第4話 回想と怪人

 男らの追跡もなく、バイクを駐輪していた場所に戻れた俺と胡桃沢。

 椅子下の収納スペースにいれていたヘルメットを投げ渡して「詳しい説明は俺の事務所でするから、乗れ」と告げる。

 「わ、分かった」

 戸惑いながらも頷いた胡桃沢はヘルメットを装着してから俺の後ろから落ちないように抱きつく。

 エンジン始動させてゆっくりと動き出し、鶴見区を後にする。

 法定速度を守りつつ骨伝導イヤホンを通じて『なんであいつらに追われていたんだ?』と尋ねる。

 『冴木君の行方についてある情報屋に会いに行って……』

 『その情報屋と連中がグルだったって訳か』

 俺の言葉に胡桃沢は乾いた声であははと口にした時点で図星だなと察する。

 『で、でも! 冴木君が居場所を教えないから悪いんだよ!』

 『RAIN消したから連絡出来ないだろ……』

 そうだったと、小さな声で呟く胡桃沢。

 『兎に角、俺の事務所がある第二人工島に着いたら全て話すしそっちも話せよ』

 『分かった』

 ぎこちない会話は当然続かず、両者無言のまま俺の事務所へと向かう。


 第二人工島倉庫街に到着した俺と胡桃沢、先に着いてた葵達のタクシーの運ちゃんに代金を支払った。

 「あ、ありがとう……」

 「これくらい当たり前だ」

 葵の前ではそんなことを言いのけるが、胃が痛い。

 こっちだと、全員を引き連れて俺の事務所兼自宅である倉庫内へ案内する。

 「す、凄い……」

 葵が無意識に呟いた言葉を拾って「面白いだろ? 倉庫内をここまでした事務所は?」と答える。

 シックモダン系統で統一した事務所内を物珍しそうに見ている葵と胡桃沢に「そこのソファーで座って待っててくれ、今お茶を淹れる」と伝えキッチンへ向かう。

 「あっ、私も手伝おう」

 「なら、そこの食器棚からカップを人数分取ってくれ」

 葵が手伝いを買って出たので場所を教えながら珈琲を淹れていく。

 「はい、これでいい?」

 「問題ない」

 ありがとうと、感謝の言葉を伝えると葵は嬉しそうに「どういたしまして」と返してくれた。

 その葵の笑みを見てあの時声をかければ良かったなと一人反省する。

 全員分のカップに珈琲を淹れ、ソファーの方に盆にのせて持っていく配る。

 「砂糖とミルクは自由にいれてくれ」

 そう言って普段から座っている場所に座った俺は一呼吸してから「色々と説明する前に……葵、済まなかった」と頭を下げて謝罪をした。

 葵からの言葉を待っていると「顔を上げてよ、兄さん」と言われたので顔を上げる。

 「兄さんが、私の元に来てくれなかったのには訳があるんでしょ?」

 その問いかけに「それも含めて説明する」と伝える。

 「何処から説明しようか……。まず葵はどうして俺と生き別れになったのか聞いているか?」

 「ううん、分からない」

 おっと、そこからか……。内心そう思った俺は「じゃあそこから説明していこうか」と言い葵と胡桃沢に語り始める。


 「俺と葵が生き別れるきっかけになった事件があるんだ。――――『真夏の悪夢事件』、世間ではそう呼ばれている事件で親父と母さんは死に、俺も生死を彷徨った」

 真夏の悪夢事件、まだ東京が日本の首都だった頃に存在した『帝都ショピングモール』で起こった立てこもり事件。

 死傷者五百人以上でモール内で人質となり生きて外に出られたのはまだ幼い少年少女二人だけだった。

 「その幼い少年が俺で、何度も心臓が止まったが無事に手術は終わり目覚めたが……、俺は家族のことを当時思い出せなかった」

 どれだけ必死に思い出そうとしても霧の中を彷徨う様に親父や母さん、葵の名前を思い出すことは出来なかった……。

 「結局、俺は事故の後遺症による記憶喪失とされて命の恩人である女医師の養子になった」

 多忙で家に滅多に帰らない人で血の繋がりはなかったが、あの人はあの人なりの愛情を俺に注いでくれ育ててくれた。

 「事件から三年後、首都直下型地震が東京を襲った。義母さんはその時横浜に出張に出ていて俺は通っていた小学校の教室で被災した。あの時の光景は今でも鮮明に思い出せる」

 必死に机にしがみつきながら棚からランドセルが落ちたり蛍光灯が割れ落ちる、そして窓の向こうでは黒煙が上がっている光景を……。

 その光景は俺の目にはあの事件を彷彿させるものだった。

 「俺は運良く東京から脱出して横浜へと来たが……、俺の同級生達は誰も助からなかった」

 同時に思い出すのは両の手を真っ赤に染めた俺自身と俺の周りで倒れる同級生と大人達……。

