第十話 Last Note 巻の壱

かたや暑い陽光が注ぎ、渇いた大地。

かたや暗雲立ち込める居城。

割れた陣地に生物と非生物がそれぞれ向かい合っており、正にこれから始まるのが天下の生死を分ける戦いであると示していた。


 パパンパンパパンパン!!

「「「オーイ!!!」」」

 ドドンドンドンドンドン!!

「「「エイヤッサー!!!」」」


 狸と狐、これまで別々に鍛えてきた種族が初めて競い合うのではなく、綺麗に揃えていく。

やはり本気で努力してきた者同士、むしろ相手に合わせてやるとばかりに相手のパートをお互いに演奏したりの遊びさえ見せていく。


 ベベンベンベン!!

 ピューピュー!

 ヒュールルルー! ヒュルルルールルー!


 そして、満を持して弦楽器たちのソロパートが始まる。


 デデレデレデレ! デデレデレデレ! デデレデレデレデデデデ!!

 キュイーン!!

 ベベンベベンベベベンベン!!


 やがて、最高潮の盛り上がりに応えるかのように、広げた陣地の両端にそれぞれ巨大な門が現れた。片方からは緑、もう片方からは赤の甲冑を身に付けた男たちがガシャガシャと音を立てながら現れて狸と狐が揃っていく。


 カン!

 次は妖怪の出番だ。総大将の杖の音を合図に、甲冑たちのその後ろには妖気が満ち、ババババババ、といくつもの門が現れた。

 普段のものより門の装飾が多く、角や棘などが増えた上、提灯や火の玉が漂うそれらの門がギ、ギギ、ギギギィ……と音を立てて開いていくと、地面を伝ってかつてない妖気が溢れていく。

 静まり返る空間。

 真っ暗な門の中からは、静かな水音だけが聞こえてくる。

ぴちゃ、ぽたん。

ひた、ひた、ひた……。

門から現れたのは天覧試合に現れた唐傘お化け、垢嘗めや小豆洗いを始めとしたお馴染みの妖怪たちだけでなかった。なまはげ、二口女の様な物理ダメージを生み出すもの、雷獣や火車や雪女の様な応用妖術の専門家、その他様々な魑魅魍魎。ひと際大きい門からぬりかべやがしゃ髑髏、手長足長などが続々と出現。古今東西のありとあらゆる妖怪たちが呼び出されると、更なる門が召喚される。それは鬼の顔が描かれた門であり、そこからは青鬼、赤鬼、牛頭鬼、馬頭鬼などの強力な地獄の鬼たちが揃い、最後に大狸たちが股間にモザイクを備えながら一斉に空から降ってくる。

次には、砂埃と走る爆音、大音量の音楽を上げる者たちが、こちらに向かってきた。

 それは、まるで雄牛の一団の様な黒く、厚く、大きい、何百台も連なったバギーであった。


「お、来たんじゃねえのぉ?!」

 ワダヌキがそう言って列から身を乗り出すと、その中の数台が爆音を上げ続けながら目の前に止まった。

「元気してたか、ババア!!」

運転していたサングラスをかけた老婆たちはサングラスを上げてギョロ目を光らせてからワダヌキの元へやってくると、笑顔の彼に向けて強烈なビンタを順番に連続で叩き付けていった。

「えええ……?」

 恐怖で唖然とするブンゴにも構わず、老婆たちはワダヌキの胸元を掴んだ。

「急に呼び出すんじゃないよクソガキ!」

「後輩たちに迷惑かけてないだろうね!」

「大体、泥がどうこうってなんだい! 炭畜生があんだってこんなことになるんだい! ちゃんと掃除してんのかね!」

「ガキども、うるさいと思うだろうが、ババアの言うことは聞いときな! もうお迎えもすぐなんだ! いざとなったらアンタらの責任を背負って死んでやるからよ! ヒーッヒッヒ!」

