第7話 秘密と選択
同時刻・首相官邸
「それで、調査の方はどうなっているのだ?」
目の前の男性にそう尋ねるのは現在の総理大臣『水木』氏だ。
彼はな面持ちで男性の回答を待つ。
「これと言った収穫はありません……」
弱気に答える男性に水木氏は「一体どうすればよいのだ……? もうこれ以上警察に圧力をかけ続ければ四ヵ月家に不審に思われる」とぼやく。
「で、ですが! 万が一『あの計画』が世間に露呈したともなれば!!」
「分かっている! だからこそ公調に調査を頼んだのだ……」
しかし、現実は思い通りにはならず、水木氏は頭を抱えて「私は一体どうしたら良いのだ? これ以上国民を危険に晒す訳にはいかない。しかし」とぶつぶつと呟くことしか出来ない。
「あの、このような提案をするのは如何かと思うんですが……」
「何だ? 言ってみろ」
藁にも縋る思いで尋ねる水木氏に男性は「情報屋闇鴉に頼んでみるのは……?」と、提案する。
「闇鴉だとっ!? あんな犯罪者に頼めと貴様は言うのかっ!?」
激高する水木氏に「で、ですがっ! 相手は計画の内容を知り尽くしている人物で、現に防衛装備庁の職員が誘拐され更にはその家族にも被害が及んでいるんです!」と水木氏と同じくらい声を大きくして言い返す男性。
「ある意味では本来の運用方法ではありますが、彼らの手に渡るよりは……」
「闇鴉の方がマシ、であるか……」
彼らにとっては究極の選択肢とも言える状況の中で、水木氏は苦渋の決断を責められる。
そして……、彼は決断した。
冴木君の探偵事務所から帰っている時、冴木君が生きていたことに今更ながら安堵している私がいた。
頭では分かっていたけど、今の今まで実感しきれていなかったのかもしれない。
「良かった、本当に良かった……」
二人の再会は私から見ても喜ばしい光景で良かったと思う反面。
「(羨ましいな……)」
私にも兄姉弟妹はいるけど、あっちとはもう縁を切った。
あの事件をきっかけに……。
「もう、忘れなきゃ」
もう会うことは二度とない。だから今の生活を楽しもう、そう考えていた矢先だった。
「胡桃沢水紋様ですね?」
感情を殺した声色で私の名前を呼ぶ人物が、自宅の前に立っていた。
私のことを様付けする時点で私は踵を返して走り出していた。
「なんで、なんで……!!」
お母さんと私を捨てて、あまつさえ売り捨てたくせに。
「私の人生をもうめちゃくちゃにしないでよっ!!」
入り組んだ路地で彼らの追跡を撒いて今はもう誰も知らないセーフハウスへ向かおうとしたけど、別働隊によって取り囲まれていた。
「そんな怖い顔すんな? 折角の美人が台無しだぜ~」
おちゃらけた口調で現れた相手に「貴方は?」と、警戒心むき出しで尋ねる。
「おいおい、そんな警戒すんなよ? っな、『ジャンヌ・ダルク』ちゃん?」
「違います」
食い気味に否定する私に「そんな訳ないだろ? ジャンヌ・ダルクの才能を最も引き継いだ少女がお前さんだってのも周知の事実だぜ?」と、告げられる。
「その話がもし本当なら何かしらの才能の片鱗が出てくるとはずですけど……」
「――――出てないな?」
その発言に返す形で「だから、私は違うと言っているじゃないですか」と、否定して帰ってくれと目で訴える。
「まぁ、そんな些細な事はどうでもいいのさ」
そして男はスマホの画面を私に見せつける。
画面にはリアルタイム中継で、お義父さんを映している。
「後は何も言わなくても分かるよな?」
分かりきった笑いで私を見てくる男に「――――何が目的なの?」と、静かに問う。
「とある探偵から情報を奪ってほしい。消したらなお嬉しいがな」
こいつだと、私に別のスマホを投げる。
受け取ってその探偵の写真を見て動揺する。
「名前は『冴木秋』、これ以上俺達の仕事の邪魔される前に消えてもらう」
それさえしてくれれば後は関わらないって約束するぜ?