 「そして今から二年前、俺はある事件の調査をしていた際に頭を負傷したんだ。軽い脳震盪だったが、その時思い出せなかった葵や両親の名前を思い出せたんだ」

 今でも何故思い出すことが出来たのかは不思議だが、生きているかもしれない妹の行方を俺は探し始めた。

 そして半年前に学校から下校する葵の姿を目撃して声をかけようとしたが、俺には出来なかった。

 今の今まで会いに行かなかった奴がのこのこ出てきても、葵にとって迷惑でしかないと思ったからだ……。


 回想終了


 「だから、陰ながら葵のことは見守ってはいたが……姿を見せることはしなかったのさ」

 俺から話すべきことは終わり「何か質問あるか?」と二人に尋ねる。

 「ちょっと待って兄さん、私のこと見ていたの!?」

 「見ていたって言っても月に数回程度だぞ? 不審者と思われない様に動いてな」

 「それ以上に全然兄さんのことに気付けなかった私自身に今驚いているの!」

 兄さん影薄すぎでしょ……と、落ち込んでいる葵に「俺はそこまで影薄くねぇよ」と突っ込んだ。

 「まあまあ葵ちゃん、冴木君は探偵として働いているから尾行とかは普通の人より得意から仕方ないよ」

 「……先輩、全然慰めになってませんからね?」

 そして葵は「でも、兄さんの口から謝罪の言葉と今まで会えなかった訳も聞けたから許す」と言ってくれた。

 「ありがとう、葵……」

 安堵した俺だったが、「あっ、もう一個聞いておきたいことがあるんだけど……」と言われたので何だ? と聞く。

 「兄さんと先輩って付き合ってたの?」

 飲んでいた珈琲を吹き出しそうになるのを我慢して咳き込む。

 対して胡桃沢は顔全体が真っ赤になって「さ、さささささ冴木君とっっっ!!?」と、動揺しまくっていた。

 「お、お前! 脈絡もなしに何言い出してんだっ!?」

 「そ、そうだよっ!? それに冴木君には好きな人がいて……」

 「その好きな人が先輩だと私は思ってましたけど?」

 えっ、違うの? と、本気で言ってると全面に出した顔で俺と胡桃沢を見る葵。

 「と、兎に角俺と胡桃沢は付き合ってないっ! これで話は終わり!」

 強制的に話を終わらせた俺に葵はジト目で訴えかけてくるが、無視する。

 「今度はこっちの番だ、何であんな危険な場所に行ったんだ?」

 俺の質問に胡桃沢が目を泳がせながらそっぽを向く。

 「く~る~み~ざ~わ~?」

 「そ、そんな顔で私を見ないでよ冴木君っ!?」

 若干涙目で抗議するが、女の子二人で危険な場所に行ったのだから訳と説教をしっかりしなければならない。

 「え、えっと~~。知り合いからあそこに『情報屋闇鴉』がいるって聞いたから……」

 胡桃沢の口から出たその名前に「闇鴉があそこにぃ~? あり得ないあり得ない」と否定した。

 「闇、鴉……?」

 「情報屋闇鴉、一情報屋なんだが……あいつは表と裏どちらの社会にも恐れられている超危険人物だ」

 「そ、そんなに危険な人なの?」

 「大部分が根も葉もないデマに過ぎないが、唯一確かなことは一年半前の『横浜事変』で暗躍していたという事実だ」

 七つの犯罪組織を壊滅に追いやりその裏で裏社会の大物達に忠告したと噂されている人物……。

 「あれ、でも何で冴木君詳しいの?」

 「数回、奴の方から連絡が来たからだよ。逆探知試みたけど失敗に終わったけどな」

 俺からの衝撃発言で葵と胡桃沢は驚きの声をあげるが「言っておくが俺は全てあいつからの頼みは断ってるからな?」と付け加える。

 「それでも凄いよ兄さんっ!」

 「凄くないからな?」

 兎に角、今度その知り合いとやらを連れて来いと胡桃沢に伝える。

 危険な目に合わせて何当の本人は安全地帯にいやがるんだと、思いながら時計に目を向けた。

 「っと、もうこんな時間だったのか……。胡桃沢は帰らなくても良いのか?」

 もう七時になろうとしてるぞ? と、俺は胡桃沢に言うが「そう言って冴木君また何処かに行きそうだから今日は泊まってく」と言い出した。

 「――――はぁ~、あのなあ? そう安々と何処かに行けるなら二人の前に姿を現す真似なんかしてないし……。そもそも、親御さんにはどう説明するんだよ?」

 「友達の家に泊まるって伝えるよ?」

 ねっ、良いでしょ? 俺に微笑みながら言う胡桃沢。

 こういう状況になった時の胡桃沢は妙に頑固で説得は不可能、無理やりタクシーに乗せて帰らせてもいいが、隣で先輩も泊まるの!? と目を輝かせている葵の方をちらりと見て溜息を一つ。

