第3話 再会と共闘

 冴木が胡桃沢と少女に会う数時間前……。


 新都横浜市・桜ヶ丘高等学校


 「――――、――、葵っ!」

 何度目か、名前を呼ばれて私は「ご、ごめんっ! 何か話してた?」と、私の名前を呼んでいた親友に言う。

 「もしかしてまたあの事考えてたの?」

 親友が口にした言葉は図星で「ば、バレた……?」と口にすれば呆れた目をした親友に「葵が気に病む必要はないんだよ」の言葉は確かにそうかもしれない。

 けれど、私の心の中であの事がずっと渦巻いている。

 「ほら、学食でお昼食べよう?」

 「そうだね」

 親友に私は返すと席から立って一緒に学食へと行く。


 遅くはなったけど私は『木村葵』、新都横浜市にある桜丘高等学校に通う高校二年生。

 私の手を引いて前を歩く子は親友の『柊澪』、小学生の時から一緒だ。

 私のことを見てヒソヒソと話すグループとすれ違ったが「また気にしたらほっぺたつねるからね」と、先に言われてしまう。

 「まだ何も言ってないじゃん……」

 「葵は抱え込み過ぎなんだよ……。三咲のことも葵がどうこうしたって防ぎようがなかったよ」

 澪の言葉は正しい。

 あの時、私にはどうすることが出来なかったし出来たとしてもこうして一人で後悔し続けているだろうから……。

 「(それでも、それでも私は……)」

 あの光景を見て見ぬふりをする程、薄情じゃない。

 だけど、力のない私がした行為は本当に正しかったのか……。

 答えは分からない、ただのお節介で余計なお世話に過ぎなかったのかもしれない。

 出口が見えない思考の迷路を彷徨い続けている。

 「ほら、着いたよ」

 澪の声で我に返った私は券売機で定食を選んでおばちゃんに渡す。

 「葵ちゃんこっちこっち~」

 呼ばれた方を見るとそこには胡桃沢先輩と、兄さんと友達だった橋本先輩と樫村先輩の姿を見つけて澪と一緒に先輩達が座るテーブルに行く。

 「こんにちわ先輩」

 「こんにちわ葵ちゃん、澪ちゃん」

 「こ、こんにちわ」

 周りからの視線を胡桃沢先輩は無視して「此処なら嫌がらせとかされないでしょ?」と私と澪に告げる。

 「ありがとうございます、先輩方」

 「っま、俺達にはこれくらいしか出来ないからな」

 ったく、すこしは気を利かせろよな……と、愚痴る橋本先輩に「先生方も忙しいから仕方ないですよ」と私は返す。

 「それとこれは別問題でしょ? 女子剣道のいじめとかを隠蔽するのは」

 樫村先輩の発言に「凪ちゃん」と小声で先輩が諫める。

 「ごめんごめん、風波立てないようにね?」

 「私も本当は言いたいけど、誰が味方なのか分からない以上は……」

 そう、この学校に私達の味方と呼べる人物はいない……。

 信じて告発の証拠を託したが、それら全てを「紛失した」の一言で済ませられた。

 その結果、あんな結果を生んだんだ。

 「と、話変わるけど葵ちゃん」

 「はい?」と、ちょっと間の抜けた声で返事をした私。

 「あいつから冴木君の行方を知ってそうな人物の居場所を教えてもらったよ」

 「本当ですかっ!?」

 思わず大きな声が出ちゃって視線が私に集まる。

 わざとらしく咳払いをして「一応確認ですが、本当なんですよね?」の、返答は頷き。

 「あいつの情報が正しければ……ね?」

 もうこの時点で私の中では決まっていた。

 「会いに行きましょう、先輩」

 兄さんに会える希望が一縷でもあるのなら……!!

