第26話 探偵としての選択

 「胡桃沢っ!」

 爆風で耳が聞こえない状態で、冴木は胡桃沢の無事を確認するために立ち上がり周辺を探す。

 ワイズマンは熱気でまだ動ける状態ではなかったので冴木はチャンスと考え瓦礫をどかす。

 どかしていく内に先程の聖女としてではなく、普段の服装に戻った胡桃沢を発見した。

 安堵、そして胡桃沢を横抱きにして冴木は一旦安全な場所へ移動させようとしたが……。

 ヒュン。

 背後からの銃撃、それを頬を掠めた状態で冴木は振り返る。

 「ワイズマン」

 「聖女は置いてけ」

 回転式拳銃を冴木に向けた状態でワイズマンは胡桃沢の身柄を欲す。

 しかし、冴木はワイズマンに胡桃沢を置いていく気など毛頭ない。

 「今度こそ、誰にも邪魔されずにお前を殺すことができそうだ」

 「同感だ」

 少し離れた場所に胡桃沢を寝かせて冴木はベレッタの弾倉を再装填、そしてピカニティレールにナイフを装着する。

 「ハッ、拳銃にナイフと装着する奴なんて早々いねぇな?」

「こっちの方が楽なんでね?」

 これ以上の会話は不要、両者共に銃で相手を倒すだけ。

 互いに銃の引き金を引き絞った瞬間が合図となった。

 「……チッ!」

 威力ではワイズマンの回転式拳銃が勝っている。しかし、冴木に当たるという前提の話であり銃弾同士では軌道をそらされて狙いの場所からズレる。

 瓦礫の山に隠れながら相手の出方を伺うワイズマンと冴木。

 「ほら、さっさと出てこいよっ!」

 強気なワイズマンに対し、冴木は表情を歪ませながら弾倉を見る。

 「残り一発……」

 ワイズマンと違って冴木はここまで使用していたのもあり残っている数も少なかった。

 残り一発でワイズマンを戦闘不能にする、相手の動きを観察した結果から言えば不可能と判断した。

 ――弾丸一発だけの使用ならば、であるが。

 見える範囲で冴木は使えそうな物を確認し、見つける。

 「運頼みだなんて、俺も焼きが回ったな」

 自笑する冴木だが、それ以外の方法はない。

 瓦礫の山から身を出し、引き金を引いた。

 その様子を見たワイズマンは「一体どこを狙って」と、言ったが背後から聞こえる音に気づき振り返る。

 目の前から倒れ落ちるトラックから逃げようとしたが、反応が一瞬遅れたことで下半身が地面とトラックに挟まれた。

 激痛で声を上げるワイズマンへ近づく冴木。

 地面に転がっていた回転式拳銃を蹴って遠くへ飛ばす。

 ワイズマンを見下ろし、弾丸が装填されていないベレッタの銃口を向ける。

 「ほら、さっさと俺を殺せよっ!!」

 声を荒らげて冴木に自身を殺させるように仕向けるワイズマン。

 銃剣にしたナイフを使用すれば殺せる。

 だが、冴木がワイズマンに向けて喋ろうとした時、後ろから誰かに抱きつかれた。

 「だ、駄目だよっ!」

 抱きついたのは先程まで意識を失っていた胡桃沢だ。

 懇願にも、あるいはこれ以上冴木の手を汚させないようにしている。

 そんな胡桃沢に冴木は「殺しはしないよ」と、優しい声で返す。

 「俺は探偵だ、殺しはしない」

 胡桃沢の手を引いてその場を離れる冴木と胡桃沢。

 若干早足で移動するので胡桃沢は疑問に思い、尋ねようとしたが……。

 「ハハッ! この腰抜けが!!」

 ワイズマンの最後の悪あがきとでも言った方がいいだろう、冴木に対して叫んでいるが無視する。

 「ほっとけ」

 胡桃沢にそういうと冴木は小さな声で「それに、俺が手を下すまででもない」と、吐き捨てる。

 冴木の呟きの後、武装ロボットが暴れたことによって半壊状態だったガントリークレーンが崩壊を始めた。

 「う、うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

 ガシャンッ!!!

 土埃と耳をつんざく音によってかき消されたワイズマンの叫び。

 二人は振り返ることはなく、本牧埠頭方面を見れば、一隻の船が向かっているのが見える。

 「やっと来やがった」

 呆れた様子の冴木に「冴木君は、これからどうするの?」と、質問する胡桃沢。

 「後始末さ」

 冴木が口にした後始末の言葉に胡桃沢は首を傾げるしかなかった。


 船から降りた冴木と胡桃沢の二人。

 マスコミや警察関係者が駆け寄る前に「兄さんっ!!」と、一目散に葵が二人に抱きついた。

 「おい、葵……」

 「うわあああぁぁぁっ~~~~」

 泣いている葵に「心配かけた」「ごめんね、葵ちゃん」と、各々口にする。

 「……パフェ」

 「え?」

 「今度パフェ奢ってくれなきゃ許さない!!!」

 ぐしゃぐしゃの顔で条件を提示する葵に二人は顔を見合わせて「分かった(よ)」と、返事をする。

 遅れて大霧達が駆けつけ「お義父さん」と、大霧に抱きつく胡桃沢。

 「心配かけてごめんなさい」

 「お前が無事だったらそれでいいんだ」

 微笑ましい光景を見ていた冴木の元に近づく人物。

 その人物を見て「葵、ここで待ってろ」と伝えてから冴木はその人物へ近づく。

 「今回は君のお陰でブハァッ!?」

 近づいていたのは望月悠玄氏だ。

 労いの言葉を伝えている途中で冴木が殴ったので彼は地面に座り込む。

 その光景をマスコミはカメラに収めており、周りにいた警官やSPから銃口を向けられる。

 どよめきが広がり向けられてもなお冴木は、無視して目の前の男を睨むだけ。

 「き、貴様っ!? 自分が何をしたのか分かって」

 「その言葉、そっくりそのまま言い返してやるよ」

 悠玄を見下す冴木はポケットからスマホを取り出し、録音データを再生させる。


 『こ、これで全部だ』

 『ふむ、確認しよう。――――本物のようだな? 流石四ヵ月家の一角を担う望月家だな?』

 『約束通りお前らの欲する物は渡した』

 『ああ、近日中に研究員及び武装ロボットはそちらへ返す』

 椅子が引かれた音、そして立ち去る靴音の後に別の誰かが座った。

 『しっかし、馬鹿な奴だな? 情報漏洩して俺達によってデータを奪われたのがよぉ?』

 『そのおかげで我々は日本での活動が許されている』

 『んで? さっき返すとか言ってたが、どうすんだ?』

 『返すとでも思うか?』

 『それもそうだな!』

 笑い合う二人の男の音声を最後に録音データは止められた。


 「んで、何か言い訳はあるか望月悠玄?」

 「そ、そんなのは出任せだっ!! わ、私がそんなことするはずが」

 「そうだよなぁ? 望月家の手違いで漏れた情報によって今回の一件が起きただなんて口が裂けても言えねぇよな?」

 目の前で見下ろしてくる人物が、死神の様に見えた悠玄。

 頭を振り払い「だがっ! 貴様は私を殴った以上貴様も罪を問われるぞっ!!!」と、返されるが……。

 「だったら何だ?」

 ホルスターからゆっくりとベレッタを抜き取り銃口を向ける冴木。

 怯える悠玄に「お前のせいで被害にあった人達の無念を晴らせるなら安い代償だ」と、告げる。

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