 「分かった分かったよ! 泊まってもいいが、食材が足りないから買い出しに付き合ってもらうぞ」

 はーいと、返事をする二人に内心大丈夫だろうかと一人不安になる俺だった。

◆◇

 冴木君には悪いことをしちゃったなと思いつつも私は冴木君と葵ちゃんの三人で近くのデパートに買い出しに来ていた。

 「これ、絶対に先輩にお似合いだと思うんですが……」

 そう言って葵ちゃんが持ってきたちょっとエッチな下着に「あ、葵ちゃんこれ買ってどうするの!?」と思わず聞いてしまった。

 「どうするのって、それは勿論……」

 言わなくてもお分かりでしょ? と、視線で訴えてくる葵ちゃんに「と、兎に角私は買いません」と言ってそれを元あった場所に戻す。

 「あぁ、折角先輩に似合いそうな下着を見つけてきたのに……」

 「私のもそうだけど、本題は葵ちゃんの下着だよ?」

 そう、冴木君とは別行動で葵ちゃんの衣服類を購入するために下着とかを見ていたのです。

 「ほら、そろそろ買わないと冴木君買い物終わっちゃうよ?」

 「……先輩、お姉ちゃんみたいですね」

 葵ちゃんの考えは読めている私は「そんな事言っても無駄だよ」と返すとちぇぇとバレちゃったと自白する。

 「先輩と兄さん、お似合いだと思うんだけどなぁ~」

 「私にも冴木君にもお互い好きな人がいるから残念だね」

 「実は両片思いだったりして」

 「葵ちゃん?」

 お、お会計してきますぅ~とそそくさと私の元から離れた葵ちゃんの後ろ姿を見ながらさっき葵ちゃんが私に手渡してきた下着を見る。

 「さ、流石にこれは……」

 自分自身が着ても絶対に後悔するやつだよと思いながら再び戻して葵ちゃんの元へ向かう。

 「(私が着ても冴木君だったら褒めるんだろうな……、ちょっと待って?)」

 何で冴木君が突然出てきたの?

 いやいやいやいや、確かに冴木君はかっこいいと思うし誰にでも優しいから女の子にはモテモテだったけど、だからといってあんなエッチな下着を身に着けた私とそういう関係になるはずないじゃん!!!?

 一人であれこれ考えて途中から湯気が出てる気がしてきた。

 「先輩?」

 葵ちゃんから呼ばれて「なななな何っ!?」と動揺しまくっているのがバレバレだった。

 「何かあったんですか?」

 「何もないよっ!? ほら、早く冴木君のところに行こう」

 ほらほらと、葵ちゃんの背中を押して無理やり思考を放棄する。


 「うぇぇ~、疲れたぁ~~~」

 「疲れてるところ悪いけど冷蔵庫にしまうの手伝ってくれ」

 はぁ~いと疲れ切った葵ちゃんと対照的にテキパキと買い物した材料を片付ける冴木君。

 なにか手伝うよと、申し出ると「なら、風呂掃除をお願いしてもいいか?」と頼まれた。

 「勿論いいよ」

 「じゃあお願い、風呂場はそこの扉を開けて右奥だから」

 よろしく頼むと、冴木君に頼まれたので私はお風呂掃除するべく浴室へと向かった。

 脱衣所の扉を開けて一番に思ったのが。

 「綺麗だ……」

 私の勝手な考えだけど、一人暮らしの男の子は少しズボラで汚い箇所とかあるんだろうなって思ってた。

 だけど、私の目の前には綺麗に畳まれたバスタオルやフェイスタオル、一つ一つの置く場所が決まっている。

 「もしかして冴木君って几帳面……?」

 学校生活では知らなかった一面を知れて嬉しいと思う反面期待を裏切る真似はしたくないと思う私がいる。

 「よしっ!」

 自分自身に喝をいれてお風呂掃除を始める。


 「終わったよ~」

 「おっ、ありがとうな? こっちも晩飯出来たから」

 全力で挑んで疲れた私に冴木君からの労いの言葉とともに美味しそうな匂いが鼻孔をくすぐる。

 「先輩早く早くっ!」

 はしゃいでいる葵ちゃんに急かされてテーブルの方へ向かうと豪華な料理が並べられていた。

 「これ、全部冴木君が作ったの?」

 「まあな? 良い気分転換にもなるし……何より、自分自身が食べたいと思った時に作れたら最高だろ?」

 さっ、冷めないうちに食べようか。

 冴木君の料理の腕に女子として敗北感に襲われる私と葵ちゃんに席に座るよう促して私達は食べ始めた。

 ―――今度冴木君に、料理教えてもらおう。私は心の中で決意する。

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