終章 BeginningofEnd

第29話 今日も世界は変化する

 望月家による情報漏洩隠蔽が発端となった一連の事件は様々な問題や課題を残りしているものの、解決への目処は立っている。

 そして今回の事件の立役者である冴木は世間から『日本のシャーロック・ホームズ再来』の見出しで世間から注目を集めている。

 当の本人は不快だと口にしていたが……。

 結果はともあれ世間から注目を浴びて探偵冴木秋に依頼をしようとする依頼人が殺到……しなかったのである。

 

 五月四日 横浜市 第二人工島 冴木探偵事務所前


 「これも駄目、あれも使用不能……」

 目の前の惨状に冴木は思わずため息。

 ワイズマン襲撃時と横浜警視庁の家宅捜索によって事務所と自宅スペースにあった家具や過去の事件捜査資料、その他諸々が見るも無惨な状態で置かれているのに二度目のため息。

 今後のことを思案しながら処分するものとしないものを分別し始める。

 「よっ、冴木!」

 後ろの方から数台乗用車が停車する音が聞こえ振り向くと橋本や樫村、胡桃沢と見知った面々だ。

 また後でお迎えに上がりますと言い残して後にする乗用車の運転手は剛毅の部下なんだろうなと考える。

 「高校生活最後のGWを俺の事務所の片付けに使う気か?」

 「事件の功労者一人でやらせる訳無いだろ?」

 橋本の表情で言っても無駄だと理解して「じゃあ使えそうにない物をそっちに持って行ってほしいんだが……、そろそろ俺の足を踏みつけるのをやめてくれないか樫村?」と。

 「だったら私に言うべき言葉があるんじゃない?」

 「――何も言わずにいなくなって悪かったと思ってる」

 謝罪を聞いて樫村は「ちゃんと水紋には謝ったの?」「謝ったけど、落ち着いたら改めてする」の返答。

 「じゃあ、私からはこれ以上何も言わないわ」

 納得して橋本と一緒に作業を手伝おう樫村の背から目をそらす。

 「凪ちゃんと何を話していたの?」

 「勝手にいなくなったことに対する文句」

 「その後の会話について聞いてるんだけど」

 ジト目の胡桃沢に「定期的に連絡してって言われただけ」「ふぅ~ん?」と、疑う胡桃沢だがそれ以上の追求はない。

 目に見えてしょげている胡桃沢に「――――ごめん」と。

 「えっ?」

 「いや、だからその……急にいなくなってごめんって改めて謝っただけだ」

 そっぽ向いて作業を再開する冴木だが、耳だけ真っ赤になっているのを見て「うん、これからまたよろしくね冴木君」と。

 「おう……」

 「それから、私のことを相棒だと思ってるなら依頼があったら私にも言ってね?」

 「学業優先」

 それを切り出すのはズルいと抗議する胡桃沢と反論する冴木。

 その二人の様子を少し遠くから見ていた橋本と樫村は「相変わらずだな」「ほんと、なんであの二人付き合わないんだろうね」「激しく同意」と、作業する手は動かしたまま会話する。

 「そういえば、この前水紋から相談したいことがあるって言われたんだけど……。直樹知ってる?」

 「い、いやぁ~? 俺は知らないなぁ??」

 橋本は本当に何も知らないのだが、言動に怪しさを感じた樫村は「なにか知ってるなら白状しなさいよっ!」と、声を荒げる。

 「本当に知らねぇよ!?」

 「嘘おっしゃい!」

 親友同士が言い争う光景を見て冴木と胡桃沢は互いに顔を見合わせて苦笑する。

 かつて手放した日常風景の一つを、冴木は取り戻した。


 橋本が手配していた 注文・配達サービスで届いた料理を食べるために作業を一旦中断、心地よい海風を感じながらの昼食になろうとしたが。

 「あれ……」

 橋本が見た先に黒塗りの一台の車が冴木探偵事務所近くで停車。

 車内から老齢の男性が一人が姿を現す。

 「弓張月……」

 無意識に言葉に発していた名前を聞いた三人は驚く中、ちょっと話してくるとだけ告げて向かう。

 「やぁ、友達との昼食時にお邪魔して済まないね」

 「貴方なら俺は気にしませんよ」

 他の四ヵ月家の人間なら追い返してましたが、に弓張月の当主は苦笑する。

 彼のそばに控えるSP達にしばらく二人だけで話すと告げて歩き出す。

 冴木も彼の後をゆっくりとした歩調で追いかけていく。

 護岸の縁ギリギリで立ち止まった当主は冴木の方を振り返り本題を切り出す。

 「今回君には多大なる迷惑をかけてしまったね」

 「貴方からの謝罪は受け取りませんよ」

 「あくまでも望月家が発端の事件だから……ということかい?」

 無言のまま当主を見る冴木に何も言わずに肯定と受け取る当主。

 「君は相変わらずだね?」

 「一応、これでも変わってたりするんですがね?」

 「だが君の本質は早々変わらないだろう?」

 目を細めて我が子のように冴木を見る当主。

 お互いにそれ以上の会話は不要と判断したのか「もし、困り事があったら頼るといい」だけを言い残して立ち去ろうとしたが。

 「ちょっと待った」

 当主の後ろ姿に「何で、この時期に防衛省の仕事を望月家に任せたんだ?」「もう、気力がないのさ」で、冴木は察してしまった。

 「震災によって人々の生活は一変してしまった。私は、そんな彼らの生活を少しでも早く取り戻したくて出来る限りのことをした」

 「そうだな、他の四ヵ月家の功績で薄れてるけど貴方の功績は世間から称賛される程だ」

 「だが、一年半前の横浜事変で妻子を失い……。これまでの歩みは本当に正しいことだったのかが分からなくなってしまった」

 表情は読み取れないが、彼の背中が物語っているその感情に冴木は「俺から見た限りでは、貴方の行動は正しかったですよ」と、語った。

 「ありがとう――――」

 今度こそ彼は冴木から離れていった。


 「おっ、ようやく戻ってきたな?」

 既に食べ終わっていた橋本に「ちょっと話が長引いた」と、適当に誤魔化して座っていた場所に座る。

 「さっさと食べて作業を再開しようか」

 「てかこの量今日中に終わらせる気だったのかよ……」

 「当たり前だろ? いつまでも閉めているわけにもいかないからな」

 「じゃあ、冴木君のためにも皆で頑張ろうっか!」

 「その代わり、後で勉強教えてね」

 「その様子だと赤点とってやばいんだな?」

 自ら切り捨てた関係性はひょうんなことで修復した。

 太陽のように温かみのある親友達との会話に冴木は口元を綻ばせるのだった。

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