え誰かに導かれたものだとしても、

──だからこそ、この先を決めるのは──

「俺たちだ」

「私たち」

 揃った声を合図に、初めての共同作業とも言うべき喧嘩が始まった。


 紅葉の葉はアカネの背中に翼を形作ると、その身体を宙に浮かせていった。

 翼から舞い落ちる紅葉が一斉に手裏剣の様にメタローへ飛び始めた。

 メタローは「憑着」と端的に呟くと、パーツがメタローの身体を覆っていく。

「イヨオオオオオオオオオオ!」

 アーマーの妖気が紅葉を弾きながらも、憑着が完了する。

それを合図に曼珠沙華たちは大きな口を持つ食虫植物の様な形へ一斉に成長し、食らいつきにかかった。

「ダガーモード」

 端的な指示でメタロードの両腕のプレートは剣へと変化した。

──切る、伐る、斬る、仕留める。

 意思を世界に伝えるように、周囲の植物は切り払われる。

 椿の様にボトリと花弁が地に落ちた時には、既にメタロードはアカネの目の前に迫っていた。

 勿論反応できないアカネではなく、赤黒いネイルが巨大な槍先の様に変化して両腕を覆うと、ダガーとネイルは何度も剣戟をぶつけ合い、やがてお互いを弾いた。

 アカネから飛ぶ紅葉は一斉にこちらへ飛んでくるが、メタローは着地する前にマフラーをほどいて一反木綿を顕現させると、スケボーの様に飛び乗った。

 そして加速を続け、竜巻の様に渦を巻いて紅葉を避け続けながら、アカネの真上へやってくる。台風を意図して作り上げ、その無風の目へと辿り着いたメタローは、一反木綿をマフラーへ変化させ、アカネを捕まえた。もう片方を自らの拳へバンテージの様に巻き付けると、身体中のパーツが、その瞬間を待っていたかの様に妖気を溢れさせていく。

何処からか数々の屏風がアカネへ向けて現れ、導く。

 メタローは頷くと、

「メタロードパンチ」

 静かに、そう呟いた。

 戦士は落ちていく。光る拳を前に構え、次々と開く屏風の中を通過し、その度に速度を増していく。やがて二つの影がぶつかると、爆風でありとあらゆる赤が舞い上がり、辺りを覆った。

 やがて、花びらと葉と、般若の面の破片すらも舞い散るその爆発の中から歩いてきたのは、一つの鎧であった。その胸元には、小指に赤い糸を巻いた少女を抱えており、二人は何かに酔いしれるように、幸せそうに眼を閉じていた。


×××

 メタローが玉座の元へ帰ってくると、その足音で兄貴がゆっくり目を開けた。

「お疲れ、兄貴」

 兄貴は応、と片手をあげるとアカネへ目をやる。

「アカネ。狸寝入りはやめとけよ」

 その声を聞き、抱かれていたアカネはさも今起きたかのように欠伸をすると、後ろへとしずしずと下がった。メタローは兄貴に肩を貸して起こすと、目の前には、兄貴とやり合った末にボロボロとなったリュウシがいた。

 メタローは何処か悟った様な、慈しむ様な表情を浮かべる。

「兄貴、終わりにしよう」

「ああ。行くぜ、奥歯が惜しけりゃ食いしばれ!」

 兄と弟は一度合掌をし、対になる様にそれぞれ外側の掌を立てると、対象へと構えた。

もう片方の拳を腰で構え、それぞれ正拳突きを放つ姿勢を取った。


「「最後の必ッ殺ァツ!」」

「「漢のォ!」」

「「拳ィ!」」

 彼らが放ったその拳は、慈愛の光でリュウシを包み込んでいった。

 蠢く泥の怨念は光が触れる側から浄化され、消えていった。


×××

 真っ白な空間の中に、三つの人影があった。

 メタロー、兄貴、そしてもう一人は、見覚えのない狼の獣人であった。

 獣人は、ふ、と自嘲する。


「俺たちの負け、か……」

「お前、もしかしてリュウシか?」

「ああ、俺が統合意識を扱っていた。お前らが知ってる俺と言う意味なら間違ってないだろうな」

 狼/リュウシは何処か寂しそうに頷いた。


「その姿って……泥の中から、俺を引き上げてくれた狼だ……」

 メタローがリュウシの姿を指す。

「ん? あぁ、そうだ。どうも、俺の善の残滓がそうしたらしいが……ああ、そうか、俺は元は狼だったのか……」

 ぽつり、とここではない、何処か遠くの世界を見ている様に、呟いた。

「さあ、これからどうする。リュウシ、お前の沙汰はメタロー次第だ」


 兄貴が腕を組みながらそう言うとメタローは頷いた。

「これまでのことは確かに許せない、許されないことだ。それをお前が分かってるなら、今生でその落とし前は付けるべきだと、俺は思う」


 メタローはリュウシへと笑いかける。

「だから、俺は君にいくつか条件を出す。まずは、後始末をちゃんとつけていくこと。それで君の後悔が消えるかは分からないけど、側で一緒に楽しくいてくれること。つまり、今回の罰は……そうだな。どちらかが消えるその最後まで、俺たちを見て、聞いて、知って、理解する努力をして、付き合うこと、そんな感じで……どうかな」

「だが、メタローがそう言ったところで、教養のない奴、頭の悪い奴、考えない奴、よく知らない奴、悪意のある奴、いくらでも文句を言う奴は出てくるだろう。そして、そういう感情が再び、世に泥を生む」

兄貴は言葉を引き継ぐと、メタローは予想していたかの様に、覚悟した目でニヤ、と口角を上げた。

「ああ。だけど、お前さえ良いなら、全部の責任は俺が背負うよ。そいつらにバシッと言うのも俺がやる。俺を通さず文句を言いたきゃ、世界を救ってみれば良い」

「違ぇねえ! 違ぇねえや!」

 兄貴は両手を叩いてメタローとリュウシの間で肩を組んだ。

「ああ、約束する。最後のその時まで君たちを見届けよう」

 その言葉に答える様に、メタローがリュウシへ拳を差し出すと、彼は満足そうに拳を合わせた。


×××

 いつかの未来。

 晴れ渡る青空、その下に見える水平線。

 今もなお降る天気雨の中、連なる鳥居の下を、茶釜先輩は行く。

 彼は水溜まりから水溜まりへ跳ねる遊び心を忘れずに先導しながら、後ろを振り返った。

 そこには大きな和傘を持った狼の獣人が立っており、小さい子狐の手を引いている。

 彼が掲げる傘の下には、見覚えのある黒を基調とした色合いの少年と紅白と基調とした少女が微笑んでいた。

 二人を祝うように雨粒が弾け、ペトリコールが匂い立つ。

 鳥居の先で待つ、十字架を提げた兄貴と巫女服の姉貴は満足そうに頷いた。

「雨降って地固まる、ってか!」

「ああ、悪くない匂いだ」



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