第31話 乱闘

 五月六日、事件の影響が残っている横浜市内だが、学校に関しては休校にする程の影響は受けていない。

 個人を除いてだが……。

 「なあ! 葵の兄ちゃん紹介してくれよっ!」

 「葵も教えてくれたら良かったのに~」

 学校に登校して、席に座るなりクラスメイトから兄の秋について色々と聞かれている葵はうんざりしていた。

 連日ワイドショーで事件解決の立役者として冴木のことが報道されている。

 葵も含めて取材に関して全て拒否しているが、一部の人間が取材に応じるので世間からは『日本のシャーロック・ホームズの復活』と騒がれている。

 しかし、当の本人は心底嫌そうな顔だったのを葵は知っているが……。

 のらりくらりと葵はクラスメイト達からの質問責めをかわして昼休みになった瞬間、教室から脱兎の如く逃げ出した。


 「今更冴木君のこと聞き出してくる連中の相手が面倒……」

 「凪はいいだろ? 水紋と葵が一番聞かれてるぞ?」

 直樹に首を縦に振って賛同する澪。

 学校の食堂でいつものメンバーが揃い、冴木について聞こうとする生徒達を直樹達が睨みつけて追い払っている。

 「仮に冴木君の連絡先教えてもブロックする未来しか見えないんだよね……」

 水紋の呟きに「(確かに)」と、全員が同意していると。

 「ねえ、あんた兄貴って冴木探偵って本当?」

 声をかけてきたのは葵のクラスメイトだが、葵自身女子剣道部での一件から話しかけることはなかった。

 取り巻きの男女数名が後ろに立っているのが視界にはいるが、無視する。

 「本当だけど、それが何?」

 素っ気ない言い方で返答すれば取り巻きらが「チョーシのんなよ」と、言ってくる。

 「連絡先教えてよ」

 「教えないし、教えても兄さん基本的に知らない人はブロックするよ」

 だが、「連絡先くらいいいでしょ?」と、食い下がるクラスメイトに「だから、教えないって言ってるじゃん」と、再度拒否する。

 「あんたが決めることじゃないでしょ?」

 何故そこまで食い下がってまで連絡先を聞き出そうとするのか不思議に思う葵。

 その答えは言葉ではなく行動で示される。

 取り巻きの女子が葵を後ろから羽交い締めにしてポケットからスマホを盗る。

 突然行われた行為に「何してんのよっ!」と、怒気を孕んだ声で立ち上がる澪。

 「相手から仕掛けたからいいわよねっ!」

 「駄目に決まってんだろっ!?」

 殴りかかろうとする凪を羽交い締めにして必死に抑える直樹。

 胡桃沢も止めに入ろうとしたが、彼女は彼女で別の生徒によって羽交い締めにされていた。

 食堂にいた生徒達も参加し、食堂内は混沌と化していた。

 食堂の職員数名では到底抑えることが出来ない状況で「なんだなんだ? 随分と暴れてんな」と、全員の動きを静止させる程の声量と呆れを含んだ声色が響く。

 声の主は場の状況を一切気にせずに食堂内を歩いて行く。

 ねえ、もしかして……やマジかよ等のひそひそ声が囁かれる中で「葵~、冷蔵庫の中に弁当忘れていっただろ?」と。

 その場の空気には場違いな発言に周りの生徒達は呆気にとられる。

 「え……、ご、ごめんなさい?」

 「今日は俺が食べるけど、次回からは忘れるなよ?」

 兄妹の微笑ましい会話(?)は、そこで終わり「それで、俺の妹や相棒に一体何してんだ?」と、絶対零度の目つきと口調で相手を睨む。

 怯んだ相手は手を離し、葵と胡桃沢を解放する。

 「ちっ、これだからメディアに出たくなかったんだ」

 吐き捨てるように声にして苛立ちを霧散させる。

 「さてと、こん中に女子剣道部の中里って奴いるか?」

 気持ちを切り替えとある名前を口にして周りを見る冴木。

 「はいはいはいはいっ!!」

 元気な声で手を上げて近づくのは先程まで葵に連絡先をしつこく尋ねていた少女だ。

 葵は嫌そうな顔で中里のことを見る。

 「お前が中里か?」

 「そうですっ! 私、冴木さんの大ファンです!!」

 上目遣いで冴木を見上げる中里だったが……。

 「あっそう。今、お前には殺人未遂の容疑がかけられてる。素直に俺と一緒に連行されるのを推奨しておこう」

「えっ……?」

 静かに、淡々とした様子で告げられた言葉に中里は思考停止する。

 周りも一分程静かになり、その後に囁き声が聞こえる。

 「なっ、何を言って……」

 「ネタはあがってんだ。俺に手間をかけさせるな」

 冷めた表情の冴木と、対称的に焦りを見せて動揺する中里。

 「そっ、そもそも私が一体誰を」

「『高杉三咲たかすぎみさき』だよ。知らないとは言わせないぞ」

 冴木の口から出た名前に葵は「ど、どうして……」と、今度は葵が驚きのあまり言葉を失う。

 「さっ、素直に罪を認めるか悪あがきするか……二者択一だ」

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