第28話 後始末 二
入り口の幕が開かれると筋肉隆々の初老の男性と不満げな様子の青年の二人が姿を現す。
「君達は?」
朱里の問いかけに「その質問に答える義務があるのですか?」と、冷淡な声で返す青年。
「身内の不始末をせずにあんたらは偉人の子孫を探していたのか? 随分と楽そうな任務をなさっている様子で?」
冴木の発言に「貴様をこの場で殺したってかまわないんだぞ、冴木秋?」と、再び青年が言い返す。
「はあ、お前さんはしばし黙っとれ」
そこで初老の男性が青年を制止する。
「いやあ、済まん済まん。若い者はどうにも血気盛んでな?」
「御託はいい、さっさと本題を話せよ」
相変わらずじゃな? と、言いつつも男性は胡桃沢の方を見て「わしらのお上はお前さんの身柄を欲しておる。聖女ジャンヌ・ダルクの力を継いだ子よ」と、目的を語る。
「お断りします」
「ハッハッ! まあ当然の流れじゃな!」
呵呵と笑い、表情をゆっくりと変える。
「済まぬが、お主の意見は聞いておらぬ。二人を殺してでもお主を連れて来いと言われてるんでな?」
男性の発言で胡桃沢の前に出る朱里、庇う朱里に向けて拳銃を向ける青年。
一瞬で緊迫した状況になるが、冴木は何事もなかった様に「でも、今回は諦めるんだろ?」と、口にすれば男性は「本来ならば、任務は遂行するべきじゃが……。お前さんを敵に回す気はないわい」と答えた。
「えっ、副隊長!?」
「お上連中には、まあうまい具合に話しとくわい」
想定外の事態に青年は副隊長と呼んだ男性に抗議する。
「副隊長! 目の前にターゲットがいるんですよっ!? たかが少年一人に何を……」
「ならお前さん、世界を滅ぼしかねない奴を敵に回す覚悟はあるか?」
副隊長からの静かな問いかけに青年が答える前に「今回の任務は僕の権限でなかったことにするよ」と、テント外から月人の声が聞こえると彼はテント内へ入る。
「っや、冴木? 今回の一件に関しては重ね重ね済まないと思っているよ」
月人の登場で一歩下がり頭を深々と下げる二人に対し冴木は胡桃沢の前に出て「どうせそんなこったろうと思ったよ」と、返す。
「偉人の力保持者を集めて国際上の立場を有利にする気がバレバレなんだよ」
「WW2以降、日本は敗戦国として国際上の立場は戦勝国と比べれば一目瞭然……。形骸化した組織は不要だ」
「その為なら何をしても良いとでも?」
「改革には犠牲がつきものだ」
冴木と月人の睨み合い、固唾を飲んで見守る胡桃沢達。
そして月人が口を開く。
「だけど、今回はやめておくよ。君を相手するなら僕達は相当な痛手を食らうからね」
行こうかと、青年と副隊長と呼ばれた男性を引き連れてテントを後にした月人。
その後姿を見送った冴木は「だから四ヵ月家は嫌いなんだよ」と、吐き捨てる。
「さ、冴木君……」
心配そうに冴木を見る胡桃沢に「大丈夫、あいつは一応約束は守る奴だからな」と、言ったもののそれで納得できる訳がないかと、冴木は考える。
「安心しろ、俺が必ず守る」
「う、うん……」
真剣な眼差しで見られて頬を赤らめる胡桃沢。
うら若き少年少女の様子に灯里はただ静かに見守っていた。
自身と好きだった相手の面影を重ねて……。
「ジャンヌは諦めるのか?」
「あのまま強行してもよかったけど、冴木を相手にするのは骨が折れるでしょ?」
自宅への帰路途中の車内、十七夜月親子の会話は胡桃沢と冴木の話題になった。
「そうだな、今回の一件で冴木には借りを作る結果になった」
「冴木へ借りを作るのは後が恐ろしいね」
そのような会話を続けている時、月人から「そういえば、どうして弓張月家は望月家に防衛省関連の仕事を……?」と、尋ねる。
「そろそろ引退を考えているらしい、その為自身の仕事を後任に任せるために今回望月家が選ばれた」
そう答えた父親に「成程ね」と、短く答え納得する。
「さて、夏頃には要人の方々が来日する。その準備は整っているのか?」
「半分くらいだね。警備上の問題が解決しきれてない」
「あちらさんも一筋縄ではいかないか」
彼らの会話は夜の喧騒を横目に続けられていく。
医療用テントから出て葵達の元まで戻ろうとした冴木と胡桃沢だったが……。
「十七夜月隼瀬氏とはどういったご関係で!?」
「協会よりも今回の事件解決のご感想をっ!!」
「情報屋闇鴉として疑われてもなお捜査を続けた理由はっ!?」
マスコミによる足止めを受けていた。
嫌そうな顔をする冴木とマスコミからの圧に冴木の背中に隠れる胡桃沢。
我慢の限界に達した冴木は声を荒らげて文句を言おうとしたが、先に「はいどいたどいた」と、言いながらマスコミをかき分けて姿を見せるのは大霧警部と若草だ。
「これから警視庁に来てもらうぞ」
若干ぶっきらぼうな声で大霧は冴木と胡桃沢に告げる。
大霧の目を見て察した冴木は無言で頷き胡桃沢の手を引いてその場から歩き出す。
彼らが乗ってきた車まで移動すると、対策本部に来ていた特銃協会のトップと横浜警視庁のお偉方がいた。
無視して胡桃沢を先に車内に乗せてからドアを閉める。
「先に行っておきますが、協会へはどんな条件を出されても入る気はないしあんたらから文句を言われる筋合いもない」
「調子に乗りおってこの若造がっ……!!」
怒りをあらわにする協会のトップに反し冴木は冷めきった目で彼を見ている。
「――ご協力感謝します」
余計な言葉はつけず、心からの感謝の気持ちを伝えた警視庁幹部も「それはどうも」と、淡々とした口調で返し、車に乗り込んだ。
大霧と若草の二人は深々と頭を下げてから運転席と助手席に乗り込み、車を発進させた。
「大丈夫だった?」
胡桃沢の問いかけに「全く問題ないよ」と返す冴木。
「お前の妹さん達は橋本重工業の息子と一緒に帰ったから安心しろ」
大霧から言われた冴木は「そうか」とだけ、口にすると目を閉じる。
そしてそのまま眠りについた冴木の手をそっと握って胡桃沢も目を閉じる。
朝日が昇り始めた、たった1つの過ちによって起こった戦いは終結した。
失われた命は元には戻らない、それでも今を生きる人達は生きなければならない。
悲しみを背負っても、前へ……。
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