シズク編 恋は合戦

第五話 恋は合戦 巻の壱


 祭りを終え、ゴロの介抱が終わり、何やら賑やかで違和感すらある里に帰った一同の中で、最初に口を開いたのはダッチであった。

「上手くいったか?」

「ああ、おかげ様で……」

 急に自分への唐突な呼びかけに勘が働かなかったメタローが聞き返すと、ダッチの表情は真剣を通り越して冷たさすら感じるものであった。

「お前のエスコートがどうだったかなんて聞いてねえよ。あの人間様が、俺らを不自然に感じてるようじゃなかったかって聞いてんだよ。ゴロの変化バレも合わせてだ」

 彼の態度は先ほどまでの不気味なくらい友好的に接してきたのとは一転、難癖を付けるヤンキーの態度で詰め寄るものであった。

 メタローは陰気なので感覚で分かるわけではないが、ヤンキー気質の者たちにこういう情緒不安定な動きがみられることは知っている。それは時に本気であり、時に本気に見せかけた冗談であり、いずれにせよ、マウントを取って相手の反応を楽しむその行為は、性格も冗談の趣味も悪いなとはメタローはしばしば思っている。

 勿論、これはダッチ個人に限ったものではなく、そういう社会階層に住む者たちに旧世代から引き継がれてきた特有のものなので、彼に直接言ったところでどうにもならないが。

 ともかく、とメタローは、「こちらが合わせてやらないと仕方ない」という諦めと共に、これまでの人生、否、畜生経験に照らし合わせる。

 ダッチについては先述の通り、旧世代的価値観を引き継いでおり、年功主義や立場を重んじる。ここで問題となるのはそれに付随しがちな地元に保障された、論理性の薄い割に無駄に高い自己肯定感と排他的な価値観である。彼らはその幻想的な共同体を盾にしながらも、独断と偏見による基準を以て、利用価値がない格下とみなした相手に容赦がない。

──つまり、『アカネに疑いを持たれなかったか』『ひいては、自分の愛する狸の里に被害がないか』ということが言いたいのだろう。

 勿論、その狸の里という括りから『利用価値がなくなれば難癖さえ付ける相手のメタローたち』は除かれているだろうが。

 つまり、何が言いたいかと言えば──彼らとはやはり関わるべきではなかったのだ。悪縁を断ち切るためにも、面倒な絡みは簡潔に答え、相手を楽しませないのに限る。

「大丈夫、だと思うけど」

「思う? 確実じゃなかったらどう責任を取る気だ?」

 責任? 勝手に余計なことをやったのはお前らじゃないのか。

 そんな恩着せがましいことがあるか?

 メタローが本来取るべき距離感を思い出し、昔のもめごとを思い出す。

 そうだ。俺が許してやってただけで、こいつは昔から変わっていないのだ。

 次の言葉でどうなっても構わないとばかりに頭を動かし始めたその時だった。

「おっとっとっと!」

 見かねて止めに入ろうとしたハカセとゴロを押しのけ、ホスウェイが躍り出てきたのだ。

「どうした急に」

「あれ? ブンゴいなかった? いや、なんかあいつに背中を押された気がするんだけど……まあいっか、ちょうどいいし」

 ホスウェイは怪訝な顔をしていたが、気不味い空気を変えようとは考えていたようで、宙に妖気を放つと、今日の縁日を絵にかいたようなイメージを浮かべる。それと同時にゴロとハカセに目配せをすると、彼らはグレンマルを使ってスポットライトや紙吹雪のような演出をしていく。

「いいかい、ダッチ。今日は何の日? お祝いの日なんだよ? なんで喧嘩する必要があんのよ。皆楽しくしたい日にさ。悪いことじゃなくて、良いこと考えよう。例えば、もし、もしだよ。もし見られてなかったらどうよ! 途中までは良い感じだったじゃない! そしたら? 全部上手くいくじゃない! それが出来たのは誰のおかげ?」

「それをやったのは俺たちダッチーズ、ってか」

 一生懸命にイメージを次々と切り替え、身振り手振りも交えてひとつの演目かのように見せていくホスウェイをダッチは真顔で睨むと、

「お前本気で言ってんのか?」

 一見本気に見える圧をかけるが、ホスウェイはヤンキー特有のその様な悪趣味な冗談に慣れている。即座に躊躇うことなく、「本気本気! 本気と書いてマッハよ!」と、おちゃらけた。