 その様に交互に叫んでいるが、ワダヌキは他人事の様にけろっと聞き流していく。

「まだババアどもの元気がちゃんとあって嬉しいよ俺は! 長生きしろよな!」

 そう言って笑い飛ばすだけだった。

「あの、この方々は……」

 ブンゴが気まずそうにそう聞くと、傾鳥が気を張る中、ワダヌキはいまいち思い出せない様な顔をした。

「あのー、平成の狸合戦の時に死んじゃった四国の、犬神家の」

「狗神刑部様」

「そう、その様が残した八百屋……?」

「八百八狸。その眷属たちの中でも俗に言う大奥みたいに扱ってた奥方様たちがこの方々だよ。走る場所を探して行き着いた茨城にはまだヤンキーや暴走族がいるみたいで、それと張り合って楽しく暮らしてんだってさ」

「そうそれ。犬神家の眷属の八百歳のババア」

 傾鳥の訂正を受けながらブンゴは苦笑いを浮かべると、彼女らを狸陣営の並びへと案内した。

 遂に戦いの準備は整った。

 整列した狸たちは三日前同様に、両手を合わせて腰を曲げて拝み、外国かぶれな狐たちは自らの心臓へ手を当ててそびえる赤い鼻を見つめた。

 一拍置き、天狗は両手を広げ、柏手を打つ。

 ビリビリと空気が震え、しかし、心地良さそうに、誰もがそれを受け止めた。

「畜生ども! 今日まで良くぞ戦った! この合戦を以て、この地上の支配者を決めるものとする! まさしく天覧試合で見た通り、あの我楽多が華々しい活躍をしてくれることだろう!」

 まるであの日の繰り返しかの様に、不気味に揺れるだけの幽霊たちを相手に、狸たちは武者震いをし、狐陣営はほくそ笑んだ。

「いざ尋常に!」

 天狗の仕切りに応じ、

 睨む妖怪たち、音も立てない幽霊武者。

 眉間にしわを寄せるぬらりひょんの旦那。

 さあ今度こそ陣営に関係なく、それぞれの未来を決めかねない戦いが始まるのだと、誰もが真剣な顔をした。

 天狗はうちわを相撲の軍配に見立て、構える。

「勝負!」

「うおおおおおおおおおおおおお!!」

 彼は背中に鬨の声を浴びながら、真っ先に前に出ると、自ら吠えながら三度、全力でうちわを煽いだ。

「えええええいっ!」

 うちわにより四方八方から竜巻が起こり、幽霊武者たちを襲い、前から何列も武者たちの兜が、鎧が、中の泥が、もがきながら吹き飛ばされていく。

「「「す、すげえ……」」」

 思わず狸たちは声が漏れ、狐たちは絶句しているが、一方、鎧武者は絶えず奥から次々と集まってきた。

それらは無機質な動きでもり、もり、もりと、組み合わさると、芋虫の様にぶくぶくうねうねと動きながら、その妖気は段々と獣の姿を形どっていく。

 それは全長が大狸何匹分かというほどの大きさであり、蛇の尾を持ち、虎の手足で、狸の胴体に、真っ赤な猿の顔、斜めにかけたおかめの面。

 俗に言う、鵺と呼ばれる化け物によく似ている、大狸たちよりも遥かに巨大なそれは、じっとりとした目で周囲を見回した。


 カン! カン! カン!

「来るぞ! 皆の者、受け取れえええええええい!!」

 旦那は呼びかけながらその両手を掲げる。

 ドン! ドン! ドドン!

