第二章・泡沫の夢に抱く思い

第8話 或る青年の可能性理論

 ―――そこは『 』だった。

 人々が見ることも、観測することすら不可能な場所。

 唯一、その『 』に近づけるのは神々だけだった。

 そう、この時点までは……。

 「では、神々との契約に基づいて『図書館』の機能及び蒐集を此処でさせてもらいますよ?」

 『無論、構わぬとも』

 龍神と共にこの空間に足を踏み入れた一人の人間が再度確認をとってから仮想ディスプレイを使って自分好みに弄る。

 『今後はわしやアテネ、ヘルメスがこの空間に訪れるだろう』

 「さいですか」

 作業する手は止めずに返事をする青年。龍神は『わしはお主ら人類を認めておらぬ』と告げる。

 「どうぞご勝手に」

 その言葉と共に一定の間隔で理路整然と並べられた書架に独りでに本が収められていく。

 「では、自分はこれから『運命の書』だったり『宇宙卵』、『編纂事象』『剪定事象』とかの一覧作成もやることが山程あるので失礼します」

 神を敬う気が更々ない様子の青年は歩き出して自身の作業を始める。

 『その前に聞いておくことがある』

 龍神からの質問に「何です?」と少々嫌そうな顔で振り返る青年。

 『この世界の名を決めていたと言っていたな? 扉を繋ぐ際に必要だ、申せ』

 青年は数秒間動きを止めてから「『白き世界』……、それで登録しておいてくれ」と答えた。

 『あい、分かった』

 その言葉を最後に龍神は『 』否、『白き世界』から立ち去った。

 「―――全く、だから神なんて存在は大っ嫌いなんだよ」

 っま、人間も同じくらい嫌いだけどな! と、一人しかいない空間で青年は一人話しながら世界の均衡を保つべく、そして世界創造に必要な構成要素を書に記していく。

◇◆

 『アカシア』

 名を呼ばれた青年―――『アカシア』は声が聞こえた方を振り向けば「おぉ、これはこれは珍しい! ギリシャ神話に名高きオリュンポス十二神が一人『ヘルメス神』様じゃないですか?」と大げさな身振り手振りをしながら話す。

 『それやめてくれないかな……。あの時、僕達に『《自分の運命見たら死ねって言ってる癖に夢を介して誰でも閲覧可能状態にしてるのは怠慢が過ぎるだろうがっ!》』って怒鳴った君を気に入っているんだよ?』

 若干笑みが堪えきれていない様子のヘルメス神に「御用がなければお帰り下さい、こう見えても忙しいんですよ」とアカシアはぶっきらぼうに返す。

 『《世界平和》だったね、君の願いは……』

 ヘルメス神が口にした言葉で視線を動かすアカシア。

 「黙っててくれませんか? 心底気分が悪い」

 ストレスしか感じない表情と声色で告げるアカシアに『そんな冷たいことを言わないでくれよ? 僕やアテナ、一部の神々は君のその考えに賛同しているのさ』と、本心かはたまたアカシアを惑わせる言葉か……。

 「どうぞご勝手に、そしてさっさと消えろ」

 ギロリと睨まれたヘルメス神は「やれやれ」と、言い残して姿を消した。

 再び一人になった青年は自身の作業へと戻る。


 「――それで、その結果がこれですか……アテネ神?」

 理路整然とされた書架は破壊尽くされており床には無造作に本が落ちている。

 アカシアお気に入りの休憩所は見るも無惨な有様でその中央でアカシアは寝転がっていた。

 「アカシア、今回の一件に関して神々を代表して謝罪します」

 深々と謝罪するアテネ神に対して上を見上げたままのアカシアは「無関係の貴女から謝罪されてもこの感情は一切晴れませんよ」と、返す。

 こうなったのには当然理由があるのだが……、簡潔にまとめるならば『契約違反』だ。

 それも神々による契約違反……、無論違反による代償は支払われた。

 「もう、金輪際自分の願いは……数多の世界線の結末は変えられない」

 一体何のために、此処まで走ったのだ。

 命を、記憶を、感情を、人としての生も、全ては己が現世では叶えられない願いを叶えるがためだ。

 「ほっといてくれ、今は貴女の顔すら見たくない」

 アカシアから言われたアテネ神は静かにその場を立ち去る。


 どれ程の時間が流れたのかすら分からない。

 ずっと変わらない白の天井を見上げ続ける。

 「あの、ここはどこですか?」

 「地獄」

 自分の返答に相手は「それ、全くもって笑えませんよ」と、真顔で言われる。

 「はぁ、ここは『白き世界』と言ってありとあらゆる情報が集う空間だ。自分はそんな空間の主だ」

 「主ならどうしてこんなに荒れ果てた空間を放置しているんですか?」

 質問の多い面倒な奴だと思ったが、声には出さずに「前は綺麗だったが、今は仕事を放棄してる」と返した。

 「仕事したら気分も変わりますよ?」

 「変わらんさ。未来永劫自分の願いは叶わないことが証明されたから」

 さっさと消えてくれないかな……。

 そう思う自分だが、相手はそんな自分の気も知らずに「それはやってみないと分からないじゃないですか」と、呑気な様子で言いやがる。

 「――――はあ、やればいいだろうやれば?」

 だからその口を閉じろと、相手に言い放ち立ち上がる。

 久しぶりに動かす身体はガチガチに凝り固まっていたが、この不老不死の身体には無意味なことだ。


 「つまり、『偉人の才能』自体はアカシアが作り出した訳ではないと?」

 「当然じゃないですか?」

 以前のように理路整然とされた書架に飛び交う本。

 全ての機能が稼働している白き世界の休憩所で麗しき銀髪の少女とアカシアは話していた。

 「あれはただの副産物で能力の委託するか否かはご本人次第ですよ?」

 まあ、勝手に託されても困るだけでしょうけどね……。

 そう答えるアカシアに少女は「全く貴方という人は……」と、少々呆れた様子で言う。

 「それに、胡桃沢が貴女の能力を受け取らないのは、心の奥底で聖女として名の知られている貴女の名を汚してしまう……。そう思っているからですよ?」

 

 少女――『ジャンヌ・ダルク』は「そうでしたか……」と、何処か思うところがある様子で返す。

 「っま、その点は心配ないでしょう。経緯や過程がどうあれ胡桃沢自身が心の底から能力を渇望したその瞬間貴女はその感情の色が例え黒くても彼女に能力を託すのでしょう?」

 「ええ、それが私から彼女に出来る唯一の贈り物です」

 決意を固めたジャンヌの表情を見て「はっ、これだから人間って存在は」と、蔑む目で彼女を見る。

 「相変わらずですね貴方は……。ですが、かつて貴方に助けられた恩は返しますよ」

 「どうぞご勝手に? 自分にはもう心底どうでもいいことですが」

 とても人に見せられないような顔をするアカシアだが、ジャンヌは知っている。

 口ではこう言っているアカシアだが、実のところ誰よりも『人の幸せ』を願っていることを。

 今は口に出さないでおく、仮に言ってしまえばまた悪態をつくから。

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