第9話 白と黒
本庁からの連絡があり俺は大急ぎで現場に駆けつけた。
俺の姿を見つけた若草が「お疲れ様です警部!」と、言ったが正直そんな気分じゃない。
「それで、一体どういう事だ? 冴木が撃たれたってのは?」
そう、冴木の探偵事務所があるみなとみらい区倉庫街で銃声が聞こえたと通報。
警官が駆けつけてみれば血痕と冴木の事務所内が荒らされていたのを発見された……。
冴木の死体は見つかっておらず、生きていてほしいと願いながらも俺は捜査をするだけだ。
「事務所内は荒らされていたと聞いているが?」
「ええ、貴重品には一切手を付けずPCや外部記憶媒体関連が盗まれていたとのことです」
その報告を聞いて俺はただの窃盗ではなく十中八九、連続失踪事件に関係していると俺の勘が告げている。
「若草、俺も捜査に加わって」
「その必要はありません、大霧警部」
そう言われて振り返れば忌々しい顔ぶれが俺と若草に近づく。
「特捜部……」
「この事件の調査は我々が行います。それ以前に貴方は冴木探偵とは昔馴染みだとお聞きしております。関係者が捜査に参加できると思っておいでですか?」
厭味ったらしく俺に言うのは特捜部の『源警視』だ。
奴と奴の金魚のフン共が現場に入っていく姿を見送ることしかできず「くそっ!」と、苛立つ。
「警部……」
「若草、お前は現場に入れ。俺は此処で待ってる」
俺に言われて若草はチラチラと俺の方を見ながら現場に入っていき一人残された俺はタバコに火をつける。
紫煙を漂わせて冴木との出会いを思い出す。
「人を殺しました、なので僕を逮捕して下さい」
新しく再編された横浜警視庁に自首に来たのはまだ幼い子供だった。
「坊主、そういう冗談は口にするもんじゃあ」
「震災が起こった四月十日、その日に僕は同級生や先生を殺し、強姦した見知らぬ男八人を包丁や鉛筆で殺しました」
震災、その単語で俺は子供の方を見た。
世間では震災時に発生した犯罪に関して連日報道されており政府もその問題に頭を悩ませていた。
そして昨日、政府は今は無き東京での犯罪は一切不問にすると発表した。
だが、それ以前の問題として……。
「坊主が犯した罪は、特殊な状況下であるのと罪を証明する方法はない。それは悪魔の証明に等しい行為だ」
証拠がかつての日本の首都と共に消えてしまった以上、証明するのは難しい。
すまんなと、俺はこの時謝ったが……。
その時の、死んだ目で己の罪に裁きの鉄槌は下されない事実に絶望する幼き頃の冴木の顔は今でも鮮明に覚えている。
「こんなところでくたばる奴じゃねぇよ」
あいつは生きている、それだけははっきりと言える。
そんなことを思っているとスマホが鳴り出す。
非通知と画面には表示されていたが、気にせずに通話開始をする。
「もしもし?」
『やあ、久しぶりですね大霧警部』
「なっ!? お前はっ」
『静かに、口を噤んでいただけると助かるのですが』
無機質な声と吾の一人称で俺はある人物であるとすぐに分かった。
「(情報屋闇鴉……!!)」
『横浜事変』、世間ではそう呼ばれている事件で暗躍及び首謀者とも言われている謎の情報屋。
俺はこいつと一時協力関係になって事件の収拾を図った。
そしてその事件であの子を養子に引き取ったんだ……。
『さて、貴方が気になっているであろう冴木秋探偵についてですが彼は生きてますよ』
冴木が生きている、その事実を知れてひとまず安堵する俺だったが『しかし、彼は重傷を負い眠っていますがね』で思わず「お前が殺ったんじゃあねぇだろうな?」と、声を出してしまう。
『吾としては彼は優秀な人材、殺すなぞ愚の骨頂に等しい行為をするはずがないでしょう?』
それと、今の声出しは不問にしましょうの言い方にイラッとするが、我慢する。