 空中に門が開くと、土砂降りの様に妖気を降らしていく。それは狐狸一同の気を引き締めると共に、その身体を覆うオーラを与えていくと、大狸たちがひと際大きく身体を膨らませていく。

「「「うおおおおおおおおおおおお!!!」」」

その光景を見て一同は士気が上がり、再び雄たけびを上げると、鵺とおぼしきバケモノへと立ち向かっていった。


×××

 一方、上空。

 浮遊霊が襲い来る中を、黒い一反木綿がぐるんぐるんと回転しながら飛んでいく。

弾き飛ばし切れずに寄ってくる霊たちをラチナの銃弾と姉貴の札で包まれた鎖によって退けながら、遂に城へと辿り着いた。

玄関に浮遊霊の撃退を続ける姉貴とラチナを残すと、メタロー、兄貴、ゴロ、ハカセの四人は先を急いだ。


「ここは何処まで続いてやがんだ」

 兄貴の言うことはもっともで、内部は外からは分からないほど広く、無尽蔵な広がりがある様に感じられる。しかし、覚えのある妖気に惹かれる様に、メタローは確信を持って走り続け、三人はそれに続いて行く。

 やがて、その道は正解だと分かった。

 何故なら、編み笠を被り着流しを着た犬の侍が立ち塞がっていたからだ。

その隣では羽織を身に付けた猫の剣客が眠そうに起き上がる。

 犬はグレートデーンと言うのだったか、海外の犬に見え、猫は二本に分かれた尻尾を持つ、三毛猫の猫又であった。

「さて、そろそろ本気を出そうかな」

「一回言ってみたかったんだよな!ここは俺に任せて先に行けェ!」


 ハカセとゴロがそういうと、犬と猫は黙って通り過ぎるメタローと兄貴を見逃した。

 二人が行ったのを確認すると、ハカセは白衣の中を開いた。

 そこには粉と棒状の飴が並んでおり、ハカセはそれぞれの粉へ飴をセットすると、一つを取り出して舐める。その姿が透けはじめ、風景に溶けていくのを見ると、ゴロは両手を大きく構えて腰を落とした。

「さあ、見合って見合って、はっけよい……のこった!」

 掛け声と共に巨体が走り出し、戦いの火蓋は落とされた。


×××

 やがて、メタロードは如何にも問答無用で門を蹴り飛ばした。

「さ、勝負だリュウシ!」

「リュウシね……。未知の恐怖に名前を与え、形を与え、定義をし。お前たちはそうして我々と戦ってきたのだったな」

 玉座に座る面をズラしかけた火男/リュウシが笑って立ち上がると、メタロードは既に跳んできており、先手必勝とばかりに火男の顔へと拳を入れた。

 リュウシはそれを片手で受け止める。その身体は衝撃にも微動だにしない。

「話もせずに戦闘とは随分だな」

「あんまり喋ってるとボロが出そうなんでね!」

そこからは高速な格闘の応酬だった。

メタロードはその鎧の重さを感じさせないどころか、まるで無重力かの様に宙へ浮く。

その手足のブースターは加炎脚の様に妖気を速度に変え、無茶苦茶な体勢で次々に正拳を、蹴りを、手刀を、ひたすらに打ち込み続ける。

対するリュウシは退屈そうにそれを受け止め、躱し、カウンターを打つ。

 最初はお互いの攻撃もギリギリを掠めていくだけだったが、やがてリュウシのカウンターは正確になっていく。リュウシのドリルの様に鋭い貫手がメタロードの首元を掠めると、それはネックレスのチェーンを砕く。首飾りは玉座の向こうへ飛んで見えなくなった。

「悪運が強いなァ!」

「くそっ! 言ってくれるぜ!」

 メタロードは距離を取り、両手を顔の前でクロスした。

「アタッカーモード!」

 両腕の肘の丸みを帯びたプレートが鋭く伸びた。それはまるで鬼の角が生えている様だった。再び格闘でのラッシュを始める。空気抵抗を受けにくくなった故か、更に早くなったメタロードの拳と蹴りは最早常人では見ることが出来ない。

──殴る、蹴る、突く、穿つ、刺す、貫く、砕く、ぶっ壊す!

 意志が乗り、間髪無く放たれ続ける攻撃は、やがてリュウシを追い詰めていく。そして遂に拳は仮面へ近づいていく。

獲った!

