第10話 第四人工島

神奈川県・横浜市・新みなとみらい区・『第四人工島』


 光あるところに影あり、表裏一体の存在がある以上それらを切り離すのは不可能だ。

 第四人工島は犯罪者の巣窟と化しており、警察や特銃法所持者でも立ち入らない。

 故に昼夜問わず犯罪が横行するこの島の中心街では一人の人物が闊歩する。

 その人物を見た者は端の方へ寄り、その人物のために道を開ける。

 異様な光景に「なあ? 何で全員揃いも揃って道開けてんだ?」と隣に立っていた男に尋ねる。

 「ふんっ、新入りか……。良いか、この世界であいつにだけは絶対に関わらない方が身のためだぜ?」

 男はそう言ってその人物を指差し「顔に装着しているペストマスクに黒のローブ姿を見て何か気づかないか?」と、質問してきた男に逆に問う。

 「ペストマスクにローブ? いや、特にこれといって……」

 途中で声は小さくなりペストマスクの人物のローブから一瞬見えた銃で「ま、まさかあいつが闇鴉か!?」と声に出す。

 「その通りだ。偽物とかが偶に出てくるが……、あいつは違う本物だ」

 両者共に通り過ぎていく闇鴉の後ろ姿を見送る。

 一言も発せず、一直線に目的の場所へと向かう闇鴉。

 そしてとある店の前で一旦立ち止まり、店内へと入店する。

 「いらっしゃい」

 静かなバーで店主であるマスターがいるカウンター席へ歩く。

 店内にいる客は静かに、闇鴉のことを見ておりその視線は殺気とも受け取れる。

 「ご注文は?」

 「店のオーナーに会いに来た、闇鴉と伝えれば分かるはずだ」

 無機質な声で淡々と要件を伝える闇鴉にマスターは静かに拭いていたグラスを置き「お客さん、そんなこと言われても分かるはずが」と話すが、ペストマスク越しの目から伝わってくる威圧感に気づく。

 手段を問わないと訴えてくる圧に屈して店内専用の電話でオーナーを呼び出そうとするが「おい」と、闇鴉に声をかける数人組。

 「随分と調子に乗ってるんじゃないか?」

 「ふざけた格好しやがって、そんなんで俺達がビビるとでも思ってんのか?」

 どうやら彼らは闇鴉の格好をした偽物と思いこんでいる様子、マスターは数人組に「お、おいっ! ちょっと待て」と、言ったが彼らは聞く耳を持たずに闇鴉へ銃を突きつける。

 「今この場で土下座するなら許してやってもいいぜ?」

 ゲラゲラと笑う彼らに「それだけか?」と、再び無機質な声が紡がれる。

 「あ?」

 「酒に飲まれるのも程々にしておけと言ったんだ」

 そして闇鴉はカウンターに置かれていた酒瓶を銃を突きつけた男の顔に叩きつけた。

 酒と割れた瓶の破片が顔に突き刺さりよろける。

 後ろに立っていた男らも「なめやがって」と、言い闇鴉に銃口を向けようとする前に瓶で顔を叩きつけた男を蹴り、男らにぶつける闇鴉。

 男ら全員が床に雪崩れるように倒れる。

 「今、貴様らには二つの選択肢がある」

 淡々と語りながら闇鴉は男らにウォッカを浴びせてカウンターに置かれていたマッチに火をつける。

 「吾の視界から姿を消すか、このまま全身火だるまになって焼死するか……」

 さぁ、選べ……!!

 自分らに向けられる殺意に男らは「す、ずいまぜんでじだぁ~~!!」と、闇鴉が叩きつけた男を連れて店を後にした。

 静かになった店内で闇鴉は「酒を無駄にして悪かった」と、マスターに一言謝罪をする。

 「お、お気になさらずに……」

 動揺しているマスターは横の扉を指差し「そ、そちらからオーナーの元へ行けます」と、闇鴉に伝える。

 「感謝する」

 そう言い残して闇鴉は扉の向こう側へと消えていき、残ったマスターと他の客は全員で安堵のため息を漏らした。


 薄暗い廊下を歩いて再び目の前に現れた扉を開けると、そこはいかがわしい店へと繋がっていた。

 彼らにとって当たり前の光景、闇鴉はそんな彼らに目もくれずに一直線に横切る。

 関係者以外立ち入り禁止と書かれた扉を開けて更に店の奥に進む。

 忙しく動き回る従業員を無視して『オーナー室』と、プレートが扉につけられた場所で立ち止まる。

 コンコンッと、ノックすると扉の向こう側から「入れ」と言われる。

 扉を開けて入室、部屋の奥で扉から背を向けて座っている一人の男性が「またトラブルか?」と言いながら椅子を回転させる。

 「なっ!?」

 「久しいな? マダラ」

 マダラ、そう呼ばれた男性は「や、闇鴉……!」と、闇鴉へ敵意むき出しにして「今度は何しに来やがった!」と叫ぶ。

 「そう喚くな? 吾は貴様に二三尋ねたいのだ」

 「お前に教えることは何もないっ!」

 マダラの様子に闇鴉は「そうか、ならば貴様を警察に突き出してやってもいいだぞ?」と脅す。

 「はっ、例え俺を警察に突き出したってすぐに出所する」

 「これを見ても同じことが言えるか?」

 闇鴉がマダラにとある映像を見せる。その映像を見てマダラは「そ、それをどこでっ!?」と、動揺を見せる。

 「それは言えぬな? しかし、お前のような臆病者がまさか入国禁止になっている国の人間を密入国させるとはな? もしこの映像が警察に渡ればお前は死刑と判決が下されるだろう」