男の提案を聞いて即拒否することが出来なかった。
私の目の前にお義父さんと冴木君、二人の命が天秤にかけられている。
どっちかを選ぶことは出来ない、なのに私は自分自身を殺す選択をすることも出来ないでいる。
そして苦渋の決断の果に私は……。
◆◇
「ただいま……って、葵は義母さんの家だったな」
事務所兼自宅へと帰宅した俺は部屋の電気を点灯させてパソコンの前に座る。
先にやるべき事をやってから夕飯を食べようと思い、調査結果を打ち込んでいく。
時刻は二十三時過ぎ、集中して終わらせた調査結果データを保存し、夜食と言っても差し支えない時間で食べようとした。
が、後ろから気配を感じる。
その気配は見知った相手で俺は静かに声に出す。
「――――正直な話、俺を殺しに来るとしたら陸幕か内調、或いは今回の事件の黒幕だと思ってたけど……。まさか君だとは思わなかったよ、胡桃沢?」
デスクチェアを回転させて後ろから銃口を向ける相手……胡桃沢の名を口にする。
言葉をかわさず、ただじっと顔を見合わせる俺と胡桃沢だが……。
「ごめんなさい、これも仕事なの」
「仕事にしては随分と悪趣味だな?」
それに、銃もニッチな代物を使ってさ? と、胡桃沢が握る『H&K VP70』を見ながら言う。
「今から死ぬ君には関係のない話でしょ?」
「大いに関係あるさ? かつて君が使っていた銃は『SIG P226』のカスタム仕様、銃を変えたのには理由があんだろ?」
俺の発言に胡桃沢は「ど、どうして……」と、狼狽えた隙に机の下に隠してたデリンジャーを抜いて胡桃沢へ向ける。
「一瞬の隙を殺す相手に見せるなんて胡桃沢らしくないんじゃないか――――元暗殺者の名が泣くぞ?」
俺の発言で「君に何が分かるのっ!!」と、秘密を知られて動揺を更に見せて言われるが「確かに俺には分からないが、友達としても相棒としてもほっとけるか」の一言を伝える。
「あい、棒……?」
困惑する胡桃沢を他所に俺は続けて「当然だろ? 俺の後ろを任せられるワトソンは胡桃沢以外誰もいない」と言って、胡桃沢に向けていたデリンジャーを下ろす。
「だから、俺に話してみろよ?」
静かに、胡桃沢の返答を待つ。
そして、ゆっくりと口を開いて出た言葉は……。
「お、お義父さんの命が狙われてるの。私を助けてくれたお義父さんを見殺しに出来なくて……、だけど冴木君も大切なの」
悲痛な声で吐き出してくれた胡桃沢の言葉を聞いた。
「分かった、俺に告白してくれてありがとう」
ここからは、俺が彼女を助ける番だ。
「おっ、ようやく出てきたな?」
外で待機していた男たちは胡桃沢に銃口を向けられた状態の冴木を見て「へえ、まだ殺してなかったんだな?」と、早く殺してしまえと表情に出しながら言う。
「お前が依頼人か?」
「まあ、そんなところだ」
ジャキ、男らが持つ銃を向けられてもなお、冴木は冷静を保っている。
むしろ、余裕綽々な様子で男らを一瞥していた。
「ふぅん、一体どんな連中かと思えば元軍人の傭兵か」
残念とも取れる言い方をした冴木に「それが今のお前にどう関係するんだ?」と、返す。
「今から起こる事に大いに関係あるさ」
冴木はそう言って護岸にスレスレまで移動する。
なにか、行動を起こす前に殺せるように引き金に指をかける一同。
「お前らの目的が胡桃沢だってのがよぉく分かった」
だから、の言葉を言い終えて一秒未満の速度で背中に隠していたデリンジャーで胡桃沢の心臓付近を撃った。
「えっ……?」
どうして、の言葉は胡桃沢の口から出ることなく代わりに吐血をしてゆっくりと彼女は暗い東京湾へと消えてった。
まさか冴木が胡桃沢を殺す選択をするとは思っていなかった男ら。
「馬鹿だな? 俺が彼女を殺さないとでも本気で思ってたのか?」
自分の命が惜しいに決まってんだろ?
パァン、一発の乾いた音と冴木の腹部から真っ赤な血が広がり始めた。
「バァーカ」
にぃと、男らを嘲笑いながら冴木も暗い海へ落下していった。
「何故撃ったっ!」
男らのリーダー格、胡桃沢を脅迫した張本人は部下を怒鳴り遺体だけでもと護岸に駆け寄るが……。
「ちっ、湾岸警備隊か!」
こちらに近づく赤のパトランプを見て男らはその場から撤退した。
一足遅れて護岸付近に到着した船は湾岸警備隊の船ではなく……。
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