『本題に入りましょう。現在冴木探偵は連続失踪事件の調査で裏で暗躍する組織に命を狙われている。そしてその組織は貴方の養子である『胡桃沢水紋』も狙っている』
娘が狙われていると聞かされて俺が尋ねる前に『ご安心を、彼女は冴木探偵と一緒の場所で匿われてます』と先に言われてします。
『無論、吾の言葉だけではご納得しないのは重々承知。しかし、内部犯がいる状況で貴方から娘さんに連絡をすれば貴方を人質にして彼女は自ら姿を現すでしょう。ですので愚かな行為をするのだけはご遠慮願いたい』
闇鴉から言われるのは癪だが、奴の言い分には一理ある。
そしてさり気なく口にした内部犯の言葉に「おい、内部犯ってどういう事だ?」と、質問する。
これには黙っている訳にはいかない。
そんな俺に『言葉の通りですよ、警察の捜査が芳しくないのは圧力をかけている人物がおり、かつ警察の情報を逐一その人物に報告している人物がいる……。そう考えるのが妥当では?』に「悪かったな」と返す。
『いやいや、吾はこれでも貴方の能力を買ってるのですよ? 後は行動に示すだけのことです』
全くもって褒められている気がしないが、口にだすのは負けた気になるから言わんぞ。
『大霧警部には冴木探偵から託された情報があるでしょう。そこから真実へ近づくのが最善な一手である……、それだけをお伝えしておきますよ』と、抜かしやがる。
「一つだけ答えろ。お前は何を狙っているんだ?」
奴は絶対に何かを狙っている。素直に答える奴じゃないのは分かっているが、尋ねずにはいられなかった。
『ふむ、ではその質問に答えたら宜しく頼みますよ?』
「良いだろう、だが、時が来たらお前を逮捕する」
『期待しておりますよ、大霧警部?』
電話越しに不敵に微笑んでいるであろう闇鴉は『吾が狙っているのは――――ですよ』と、答えた。
「…………」
予想だにしなかった発言に俺は言葉を失う。
『なにか進展があることを願ってますよ』
その言葉を最後に通話が切れた。
スマホをポッケに入れると若草が戻ってきた。
「警部、そろそろ本庁の方へ戻るようですが……警部?」
「すまん考え事をしていた」
本庁の方へ戻るんだったなと言いながら車へ乗り込む。
「――――と、言う訳で現在冴木は行方不明で生存も絶望的だと見解している」
『それは警察としてであり貴方はそう思っていない……でしょ?』
電話の相手、鷹月医師の言葉に俺は「ノーコメントだ」と返した。
『実に貴方らしい返答だ。しかし、私は秋から自分の死を偽装する旨を知っているから安心はしているさ』
その発言に俺は「知っているって、どういう事だ!?」と大きな声を出して周囲の人間が俺の方を一斉に見る。
『そう大きな声を出すものじゃない。今日秋の妹さんが私の勤務先である病院に訪れてね? 彼女から手紙を受け取り、手紙に書かれていたのさ』
あいつが妹さんと再会した事実にも驚いているが、今はそれどころではなく冴木は自らの命を狙われていることを知っていたのか?
「いやそもそもだ、知っていたなら俺に連絡するくらい」
『連絡をしたところで何か結果は変わるのかな? その事実は貴方も秋もよく知っていると認識していましたがね?』
痛いところを突かれた俺は反論できずにいると『まあ、こっちはこっちで上手く言っておきますからそちらはさっさと事件の早期解決をお願いしますよ』を最後に、通話を切られた。
「ったく、相変わらずだな」
あまり関わり合いを持ちたくない俺だったが、冴木と同等の頭脳を持っているあの医師ならば何かしらのヒントはもらえると思っていたが、ビンゴだった。
「後は何が出てくるかだな……」
蛇ならば可愛いくらいで、物の怪とかは勘弁だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます