第18話 代償

 ――――白の天井が見える。

 身体を襲う倦怠感と、まだハッキリとしていない意識。

 「(ここは……?)」

 左右に首を動かすと、目が合う。

 「気がついたか?」

 心配そうに俺を見る義母さん。ああそうだ、俺は十七夜月が乗っていたリムジンに入り込んで……。

 その後のことを思い出そうとする前に扉が開く音がした。

 「お目覚めだね、冴木」

 「か、十七夜月……」

 ゆっくりと上半身を起こそうとしたが、腹部に痛みが走り腹部を抑えて呻く。

 「まだ動くな」

 俺を静止する義母さんを止めて「どの面下げて俺の目の前に出やがった」と、言い返す。

 「君が言いたいことは分かってる。でも、僕の話を聞いてほしい」

 「よく言えたもんだな? 元を正せば全部お前ら四ヵ月家が原因だったじゃねぇか」

 俺の様子に十七夜月は今の俺に何を言っても無駄だと悟り「紫雨、彼との会話は後にしよう」と言って部屋から出ていった。

 「義母さん」

 「駄目だ」

 俺が何を言わんとしているのかを察した義母さんは拒否した。

 「その状態であの娘の元に行けば、お前は死ぬぞ」

 絶対に俺を行かせる気がない義母さんの表情と言葉。

 俺自身、もう身体を酷使しすぎて死体も同然だと理解している。

 だが、それでも俺は……。

 「胡桃沢が葵達を助けるために自ら行ったんだろ? だったら、俺が助けにいかないでどうするんだ」

 「お前以外に任せれば」

 「いいや、任せられない」

 俺と義母さんの睨み合い、猛獣同士のいがみ合いとも言われたそれは無言のまま数分経った。

 そして、先に根を上げたのは……。

 「――――分かった、好きにすれば良い」

 義母さんの方だった。

 「けど、一つだけ約束しなさい」

 必ず、生きて帰ってくるって……。

 その時の義母さんの表情はだった。

 「分かった」

 頼みを無下にする程、俺は親不孝者じゃない。

 痛み止めを水と一緒に飲み込んでベッドから出る。


 「や、冴木君」

 変えの服に着替えていると剛毅さんと秘書さんの二人が来た。

 秘書さんは「よっこいしょ」と声に出してベッドの上にバックを置いた。

 「君に必要であろう品を揃えたよ」

 「わざわざありがとうございます」

 感謝の言葉を伝える俺に「君には返しきれない程の恩を私は受け取っている。亡き妻の事件を解決してくれた君の役に立てるならこれくらいはお安い御用さ」と、話す。

 着替え終えてバックの中には防弾チョッキや弾薬、自動小銃や散弾銃が入っていた。

 「身軽に動きたい君には不要かもしれないけれど、相手の数が多いのに拳銃のみは如何なものかと思ってね?」

 「ありがたく使わせてもらいます」

 重ねて感謝の言葉を伝えて必要な物を手に取る。


 「よしっ」

 全ての準備を終え部屋から出ると十七夜月と十六夜の二人が待っていた。

 「冴木君」

 不安げな表情をする十六夜とは対象的に「君には苦労をかけるね」と告げる十七夜月。

 「勝手に言ってろ」

 そう言って二人の横を通り過ぎると「今、君の名前は全国で指名手配されている。情報屋闇鴉としての罪と防衛省襲撃の主犯格として」と、今の俺が置かれている状況を話し始めた。

 「警視庁及び政府は君を何が何でも捕らえるつもりとは表向きに言っているけど、実際は殺しすら厭わない。それでも、何故君はたった一人の少女の為に命を賭けるんだい?」

 十七夜月からの質問には答える必要はなかった。

 だが、俺はこの時言わなきゃいけないと思い込んで「当たり前だろ? 大切な相棒を助けに行くのに理由なんて必要か?」と表面的な理由を口にしていた。

 「……そうかい」

 その言葉で十七夜月との会話は終了し、俺は胡桃沢を助け出す為に始皇帝が根城にしている『第五人工島』へと……。


 『第五人工島』


 「ふはっ、これで我々の目的が達成できる……!!!」

 これから彼らが起こす『革命』の始まりとここまで苦労した全ての事柄が報われることに喜んでいた。

 ただその喜びは常人では理解できない『悦び』ではあるが……。

 「そんなことの為に、無関係な人をも巻き込んだの?」

 馬鹿げてる、表情に出して始皇帝のボスに言葉を投げかける胡桃沢。

 「そんなこと? ふっ、貴様ら日本人にはたかがそれだけと思うだろうが我らにとってそれはとても意義があり日本という国を滅ぼすに値する理由でもあるのだよ」

 それに、と言って胡桃沢へ近づき「ジャンヌ・ダルクの力もあれば我々の計画達成もより確実なものへとなる。期待しているぞ」と、自分が言いたいことだけ言って部下を引き連れて部屋から出ていった。

 残された胡桃沢とずっと静かに彼らの会話を見ていたワイズマンの二人のみとなった。

 「あいつらの考えていることは俺には理解できんな?」

 聖女様もそうだろ? と、投げかけるが胡桃沢は無視する。

 無視されたがワイズマンは気にせずに「計画は明日行われる。自らが開発した武装ロボットと聖女ジャンヌ・ダルクの力によって日本は滅ぶ。そうすれば世界の均衡は一気に崩され弱肉強食の未来が待ち受けている」と、一方的に話し出す。

 「俺はその世界のトップに立つ。全人類をこの俺が支配する、とても心躍るだろ?」

「全然、むしろ私より長生きしている大人がそんなことを考えている事実に引くわ」

 ワイズマンの目的を聞いて心底呆れる胡桃沢。

 「ふ、フハハハハハハハッ!! ガキが図に乗るんじゃねぇぞ?」

 ワイズマンが放つ圧に胡桃沢は一歩も引かない。

 「精々、目の前で起こる惨劇で自分自身の無力さを恨むがいいさ」

 そしてワイズマンは部屋から出る。

 部屋の外では始皇帝のボスが待っており「本当にあの小娘にジャンヌ・ダルクの力があるのか?」と、懐疑的な様子でワイズマンに尋ねた。

 「あるに決まってるだろ? 百年戦争でフランスを勝利へと導いた存在、歴史には語られていないそれはそれは強大な力があるだろうな。それに、俺には秘密兵器がある」

 そう言って笑うワイズマンの発言を聞いてボスはワイズマンの言葉を信じるに値するか決めかねていた。

 利害の一致から始まった関係だが、その関係にも亀裂が入り始めていた……。

◆◇

 ――異様なまでに街は静かだ。

 活気溢れている市場もそうだが、中心街の方も静かなのは違和感しか抱かない。

 その理由も防衛省への襲撃を発端とした情報屋闇鴉の正体も絡んだ報道がされたからだ。

 「なーんか、話が出来すぎてるよな」

 「確かに、あからさま過ぎる」

 相原と九は自身のスマホからニュースの一面を読んでいた。

 闇鴉への復讐心を心配していた相原だったが「もし仮にこの冴木探偵が闇鴉だとしても本人の口から聞きたい」と、九は語った。

 「防衛省付近で闇鴉と思わしき犯人に向かって発砲、流れ弾で一般市民にも被害が……って、大問題だろ」

 「紫晶英亜だっけ? あの人が散々言っていたのに改善されている様子はないわね……」

 その直後、扉が勢いよくバンッと開かれた。

 扉の方を見た二人は血塗れの姿で床に倒れ込んだ黒木の姿に驚いた。

 「おい、結城っ!? お前、何があって」

 「に、逃げ……てっ!」

 訳が分からない二人だが、外から「見つけたぞっ!」の叫び声と一緒に銃弾が放たれる。

 急いで黒木を室内に引きずり入れ、扉を閉める。

 「あの連中、始皇帝か?」

 「もしかするとねっ!」

 このままでは危険と判断、九は子供らの元へ向かい相原は黒木を背負って窓から発砲する。

 理解する前に引き金を絞る相原に「こっちはオッケーよ!」と、九の声で「了解っ!」と返す。

 窓際の棚に隠していた手榴弾を取り出してピンを抜き、外へ投げる。

 黒木を背負ったまま相原は九の方へ向かう。

 裏口から出てスイッチを押してから離れた相原。

 玄関側では、始皇帝のメンバーが相原達の拠点へと侵入していた。

 「ガキどもを見つけだぜっ!」

 指示を出して室内を捜索するが、先程から聞こえるピッ、ピッ、ピッの音に冷や汗を流すがガキどものハッタリだと思っている。

 「ここに何かが……」

 部下の一人が何かを見つけてそれを覗き見た瞬間、相原達の拠点は木端微塵に吹き飛んだ。

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