第三章・名探偵と聖処女

第17話 容疑者、冴木秋

 黒煙とパラパラと天井からコンクリ片が落ちる。

 闇鴉は痛む身体を酷使して郁田氏を立ち上がらせて「ここで死んだら全てが無意味になるぞっ!」と言って部屋から脱出する。

 「ぼ、防衛……省を、襲撃する、とは」

 「目的は恐らく武装ロボットの心臓部であるコアの奪取だろうな。あれはここに保管され、持ち出しも開発責任者である沼川氏だけだからな」

 銃撃音と職員の悲鳴が聞こえる廊下を歩いていると数人の職員と警備員が闇鴉と郁田氏の姿を見つけて駆け寄る。

 「大臣ッ!」

 「わ、私は大丈夫だ……。犯人グループは?」

 「沼川氏のデスクの場所を職員に聞き出し、そちらへ向かっています」

 我々以外、生存者がいるか不明です。

 職員の言葉に郁田氏は苦虫を噛み潰した表情になる。

 状況は最悪で一旦、退いて増援が来てから制圧した方が良いと話している職員の背後に武装集団が現れた。

 「! しゃがめ!」

 闇鴉は叫び、ベレッタで集団に向けて発砲するが……。

 ダダダダダダダダダッ!

 自動小銃による一方的な殺戮、防ぐ術がない職員達は抵抗もできぬまま銃弾が身体を貫通し、死んだ。

 無慈悲に殺していく武装集団は「日本人死すべし!」と声高らかに叫び、殺しを正当化し喜びに酔いしれている。

 異常な光景だが、彼らにとってそれは正常なのだ。

 「死ね」

 だからと言って赦される訳ではない。

 武装集団との間合いを一気に詰めてベレッタで射殺した闇鴉。

 かすかに息があり母国語で捨て台詞を吐き捨てる集団を無視して殺された職員と郁田氏の亡骸をできる限り綺麗にしてから沼川氏のデスクへと向かった。

◆◇

 「ひどい有様だな……」

 重火器を使って破壊し尽くした室内にゆっくりと歩みを進めてコアが保管されていたであろう装置を見る。

 「やはり沼川氏は死んだか……」

 沼川氏しか解除できない装置に彼の右手と思われる手が置かれていた。右手の状態から死んだ後に切断されたであろうと考えられる。

 闇鴉が想定以上の大事になりつつある状況に次の一手を考えていた矢先だった。

 「動くなっ!」

 大人数の足音と銃を構えた時の音で闇鴉はゆっくりと振り返る。

 「これはこれは、自衛隊に横浜警視庁特殊部隊の皆々様じゃあありませんか?」

 緊迫した空気の最中で冷静な声で彼らを見る闇鴉。

 「そこまでだ闇鴉」

 威張った様子で後から姿を現したのは望月悠玄と蓮耶だ。

 「こんな状況になるまで放置するとは弓張月とは大違いだな?」

 「確かに我々は後手に回ってしまったが、その根本的原因は貴様だ冴木秋」

 悠玄が言い放ったことで現場に動揺が広がる。

 と、同時に俺はやっぱりこいつら裏切りやがったなと毒づく。

 「闇鴉なぞ名乗っているがそいつは探偵の冴木秋だ! 横浜事変及び恐喝不法侵入その他諸々の罪で逮捕しろっ! 最悪殺しても構わんっ!!!」

 悠玄の命令に彼らの中で事実なのかの顔を見合わせていたのをチャンスを見出し走り出す。

 「さっさと撃たんかっ!」

 逃走する闇鴉に悠玄は自衛隊から自動小銃を奪い取ると闇鴉へ乱射する。

 変装用のゴムや腕、足に被弾するが今は逃げることだけを最優先にして逃走した。


 半壊している防衛省から脱出し別人に変装、少しでも離れようとする闇鴉。

 しかし、外には特銃免許所持者が待機していた。

 警官に変装してバレないように歩いていたが「いたぞっ!」と叫ばれる。

 何故バレたのかとか考えている暇はない。情け容赦なく銃を発砲する連中から闇鴉は逃走する。

 路地に逃げ込み警官の変装からまた別人に変装しするが……再び見破られる。

 「(何で、何で分かるんだ……!?)」

 動揺が隠せず、焦り始める冴木。

 相手が極悪人だから生きようが死のうが構わないというスタンスの連中に「くそがっ」と、吐き捨て動こうとするが、視界が揺らぐ。

 出血のし過ぎでこのままでは死ぬ。

 だが、死ぬ訳にはいかない冴木は必死に意識を保って逃げる。

