第四話 祭りの夜 巻の弐


×××

 ふとメタローが妖気の流れを感じたと思った後には、ありとあらゆる場所から隠す気がなくなった妖気が見て取れたが、アカネは澄ました様子だった。

 首を捻るメタローを他所に彼女はチャラそうなお兄さんから「俺のおごりっスよ!」とクレープの無料券を貰っていたようで、まずはそこから屋台を見て回ろうということになった。

 クレープ屋でアカネが注文している間に、先ほどの男がやってきた。彼はメタローに速やかに近づくと、「俺たちで盛り上げるんで、是非楽しく過ごしちゃってくださいよ!」と耳打ちをしてきたのである。

 この男、間違いなくホスウェイだ。不安の理由が腑に落ちたメタローは有難いような心配なような気持ちで店を出た。それから二人を待ち受けていたのは、良くも悪くも賑やかな夜だった。

 道を歩いていると、何処かで嗅いだソースの匂いがする。昼間嗅いだ焼きそばと同じソースを使っているのだろうか。取り敢えずひとつ、たこ焼きを買おうとすると、何故か上半身を曝け出した叩けば音が鳴りそうなほど太鼓腹で目の下の隈の濃いおじさんがアカネの容姿を褒めながら大量におまけしてくれ、二人で分けることになった。

 続けて彼に勧められた別のかき氷の出店は何故か周辺の気温が肌寒いほどで、見覚えのある様な白い着物の女と、小豆を洗い続ける小男がおり、その味はこの世のものとは思えないほど絶品だった。

 なるほど、妖怪たちなら人間より美味いものを知っているのかとメタローが感心してする一方、奇妙なことも続いた。

 例えば、メタローがふと顔を上げた時には、提灯から目玉と舌が付いているのが見えた。通行人には歌麿の美人画や写楽の浮世絵から出てきた様な明らかに時代錯誤な白塗りや髪結いをしている男女が歩いていた。人を増やして盛り上げようとしてくれているのは分かったが、彼らは見れば明らかに妖怪の類だ。流石のアカネさんでも驚くだけでは済まないだろうと思うが、その中で上手くエスコートしていくのは自分の役目かと、気を引き締めた。その決意を秘めた横顔をアカネが満足そうに眺めていたことは、メタローは気付かなかった。

 他にも女子高生姿のシズクが忙しそうに周囲を駆け回っていたり、「お、奇遇だなあ!」とわざとらしく遭遇したゴロと金魚掬いをしたり、屋台のくじ引きを引き続ける見るからに怪しいソフトモヒカンの男のいる場所は避けたりという、トラブルめいたものもあった。

 メタローはそれが彼らなりの頑張りだと理解しながらも、見かける度にアカネの反応を気にしていたが、隣を歩く少女はただ一緒に過ごすだけで楽しいかのように微笑んでくれていた。

 その上、おでんの屋台で見せた餅巾着を美味しそうに食べるアカネの笑顔は格別であり、「これを見れただけで今日来た甲斐があったな」と、メタローを幸せな気持ちにさせたのだった。


×××

 一方、応援席。

 ナルミが指示の電話を切り、未だにハカセが作業を続ける中、他の狸たちが戻ってきたようだった。

「いやあ、良い子そうだ。メタロー良かったな」

「あのくじやっぱり当たり入ってなかったな、今回はあそこに並んだ景品で許してやったがよォ」

「おかしい……。ハプニングが起きて二人の距離を縮めるはずが、なんで上手くいかないんだろう。あの時鼻緒は切ったはずだし、足も踏みに行ったのに躱されちゃった。女の弱みを見せるような夏祭りのお約束が何も起きない……。あの子、出来る……!」

 ゴロは遠くを見る目をしながら、持っていた袋から金魚をスナック感覚で口に運び、もぐもぐと食べている。ダッチは悪態を吐きながら大量の景品を両手に抱えており、シズクは不思議そうに呟きながらスマホで漫画を確認していた。

 ハカセはひとり、機械の操作を終えると、肩を回しながら伸びをした。

「ちょうど準備できたよ」

 ハカセがそう声をかけると、各々が気が付き、気合を入れて集まってくる。

 全員がそれぞれ目を合わせて一斉に妖気を集めて念じていくと、基地の周りに電気と火花がパチパチと撥ね始めた。


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 一方、メタローとアカネは一通り回り終えて入口の方へ戻ってきていた。

「面白いお友達が多かったね」

「そう言って貰えれば助かるよ」

 ──ああ、この子は変わったやつが多い狸にも、ちゃんと優しい……!

