第5話 会話と感情
「お風呂いただきました」
事務所スペースで作業をしている冴木君に一声かけると「じゃあさっきも言った通り俺の部屋のベッドで二人は寝てくれ」に頷く。
布団を買う時間がなかったので比較的大きい冴木君のベッドに二人で今日は寝てくれと冴木君から言われた。
勿論、最初は私がソファーで眠ると言ったのだが冴木君と葵ちゃんから「「胡桃沢(先輩)はベッドで(すよ)」」と真顔で言われた。
「ゆっくり眠れよ?」
「うん、今日はありがとうね」
私がそう言うと冴木君は画面の方を見て「分かった、おやすみ」とそっけない感じで言った。
「うん、おやすみ」
私も冴木君に言い葵ちゃんが待っている部屋に行く。
「お待たせ」
「あっ、待ってましたよ先輩っ!」
ベッドに寝転がっていた葵ちゃん身体をガバッと起こした。
「今日はお互いに疲れたからもう寝よう」
「えぇ~」
残念と言う葵ちゃんに「電気消すよ」と伝える。
電気を消して真っ暗闇の部屋でベッドの方へ無事に着いた私は布団をかぶって横になる。
「おやすみなさい、先輩」
「おやすみ、葵ちゃん」
お互いにお休みの挨拶をして目を閉じた。
「十件……」
PCモニターを睨むように見て俺は一人呟いた。
吉川巴以外にも似たような状況で失踪した子供が計十人だ。だが、警察はその半分しか認知していない。
「(何してんだよおっさん……)」
横浜警視庁に勤務している警部に対して心の中で愚痴る俺だが、個人で調査するのにも限界がある。
「明日電話してみるか」
もしかすれば失踪した子供達に何かしらの共通点が見つかるかもしれない。
そう思い少し休憩しようと思い時計に目を向けるともう時刻は深夜二時近くだ。
「シャワーあ浴びてさっさと寝るか……」
すると扉が開く音でそちらを見ると「あれ……、まだ冴木君起きてたの?」と目をこすりながら俺の方を見る胡桃沢の姿があった。
「そろそろ寝ようと思ってたけど……、胡桃沢は?」
「ちょっと変な夢見て起きちゃて」
あははと小さく笑う胡桃沢に「今ホットミルク淹れるからソファーに座って待ってな」と言いキッチンの方へ向かう。
「えっ、いいよ」
「俺は気にしないからほら座った座った」
遠慮する胡桃沢にそう言い早速ホットミルクを作り始める。
そんな俺の姿を見て諦めてソファーに座った胡桃沢、後ろから見る彼女に昔約束した女の子の面影を重ねようとしている俺がいて首を左右に振る。
「(胡桃沢には好きな奴がいるんだ……何考えてるんだ?)」
だが、もし胡桃沢と付き合ったらそれはどんなに幸せなんだろうと思ってしまう俺がまた、いるのだった。
「どうぞ」
「ありがとう」
ホットミルクが出来上がったので胡桃沢の分を手渡して自分の分も飲む。
「――――ねえ、冴木君はどうして学校を中退したの?」
不意に胡桃沢から尋ねられるその質問に俺は「あの時、学校に通っている意義が見出だせなくて辞めただけさ」と知り合い用に考えていた定型文を口にした。
「冴木君の嘘つき」
「本当さ、本当に通う意義が見出だせなかったし……何より俺自身が分からなくなっていたんだ」
それは本当であの事件のこともあってよく分からなくなっていた。だから全てリセットしようと思い立ち、したのだった……。
「なら、信じるよ」
ちょっと不貞腐れている胡桃沢に「何だよ、俺が学校辞めて寂しかったのか?」と冗談半分で口にしたのが間違いだった。
「――――うん、冴木君がいなくなって寂しかった」
その時の胡桃沢の表情は何とも筆舌に尽くしがたいものだ。
誰にも見せたくない、むしろ胡桃沢が好意を抱いている顔も知らぬ相手に嫉妬する俺がいる。
「そっか、まあ連絡先もまた交換したから連絡してくれよ? 仕事で返信が遅くなる時もあるかもしれないけどさ」
口では軽々しく言うが、内心荒れに荒れている。
この感情は一体何なんだ?
理解が出来ない。
「なあ、胡桃沢」
う~ん? と眠たげな目で俺を見る。
――――欲しい。
欲しい、彼女の全てが欲しい。
己の中の衝動に駆られる。
「胡桃沢」
彼女に話しかけた時、俺の肩に寄りかかる形で寝息を立てていた。
その光景に己の中で爆発しかけていたソレは一気に消え失せた。
今、幸せそうに眠っている彼女の寝顔を見てからゆっくりとソファーに寝かせる。
毛布もかぶせてから「おやすみ、水紋」と、下の名前を口にしてリビングから出た。
翌日
誰かが料理する音で胡桃沢は目覚めた。
目をこすりながら寝転がっていたソファーから身体を起こす。
「おはよう」
声の主は冴木、胡桃沢は「おはよう~……」と、眠たげな声で返した。
「もう少しで出来上がるから顔洗って寝癖直してきな」
「うぅ~」
まだ眠っていたい気持ちを抱きつつも胡桃沢は冴木に言われた通りに洗面所へと重い足取りで向かう。
洗面所で顔を洗っていた胡桃沢の後に葵も来て二人交互に寝癖と顔を洗い、冴木が待っているリビングへと行けば、既に朝食は出来上がっており冴木は椅子に座って待っていた。
「遅くなっちゃってごめん」
「いいや、そんなに待ってないさ」
冴木に謝る胡桃沢だったが、当の本人は気にする素振りを見せることなく葵に朝の挨拶をしていた。
「それじゃ、全員で……」
「「「いただきますっ」」」
朝食を食べ終えて各々身支度を整えていた。
「じゃあ、受付で俺の名前を出してこれを渡せば受付の人も分かるはずだから」
「わ、分かった」
戸惑いながらも冴木から受け取った葵は本当にこれで分かるのかと訝しむ。
「葵ちゃんはこれからどうするの?」
胡桃沢の質問に「俺の義母さんに会いに行くんだよ。今後の話し合いについてな」と、冴木が変わりに答える。
「そっか……。でも、それだったら冴木君も一緒に行った方が良いんじゃ?」
「そうしたかったけど、昨日引き受けた依頼が一刻の猶予もない内容だから行けないんだ」
じゃ、鍵も渡したから戸締まりだけ頼んだと、告げて冴木は出かけていった。
残された葵と胡桃沢の二人だが。
「兄さんと再会してまだ一日も経ってないのに……、兄さんらしいって思う私がいるんですよね」
「不思議だよね~」
苦笑する二人をよそに、一人くしゃみする冴木の姿があったとかなかったとか……?
◆◇
横浜警視庁・捜査一課
「警部、また別の事件に首を突っ込んだのですか?」
「るせぇ、警官でもない連中に好き勝手されて不愉快極まりないんだよ」
横浜警視庁捜査一課のデスクで不機嫌そうに缶コーヒーを飲み干す男性と少し気弱な青年のコンビの姿が見える。
おい、大霧と呼ばれたのは先程青年から警部と呼ばれた男性で彼は自身の上司のデスクに向かう。
「お前、一体どういう了見で四課の事件に首突っ込んだ?」
「三ヶ月前から発生している失踪事件に犯罪組織が関わっていると踏んで四課から情報提供を頼んだだけです」
上司は男性の言い分を聞いた後に深い溜息をし「その件については現在『特銃法』との合同チームが」と続きを話そうとしたが男性に遮られる。
「一歩も進展がありませんが?」
「情報が少なすぎるんだ、もう少しすればいずれ……」
「かれこれ十回目ですな、そのお言葉も」
そして上司のデスクから離れる男性に「おい、おい! おいっ! 大霧!!」と最終的には怒鳴る上司を無視して彼は出ていった。
「若草っ! 大霧を監視しろっ!」
「は、はいっ!」
上司の命令に従って男性の後を追いかけていく青年。
一部始終を見ていた者達は不機嫌な上司のターゲットにされる前に自身の仕事へと戻る。
「大霧警部! もう少し穏便に……」
「ふんっ! 穏便に事を済ませられるなら怒鳴っちゃーいねーよ」
大霧は自身の部下である若草に「お前、連続失踪事件が解決すると思うか?」と問いかける。
「それは勿論解決すると……」
「俺はしねぇと考えてるぞ」
大霧の言葉に「それはどうして?」と若草は尋ねる。
「合同チームの捜査方針とこれまでの情報を見たんだが……、どれもこれも確かに関係性がありそうだが無関係な下らない情報ばかりだ。そんな連中が事件解決できると思うか?」
震災以降東京都に所属し、生き残った警官は横浜警視庁へと異動になったが本庁と所轄の軋轢も然り急速に増えた犯罪に警察組織は追いつけなくなっていた。
故に特銃法免許所持者も事件の捜査に警視庁側からの依頼で参加出来るようになった。
「はぁ、あいつに頼んでみるか」