すると、ダッチは腑に落ちたかの様に緩急激しくも急に笑顔を浮かべると、

「確かになあ! あれだけ盛り上がったのは俺たちのおかげじゃないかぁ!?」

 と周囲を見回した。

無言を貫く一同の中、ゴロが「勝手にやっといて恩着せがましいのかよ」と、メタローも思っていたことを突っ込むと、ホスウェイとダッチは作り笑いを浮かべガッハッハと笑った。

「なあ! 視聴者の皆もそう思うだろ?!」

 ダッチがそう言ってスマホを出すと、そこには『放送中』と文字が出ており、そこでメタローは先ほどから感じていた違和感に気付く。

 里の中を見回すと、宙にいくつも中継配信の様子が映し出されており、今もまさに振り返るメタローの姿が映っていた。

 勝手に配信していた? 一体何処から?

 ナルミ、ホスウェイ、シズクは気の毒そうにショックを受けた顔で、眉を顰めて首を振っている。彼らに罪はなく、ダッチの独断だと分かる。

 最近は配信によって収入を得るということもあるらしいが……ダッチが変に協力的だったのはそういうわけか。メタローは全てを察すると溜息を吐いた。諦めの気持ちの再確認。彼へ常識やデリカシーを問うこと自体が馬鹿らしい。そう理解しながらも、確かに心の底が冷えた。

被りを振って眼を逸らすと、近くの建物から見慣れない狸が何匹かこちらをチラチラとみているのが分かった。

 配信を見ていたのか、彼らは駆け寄ろうとしてくるが、メタローの精神状態としては関わり合いになれる理由はなかった。逃げる以外の選択肢はない。

「お! あの人じゃないか?!」

「応援してますって言ったらサインくれるんじゃね!」

 悪意がなさそうで、しかし善意も感じられないその声を聴きながら、咄嗟にメタローは一人でグレンマルに乗り込む。

ゴロ、ハカセが近寄ってくるが、メタローは手で制し、「ひとりにしてくれ」とだけ言い放つ。しかし、引き下がる友人たちではなかった。

「そういうときこそ、誰かがそばにいた方が良いだろ」

「俺たちじゃ力不足かも知れないけど」

 メタローが俯きながら頷くと、二匹はただちにガラクタへ乗り込んだ。

 すると、それを確認したかの様に即座に パキン! と指を鳴らす音と共に、

「御免!」

 煙玉が炸裂し、辺りはピンク一色の靄に包まれる。

「うわ! なんだこれ! 配信に何も映んねーじゃねーか!」

「ひぃー! ナルミちゃん何処っスか!」

「ここだっつの。静かにしてな」

「何も見えないぞー!」

「サインしてくれー!」

 そんな声が聞こえてくる中、困惑するメタローたちを他所に、急にグレンマルが動き出した。何者かがこの重いガラクタを物理的に引っ張っているのだ。メタローは人工的なクチナシの匂いを嗅ぎ取ると意を決して操縦桿を握り、連れられるままついていき、建物の床下へ無理に押し込まれ、導かれながら床下を進んでいく。

 やがて靄が晴れ、路地裏へと這い出るグレンマルへ手を差し出そうとする先導者の姿が明らかとなる。そこにいたのは、見るからに忍者装束であり、白いマフラーをしたくノ一であった。

「こちらへ」

 彼女が示す壁を触ると、ぐるんと壁が回転した。中に入るとそこは、いかにも古民家であった。畳の座敷に囲炉裏があり、家具としては掛け軸と箪笥、調理場と五右衛門風呂。レトロな見た目のテレビ。わざと古めかしくしてありますと言いたげなそれは、彼女の服装も相まって忍者屋敷のそれに感じられた。

