第30話 図書館では……
「ふぅ~~」
ギィと鳴る椅子に深く座り込んで画面から目を離すアカシア。
しばし目を閉じて「よしっ」の言葉と一緒に椅子から立ち上がる。
多少の想定外もあったが、概ねアカシアが納得する結果となった。
「(これで第一段階完了……)」
だが、アカシアにとってまだ始まりに過ぎない。
山積みの課題をどう処理していくかについて思考を巡らせようとしたが「ただいま戻りました」で振り返る。
「待ってましたよ、聖女ジャンヌ・ダルク」
「ジャンヌでよいと、以前から言っているではありませんか?」
「聖女に対してフランクに接するのはどうかと思いますがね?」
いつもならアカシアに反論するジャンヌだったが、気分が良さそうな彼の機嫌を損ねるのはやめとこうと判断し、ソファーに座る。
ローテーブルに紅茶が淹れられたティーカップと珈琲の入ったマグカップが置かれる。
「まずは率直にお疲れ様でした」
これで自分との間に交わされた契約は履行されました。
淡々とした口調の後に珈琲を口にするアカシア、「私は私のすべき事をしたまでです」の返しに肩をすくめる。
「堅苦しいねぇ?」
「これが私ですので」
さいですかの一言で済ませるアカシアだが、そんな彼にジャンヌは静かに微笑むだけ。
「なーんで、微笑んでるのかが意味不明なんですが?」
「いえ、久方ぶりに気を抜いているアカシアを見れて嬉しく思っただけです」
「気なんて抜いていませんが~~?」
地を這うような低い声で否定するが、それが彼なりの照れ隠しだとジャンヌは知っている。
そんなジャンヌをよそに机の上に一枚の契約書をそっと置く。
「見覚えあると思いますが、これは自分がかつて貴女との間に交わした契約書です」
真剣な表情に切り替えて「署名された時にご説明した通り、聖女ジャンヌ・ダルクの能力は胡桃沢水紋へ譲渡された時点を以て契約は満了となります」と、淡々と語る。
「そうですか……」
「何でしょぼくれた顔をしているのかが自分には不明ですが、お疲れ様でしたジャンヌ」
アカシアなりの労いの言葉を口にするが、「ほんと、そういうところですよアカシア」と言われてしまう。
「自分に期待するだけ無駄ですよ」
そんなやり取りをしつつ、署名を終えたジャンヌは契約書を手渡す。
間違いがないかの確認をしてから「貴女には二つの選択肢があります。輪廻転生の輪に戻り新たな人生を歩むか、この空間に留まるか……」「でしたらもう少しこの空間に留まります」には、アカシアは言葉をつまらせて信じられないと顔に出して見る。
「あり得ねぇ……」
「どうしてでしょう、無性に腹が立ってきますね」
それは勘弁してほしいですねと、返したアカシア。
ソファーからゆっくりと立ち上がり「輪廻転生の輪に行くときは一言申して下さい」を最後に自身の作業スペースに向かう。
「アカシア!」
何です? 振り返ったアカシアに「貴方は、――貴方はいつ『死』を選ぶのですか?」「それは少なくとも今じゃない、とだけ返しておきますよ」を聞いて、ジャンヌは静かにため息を漏らすだけだった。
同時刻、別の場所
「やはり」
読んでいた書物を元の場所に戻し顎に手を当てて考えに耽るのはシャーロック・ホームズだ。
『世界で最も名の知られた名探偵』であり『明かす者』として、アカシアは彼に『アカシックレコード』のアクセス権限を一部与えていた。
――実情は、勝手に読むであろうと考えたアカシアが与えざる負えなかったという裏事情があったりなかった。
そのホームズが目下調査しているのはアカシアについてだ。
彼については謎が多く、彼が人類……ひいては世界の敵になり得る存在である以上、調査をするのは当然の流れだろう。
その過程でホームズはアカシアについて幾つかの情報を手にすることが出来たが、背後から近づいてくる人物に「私にご忠告ですかな?」と、落ち着いた様子で口を開く。
「その通りです、明かす者」
背後から感じる神々しさに、冷静さを保ちつつ「私は既に死人、ですが彼が人類の敵になる可能性がある以上その対策を練るのは至極当然かと思いますが?」と。
「――――確かに、明かす者の言い分は最もです。しかし、彼が世界を滅ぼす可能性は限りなくゼロです」
「何故そう言い切れるのですか?」
「前提として、神々の決定により『終末』を迎える世界線は除きます。その上でアカシアには……、『世界を滅ぼすことが出来ないのです』」
出来ない? ますます相手には聞かねばならないと判断するホームズ。
「少なくとも、私を納得させる理由がほしいですね」
「その理由を話せばこれ以上の詮索はしない、と誓うならば話しましょう」
ええ、誓いましょう。
承諾したホームズの返答を聞いて「神々との契約違反、その代償としてアカシアは私利私欲による終末は禁止にされたからです」の、説明にホームズは眉をひそめる。
「契約違反、ですか」
「ええ、これは死して輪廻転生の輪に流れたとしても解呪されない呪いです」
悠久の時が流れても……。
悲痛な声で語った相手は「さあ、これ以上の語り合いは不要です。今すぐこの場から去りなさい」と、告げる。
「では、最後に一つ貴女にご質問があるのですが……宜しいですかな?」
「聞きましょう」
「何故そこまで、彼に肩入れをするのですか? ギリシア神話オリュンポス十二神が一神『アテナ』神?」
ホームズが問うた相手……『アテナ』神は「その質問には答えかねます」の一言で、切り捨てる。
「それは残念だ」
「疾く元の場所へと帰るのです」
これ以上女神を怒らせるのは得策ではない、背中から感じる視線をよそに退散する。
「賢い者の対処には苦労しますね……」
ホームズの背が見えなくなったのを確認してから本音を漏らすアテナ神。
彼が先程まで読んでいた書物を棚から抜き取り頁をめくる。
「目に見えぬ脅威に対し対策を練るのは道理、理解はします」
「しかし、アカシアの願いは一度は誰もが願った理想。人の構成要素によって叶わない」
パタンッと、閉じて元の場所に戻す。
「綺麗事だとしてもその願いは決して無意味ではないのですよ」
「と、言ったところでこれが誰に向けられた言葉であるのかはもう皆様には分かりきったことですよね?」
姿の見えない傍観者さん?
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