大霧はそう言って自身のスマホで誰かに連絡を取り始める。
横で見ていた若草は首を傾げ、その様子を見守る。
「おぉ、冴木か? 俺だ、大霧だ……。あぁ、その通りだ――――それだけで良いのか? いや、思ったより少ないからな……じゃあ午後一時にいつもの場所だな? 分かった」
そこで通話を終了した大霧に「あの……、電話の相手は?」と若草が尋ねる。
「最も信頼出来る探偵だよ、若草お前俺のデスクからこれらの資料取ってこい」
「か、構いませんが……」
特銃法所持者にはあれ程毛嫌いしていた大霧がそこまで信頼する人物とは一体何者なんだ……。
若草は疑問を抱きつつも大霧に頼まれた資料を取りに再び捜査一課のデスクへと戻って行く。
大霧の運転で横浜市内のとあるタワー型駐車場で車は停まった。
車から降りると先客がおり「渋滞にでも引っ掛かったのか?」と若草よりも若い声が駐車場に響く。
「相変わらずだな、冴木?」
声の主は冴木で「資料は?」と尋ねる。
「これだ」
大霧が冴木に手渡す光景に「け、警部っ!?」と慌てた様子で冴木から資料を取り返そうとするが「大丈夫だ、こいつが俺の言ってた信頼できる探偵だ」と説明する。
「こ、この少年が……?」
「どーも若草巡査部長? 俺は冴木秋、探偵で大霧警部とは付き合いが長いんだ」
自己紹介した冴木は資料をペラペラと捲って内容を確認する。
「け、警部……彼は本当に信頼出来るのですか?」
大霧に耳打ちする若草に「聞こえてますよ」と冴木が指摘する。
「えっ!?」
「こいつの前でヒソヒソ話なんて無駄だぞ」
遅すぎる忠告した大霧に「おっさんももう少し話しとけよ?」と冴木からも言われる始末。
「うっせぇ」
「っま、十分の一程度の情報が見れただけでも良しとしよう」
冴木はそう言って資料を大霧に返すと「まず前半の資料は何だよ? 給料泥棒かよ」と棘のある言葉を放つ。
「それは合同チームの捜査資料だよ。後半は俺が独自に調べた資料だ」
「独自にって、どうせまた別の課に首突っ込んで煙たがられて上司に怒られたんだろ? 若草さんもおっさんのお守り大変でしょ?」
「お守りって、俺はガキか!?」
冴木の言葉に怒る大霧だが「実際問題事実だろ?」と突っ込まれた大霧はぐうの音も出ない。
「え、えっと……」
「あっ、答えにくいなら答えなくていいですよ」
そして冴木は「んじゃ資料読ませてもらった代価として俺からおっさんに情報提供」と代価を支払う。
「まず連続失踪事件は五人じゃなくて十人であるのが一つ、二つ目に失踪者の三親等全員を調べること。三つ目、二つ目を調べ終わった後に防衛省に電話する。――――以上だ」
冴木の口から出た情報に若草は驚く。
警察では五人だけだと思われていたが実際は十人であることもそうだが、一体何処からその情報を……。
詳しく聞こうとする前に「冴木、お前どこから」と大霧が先に尋ねた。
「とある少女の失踪に関する調査で三ヶ月前から起きている連続失踪事件が関わっていると踏んで調査した結果だよ。ちなみに、俺の依頼人を含めた残り五人は警察署に相談に行ったが門前払いにされたそうだ……後、特銃法所持者の探偵事務所とかな?」
これだから協会は駄目なんだよ、と愚痴る冴木。
「はぁ、その件は後でこっちで対応しとくが……。お前が前みたいに捜査協力してくれるならこんな煩わしいことをせずに済むんだぞ?」
大霧から出た発言に若草は「あの、冴木探偵は以前警視庁の捜査協力をされていたのですか?」と質問する。
「あぁ、それは……」
「ええ、しましたよ? でも、あんたら警察と協会の尻拭いに飽き飽きして辞めましたけど」
ニコリと微笑みながら質問答える冴木にえっ、と驚く若草。
「確かにあの一件はお前にとって後味の悪い結果だったが……」
「俺は命の恩人であるおっさん以外の警官は微塵も信用も信頼もしていない。だからこうしておっさんの頼みという形で協力しているに過ぎない」
表情には出ていないが、目から怒っているのがヒシヒシと伝わりそのまま冴木は自身が乗ってきたバイクに跨り駐車場を後にした。
「若草、今後あいつの前で捜査協力に関すること聞くんじゃねぇぞ」
釘を差した大霧に「触れてはいけない話でしたか?」と尋ねる。
「冴木にとって不快でしか無いからな」
そう話す大霧の表情は悔しさが表れていた。
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