 一先ずメタローが安心してコックピットを開け、手招きをするとハカセとゴロも続いて転がり出てきた。

 二匹はくノ一を見てから顔を見合わせると、口々に「君は誰?」「どうして俺たちを助けてくれたんだ?」と、くノ一に問うが、メタローにはその必要が感じられなかった。

 彼女が現れた時のクチナシの匂いはシズクが付けていた香水と同じだったからだ。

 くノ一は、訳知り顔のメタローをチラ、とみると「主様はお分かりの様ですね。流石で御座います」と、膝をついた。

「名乗り遅れましたこと、申し訳ありません。姫、シズク様の懐刀、くノ一が一人、シラユキで御座います。姫の指示により、本日からメタロー様にお仕えします」

「えっ、メタロー知ってたのか?!」

「つまり、えっと、どういうこと?」

「一つずつお答えさせていただきたいと思いますが、まずは絡繰箱の反応をお待ちください」

 驚く二人をさておき、くノ一/シラユキがそう言うや否や、ひとりでにテレビが起動し、映像が映った。そこには外の配信同様、ダッチの右往左往している様子が映っている様子が映っていたが、すぐにノイズが走ると、今度は天狗のデフォルメキャラクターが動き回るアニメーションへと変わった。やがてその映像は何故か自撮りの映像に変わる。

しかし、当人は撮ることに不慣れなのか手元がブレブレである。その為、映っている背景に様々なものが見える。サイン色紙や掛け軸。それらには継ぐ子、裁定者という文字が見えた。

 裁定者と言うのは里を仕切る長のことであり、災禍以降、ぬらの旦那が代わりを務めている役職である。映っているあの場所がそんなレベルのお偉い方との関わりがある場所だとすれば、そこから配信することが出来るのは更にその上の人物か。そう予想した通り、その画面に映ったのはドアップになった天狗の顔だった。ようやく自分の顔を捉えながらも良く分かってなさそうな彼は、「マイクテスト、畜生ども、ハロー、畜生ども」と、ふざけたマイクテストをすると、続けて、聞き逃せない発言を放った。

「えー、突然だが、この放送で、貴様らの合戦、第一戦の内容を告げる! 第一戦の内容は、神輿盛り上げ対決である! 開催は明日の朝十時から! せいぜい儂を楽しませーい!」

 画面いっぱいに天狗の顔が映りながらその声が響くと、ブツッという音を立てて画面が消えた。

「え? 会場は?」

ハカセがそう呟くと、もう一度画面が付き、

「会場については参加者へ忍びを使わす! 準備を怠らんように!」

 それだけを言ってもう一度ブツッと消え、

「え? どっかで見てんの?」

 三匹が周囲を伺うと、シラユキは腕を組んだまま頷いた。

 その後、シラユキは用事があると言って数分姿を消したが、戻ってきたときには何処から運んできたのか、三人分の簡易的な食事と安らぐアロマのような匂いのする適度な布団を用意し、「どうか今晩だけご辛抱を」と言って再び出かけて行った。

 ゴロは食事の量が足りないと言い、かたやハカセは匂いの成分を取りたいと言っていたが、それぞれ疲れが溜まっていたのか、彼らは間もなく眠りに落ちた。


×××

 明くる日。

 合戦に案内するというシラユキの声で三匹が起こされると、まずは朝ごはんだと、おばちゃんの食堂へとやってきた。

 ゴロはステーキ、ハカセは天ぷら、メタローは肉乗せ稲荷寿司を頼む。

 狸の好物が稲荷というと意外かも知れないが、実はそうでもない。たぬきそば、きつねうどんに代表される様に、狸は天ぷら、狐はお揚げだというイメージが一般的だと思われるが、そもそも、狸も狐も元々の好物は似通っており、鼠の天ぷらなのである。殺生を嫌ったものたちによって、がんの肉を模したものとしてがんもどきが作られた様に、鼠の天ぷらの模したものが油揚げ。狐が好物だと喧伝しているからと言って、食べ物に罪はない。とはいえ、良く知らずに難癖を付けてくるやつらもいないでもないのだが。

 三人が食べている間に、シラユキが昨日の外出について報告をしてくれた。

 彼女が「かくかくしかじかで」と話すと、

「つまり、天狗様は全部見てたから、シズクに連絡して君を使って助けてくれて」

「ホスウェイとナルミちゃんがぬらの旦那に上手く説明してくれたことによって、放送の箝口令を敷く為の放送が改めて行われて」

「だけどその放送で何があったか説明しちゃってるから、縁日の夜のことを知らない奴はいない……と」

 ゴロが眼をうろうろさせ、ハカセが苦笑いを浮かべ、メタローが呆れたような顔で最後にまとめた。

「左様でございます」

 シラユキは疲れをおくびにも出さず、淡々と答えた。

 ダッチに関しては今更どうこう言うことはないが、シラユキも含め、ダッチーズの働きは、メタローに対する申し訳ない気持ちの表れだろうと思うと、少し同情した。

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