 すると「こっちだ」と、誰かに呼ばれて冴木は行くべきか悩んだが、追手が来ている以上信じる以外の選択肢はないと踏んで呼ばれた方へ行く。

 「車内へ」

 呼んだのは十七夜月だった。

 冴木は車内へ転がり込んで車内の扉を閉める。

 そこで冴木の意識は途絶えた。


 一方、横浜警視庁で防衛省襲撃及び闇鴉の正体が冴木秋だと上層部から報告された。

 「冴木が、情報屋闇鴉……だと?」

 大霧はその報告がにわかに信じられなかった。

 確かに、情報屋闇鴉の正体が冴木秋だと言われると大霧は心当たりがあるので半分納得できる。

 しかし、冴木の性格を知っているからこそあんな大胆に事を起こす性格でないのも知っている。

 そもそも、連続失踪事件からきな臭いと感じていた大霧は「若草、行くぞ」と声をかける。

 「えっ!? ど、どこに……?」

 慌てて大霧の後を追いかける若草に「女医師のとこにだよ」とだけ話す。


 横浜市内・『横浜市大学病院』


 受付を済ませて一直線に向かう大霧。

 扉をノックせずに「入るぞ」とだけ口にする。

 「ノックをしないのは感心しないな? 大霧警部」

 尋ね人は鷹月朱里だ。部屋には葵と澪の二人もおり「その娘達は?」と、質問する。

 「そちらは秋の妹さんの木村葵ちゃん。隣に座っているのは葵ちゃんのご親友の柊澪ちゃん」

 鷹月の自己紹介で軽く会釈する二人の後に「で、そちらは横浜警視庁の大霧警部とその部下の若草さん。大霧警部は胡桃沢水紋ちゃんの義理の父親さ」と、説明した。

 「えっ、先輩の……?」

 「この娘が、冴木の妹さんか……?」

 状況が読み込めていない若草と澪の二人。

 鷹月は「して、警視庁と特銃免許さんは秋にバカスカ銃を乱射して流れ弾で怪我人を出しているが、その責任はどうとるつもりかな?」と、鋭い目つきで大霧を見る。

いるが、その責任はどうとるつもりかな?」と、鋭い目つきで大霧を見る。

 「その件について俺は何も知らされちゃあいない。防衛省襲撃犯が闇鴉、その正体が冴木だと聞かされて寝耳に水だったんだぞ?」

 大霧の言葉に後ろに立っていた若草は無言で首を縦に何度も振る。

 「まあ、その点は別の誰かが説明するだろう。次に、大霧警部は自分の娘が聖女ジャンヌ・ダルクの子孫だとは知っていたのかな?」

 その質問に大霧の表情は変わり「――――冴木が、話したんだな?」と、問いかける。

 「むしろ警部はあの子から聞いたのでしょう?」

 鷹月からの質問に頷き「冴木が考えそうなことだ」と、答えた。

 「その子がテロ組織『始皇帝』について行った。その娘達を守るために」

 水紋がテロ組織にいる事実もそうだが、自分の後輩を守ってという事実にも大霧は驚きを隠せずにいた。

 「わ、私のせいです」

 そう告白する澪だが、大霧はしゃがみこんで「君が気に病む必要はない。だが、どうしてテロ組織に追われていたのか話してくれないか?」と、話す。

 「私の父が、防衛省の警備責任者で……。私を人質にして父に防衛省のセキュリティを無効化させるためと話していました」

 澪の話を聞いて「どっから連中は情報を入手しているんだ?」の呟きの答えが出る前に「あの、ちょっと!」と、廊下が騒がしい。

 「失礼します」

 扉が開かれ、そこに立っていたのは十六夜紫雨。

 四ヵ月家が一角を担う十六夜家の令嬢に皆が驚く。

 「説明の時間が惜しいです。鷹月医師、一緒に来て下さい」

 彼女が何を言わんとしているのかを察した鷹月は「分かった」とだけ答える。

 「おい、幾ら何でも横暴が」

 「大霧警部、私は申し上げました。時間が惜しい、と」

 紫雨の圧に大霧は動じない。小娘の圧なぞ屁でもないと表情に出ている。

 「さて、警部にはこの娘達の警護を頼む。詳しい説明は後でする」

 鷹月は医療カバンを持ちながら大霧に一方的に伝えて紫雨と一緒に出ていった。

 「おいおい、勝手に行くのかよ……」

 残された大霧達は困惑するしかなかった。

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