 実に残念だ。

 心にもない言葉を送りやがってと、マダラは内心思いつつも「だ、だが! 俺が質問に答えれば考え直してくれるんだろう!?」の言葉に闇鴉は静かに頷く。

 「じゃ、じゃあ! 言ってみろよっ!」

 「一つ目、この男について答えろ」

 闇鴉は映像に写っている金髪の男を指差し、マダラに尋ねる。

 「きゃ、客の名前を教えることは……」

 「確かにご法度だな? だが、よく考えてみろ? 吾にバラされて死刑判決を受けるか、裏切ったことを上手く隠して生きる……そのどちらかしか選択はないのだぞ?」

 どうするのだ? と、視線で訴えてくる闇鴉。

 マダラは心の中で自問自答を繰り返して、絞り出した声で「――――そ、そいつは『フィッシャー・ワイズマン』だ……」と、答えた。

 「フィッシャー・ワイズマン?」

 「そ、そうだ。そいつがどんな奴なのかは一切知らないが、隣に写っている男は『始皇帝』とか名乗ってるテロ組織の幹部の一人だ」

 ヤケになったマダラはそこからペラペラと闇鴉に喋る必要のない情報まで話した。

 「そうか、情報提供に感謝する」

 「あ、ああ!」

 闇鴉はローブを翻して部屋を後にし、来た道を戻る。


 横浜市・某所


 「それで? 俺達が狙っていたジャンヌ・ダルクの子孫は探偵が殺してその探偵はお前が殺したと?」

 薄暗闇からの問いかけに男は「は、はいっ! その通りです!!」と、怯えた声色で答える。

 「そう怯えるな? 俺は別に怒っちゃーいないさ」

 その一言を聞いてホッとした男だったが、直後に額に鮮血の華が咲き、「な……んでっ」と言い残して地面に倒れた。

 「失敗した奴に生きる価値は一切ない」

 薄暗闇から姿を現した男は壁に寄りかかっている人物に「お前がいながらどうしてこうなったか説明しろ……『フィッシャー・ワイズマン』?」と、問いかける。

 「おいおい、いくら何でも探偵が聖女を殺すだなんて普通思うか?」

 やれやれと手振りをしながら「偉人の子孫は色んな観点で利用価値ある存在を殺すなんて愚の骨頂、それはお前も同意見だろ?」と、答えつつ男に問いかける。

 「そうだな、その点は同意するが……。どうする気だ?」

 「なあに、まだ手はある。それはそうと、始皇帝さんの計画は順調か?」

 「進捗はまずまず、後は彼らの行動次第だ」

 会話していた二人に「ボス!!」と、呼ぶ部下の声が響く。

 「どうした?」

 「『沼川』の奴がボスをお呼びです」

 「よし分かった」

 ボスと呼ばれた男は部下と一緒に目的の部屋にへ歩き出し、ワイズマンは彼らの後を追いかける。


 たどり着いた部屋には薄汚れた男女が十人程おり怯えた表情で部屋に入ってきた彼らを見る。

 「して、俺を呼び出した訳はなんだ?」

 「あんたらがお望みの代物がほぼ完成だ」

 白布で覆われた大きな物体が見え「あれだな?」の問いかけに無言で頷く沼川。

 物体の元へ歩き出し白布を外すとそこには黒く大きな機械が鎮座していた。

 「よくやってくれた」

 「あんたらに褒められたって一切喜べない」

 人質を取っておきながらと、返す沼川に銃口を向ける部下に「やめろ」と諫めるボス。

 「――――だが、ほぼとはどういう事だ?」

 ボスの質問に「コアとなる部品はここでは作れない」と沼川が答えた。

 「作れねぇって、じゃあどこだったら作れんだ?」

 「防衛装備庁の私のデスクのみだ」

 沼川の発言にボスは「おいおい、俺が聞いた話じゃあそれも手元にあるって話だったが?」とボスに尋ねるワイズマン。

 「絶対に作れないのか?」

 「無理だ。ここで一から作るとなれば最低でも三年はかかる」

 沼川の言葉を聞いてボスはこれからどうするかを考えていると後ろから発砲音が聞こえ、沼川が地面に倒れる。

 「きゃああああああ」

 「沼川さんっ!!」

 殺された沼川に駆け寄る彼の部下達、発砲したのはワイズマンだ。

 「一体何してっ!?」

 「役立たずはいらねぇんだよ」

 ワイズマンの言葉に「沼川さんしかコアの製造を知らないんだぞっ!!」と部下の一人が叫ぶ。

 「うるせぇ」

 反論した部下をも射殺したワイズマン。ボスに向けて「襲撃するぞ」とだけ告げて部屋を後にする。

 上からの命令でワイズマンと一緒に行動することになったが、彼の行動に頭を悩ませるボスだった。


 「に、兄さんが……?」

 「警察も秋の行方を探しているけれど……」

 生存は絶望的だと、葵ちゃんに告げると彼女は咽び泣く。

 その彼女の姿に罪悪感と秋からの頼まれ事に対する呆れを感じていた。

 秋は生きている。私はこの事実を知っているが、妹の葵ちゃんには話すことは出来ない。

 もし生存している事実が敵に知られれば葵ちゃんが狙われる可能性がある。

 故に手紙を通じて私の元へ彼女を向かわせて危険から遠ざけた訳だが……。

 「(後で秋にはしっかりと説教をしておこう)」

 隣で泣いている娘を見て私は改めて決意する。

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