 メタローは心の中で歓喜に震えると、良い気分のまま恋愛漫画の最後の一言を思い返し、気取った態度で手を差し出した。

「えー、ごほん……。では……『また何処か、一緒に行ってくれるかな』」

「ええ。よろこんで」

 アカネがメタローの手を取って重ねると、見計らっていたかの様に、

 ヒュー! ドーン!

 その音で、思わず二人は手を放す。

 名残惜しそうにお互いを見る二人の空気を、続けて見覚えのあるベビーカステラ屋台のおじさんの声が遮った。

「お! 花火かぁ!? やってんなぁ!」

「あれ、今年は初日にもやるのかあー」

 それぞれの屋台からおじさんたちが出てきて、空を見上げている。

 ヒュー! ドーン!

 再度その音が鳴った方向、空気の澄んだ夜空を二人が見上げると、そこにはかつて見たことのないような大きさの花火がいくつも咲いていたところだった。

 この急なタイミング、ほぼ間違いなく狸たちであろうとメタローには予想が付いた。

 メタローは苦笑しながら、アカネの方を向いて「アカネさん」、そう言ったつもりだったが、花火の音が大きくて自分でも聞き取れないほどだった。勿論、声は届くはずもなく彼女は黙って花火を見上げていたが、その手は隣にいた少年の手の甲に触れており、メタローはリードされた恥ずかしさもあったが、大人しく握り返した。

 そして、彼女の瞳に花火が反射したのを確認すると、自分も花火を見上げ、あまりにうるさい花火の音だけが聞こえる中で、確実にそこにあると繋がった手と自分の心音、そして、辺りに香る匂いを感じていた。

 ──彼女の匂いは、いつもベビーカステラだ。

 ──狸みたいにふわふわで、やわらかくて、焼き目はこんがりきつね色で、甘くて良い匂い。

 ──こんなに甘い匂いは、他にあるのだろうか。


×××

 花火が終わり、耳が効くようになった頃、屋台のおじさんたちは満足した様に屋台へ戻っていった。

 そんな中、ベビーカステラ屋台のおじさんの驚いた声がした。

「なんじゃこりゃあ!」

 メタローも気になり、不意にそちらを見ると、屋台のおじさんたちの釣銭箱にはたくさんの木の葉が入っており、一体何が、と思うのもつかの間、すぐ脇の茂みでガサガサ音がした。

 メタローがそちらを向くと、恐らくまたエネルギー切れしたのだろう、狸姿のゴロが倒れているのが見えた。ゴロの妖力が底を突いたことで、お札の変化も解けたのだ。彼のそばには他の狸たちによる人溜まりは出来ているが、どうしたら良いか分かってない様で、心配そうにシズクがそれを見ながらおろおろとしており、ナルミはスマホを急いでスクロールしていた。そんな中、ハカセだけがゴロの元へ行くと、昼間同様、その口へ一心不乱にラムネ菓子を注ぎ込み始めた。

 ハカセはあまりに焦っているのか、ラムネを放り込むのは良いとしても、それを噛み砕かせるのを忘れているようだった。

 あのままだとゴロは窒息してしまうだろう。

 メタローはどうしたものかとアカネの方を見ると、少女は何か手遊びで窓の様なものを作って人溜まりを覗いていた。満足したように頷くと、メタローの視線に気づき、指で狐を作ると手を振るように左右に揺らした。

「私は良いから、行ってあげて。またね。こんこん」

 ──本当に狐が好きだな、この人は。

 メタローは仕方なさそうに片手を振って満足そうに別れると、溜息を吐きながらゴロの元へ歩き出した。

 数歩歩き、柑橘系の匂いを感じてふと振り返ると、アカネはもういなかった。

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