確信と共に放った拳に対し、──リュウシはそれを狙っていたかのように、これまでと違った素早さでカウンターを打つ。

「効かっ……ねえ!!」

 しかし、メタロードはそれを気合で耐えると、もう一発と拳を放つ。

 リュウシは初めてまともに攻撃を受けてのけぞるが、メタロードからの追い打ちはない。

やはり衝撃からは逃がれられなかったか、メタロードのヘルメットは罅が入り、ポロポロと落ちていったからだ。ヘルメットから妖気が漏れていき、その鋼鉄の身体は正体を現すかのように、大きさを増していった。

 その中から男の“タレ目”が覗くと、彼はニヤ、と笑った。

彼はメタローではなかった。そもそも彼の纏っていたのはメタロードではなかった。黒く、大きな鉄塊がゴツゴツと、まるでメタロードの様に身に付けてられていたのだ。

「馬鹿な……。誰だ、お前は……」

 初めて驚きの感情で目を疑いながらそう呟いたリュウシの言葉に、完全に優位に立ったと確信した兄貴は、ポーズを取って今の姿を見せびらかした。

「この姿が不思議か? これは合体だ! 俺様と愛車Leiden-900との合体、名付けて、アーマード・キョージライデン! 漢に妖気と気合がありゃ、こんぐらい朝飯前だ!」

 兄貴は誇らしげに続ける。

「あんたはな、あまりに優れた男の身体を使っちまった。だから俺たちは、あんたのその経験知を利用させて貰った。頭が良いと、考え過ぎる。考え過ぎると、それを信じたくなるよな。だから、賢いやつほど不測の事態に弱くなる。あんたが嗅覚を張り続けているのも分かっていた。そりゃ人間の何倍かなんて想像も出来ねえ匂いだ。そして匂いに満ちている世界を見ているお前らには、さっき飛んでいったネックレスに、『匂いがないと言うこと』に気付くことが出来なかった」

 リュウシは目を疑い、鼻を疑い、感情の整理がつかなくなっていく。

「とは言っても、我々には常に匂いがある! 獣の匂いぐらいは……ハッ!」

 彼は賢いが故、自分の言葉にも気付いてしまう。

「気付いたか? そう、あんたは常に発している獣の匂いにも慣れてるだろ。だからそれを気にすることが出来なかったってわけだ。つまり、獣の匂い以外はしなかったから気付けなかったんだよ。俺たちは獣と共に過ごし過ぎた。匂いを嗅ぎ分けられないほどに」

 兄貴がさも勝利宣言かの様に語るその言葉に対し、リュウシは答え続ける。

「何故だ! それならお前らにも匂いの判別は……」

 そう言うと、兄貴は全て予測しているとでも言いたげに、さぞ楽しそうに笑う。

「俺たちは、グラサンで匂いが形として見えている。これはお前らほど鼻の利かない、俺だけの、人間の知恵だぜ……!!」

 兄貴は得意げに、サングラスをコツコツ、と叩いた。

「小賢しいことをしやがって……。」

 リュウシが眼を剥くが、兄貴の啖呵は負けない。

「小賢しいだって? は! 馬鹿馬鹿しいと言ってくれよ! なんせ、俺たちの本領は化かすこと! まさしくバカし合いなんだから!」

「き、貴様……」

 その時、不意に何処からか力を吸い取られるようにリュウシの力が抜ける。

ふらふらと玉座に戻ると、立ち上がる気力を失ったかのようにぐったりとした。

──メタローはちゃんと、アカネに会えたみたいだな。

 確信した兄貴は安堵の表情で玉座へ近づいていく。

「アンタはこの世で一番の知識を持つ相手であり、かつて最高峰とも言える優秀な狐の身体も得ている、だから準備して挑んだんだ。メタローは言っていた。俺の策は格上には通じないと」

 兄貴は玉座の背へ腰かけると、呟いた。

「だがなあ、俺はやったぜ。運命の弟分よ。お前の策で勝ったんだ」

 兄貴は溜息を吐くと、静かに目を閉じた。

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