 「ちょっと待った、会いに行くっつっても場所は?」

 「――鶴見区」

 「駄目だ」

 真剣な表情で告げる橋本先輩にどうしてと私が問いかける前に「あそこは今危険地帯なんだぞ? 冴木の居場所を知っている情報屋がいるからってそこに行くのは危険行為だ」と、橋本先輩が告げる。

 その一言に先輩も私も唸る。

 私は抽象的な想像しか、出来ないけど先輩の方は汗を流して「さ、冴木君なら……」と小さい声で呟いていた。

 「それに、コンタクト取るだけなら別の方法だってあるだろ? それこそ、特銃法の資格持った探偵とかに」

 「それは駄目」

 冷静に、真剣な眼差しで告げた。

 先輩が何故そのような表情をするのか、そして駄目な理由を聞きたかったけど。

 「葵、そろそろ昼休み終わるから早く食べな?」

 澪から言われた私は冷めた定食の残りを食べ始めた。

 ◆◇

 放課後、どうしても兄さんに会いたいから胡桃沢先輩の教室に行ってみた。

 「あれ、葵ちゃんどうしたの?」

 カバンを持って私の方に駆け寄る先輩に「先輩、お昼休みで話していた情報屋さんに会いたいです」と、私の気持ちを伝える。

 先輩が何を私に言うのか分からなくて俯く。

 「――分かった」

 えっ? 今、先輩なんて……。

 「じゃあ今から早速行こうか」

 「はいっ!」

 善は急げ、私は先輩と一緒に鶴見区に行くべく駅へと走り出す。


 鶴見区


 先輩が例の情報屋さんに連絡をして今から会えるらしいので鶴見区へと来た。

 「不気味ですね……」

 「震災の復興が手つかずの区だからね」

 先輩にくっついて一緒に歩く。

 橋本先輩が、あそこまで言った訳がよく分かった。

 私達をジッと、喉元に今にも噛み付かんとする人達の視線が痛い。

 「見ちゃ駄目だよ、気を許した瞬間酷い目にあうから」

 先輩の発言は、まるでその先の光景を見たことあるような口振りだ。

 聞きたさはあったけど、聞いてはいけない気がしてその場では質問せず、先輩の言う通りにする。


 例の情報屋さんとの待ち合わせ場所に着いた私達。

 「君が依頼人かな?」

 第一印象は爽やかなで人当たりの良さそうな青年、だったけれど……。

 「(この人、怪しい)」

 表面上はそう思わせるが、中身は薄汚なさを彷彿させる。

 「貴方が情報屋闇鴉さん?」

 「はい、その通りです」

 たった一言、されど一言。

 私の中で目の前の人物は信用に値しない人だと確定する。

 「先輩、帰りましょう」

 声に出ていた。

 先輩も私の様子で察した様子で「ごめんなさい、人違いだったようです」と、言ったけれどもう遅かった。

 「そんなはずはないでしょう? ほら、私の仲間も待ってたんですよ?」

 馬鹿な小娘二人が来るって知った時から。

 ゾロゾロと男達が出てくる。鉄パイプや日本刀、明らかに私達に危害を加えようとする意思が感じられる。

 「それにしては大人数ですね?」

 「逃げられると困りますからね」

 囲まれてしまった状況で「せ、先輩っ」と、情けない声を出す私。

 「大丈夫」

 私に微笑んで「でしたら、こちらも考えがありますよ」と、言ってポケットから取り出したのは……手榴弾だった。

 ピンを抜いて「全員下がりなさいっ! 死にたくなければね?」に、周りの男達は数歩下がる。

 「ちっ、全員下がれ」

 全員が下がった状態で「私達が立ち去るまで動いたらこれを容赦なく投げるから」と、脅す先輩。

 先輩にくっついて歩く私。

 男達から死角になる場所まで歩いて先輩は手榴弾を投げた。

 「走って!」

 先輩に手を引かれて私は走り出した。

 「よ、良かったんですかっ!?」

 「大丈夫、あれ偽物だから」

 あっけらかんと答える先輩に背後から「待てやゴラァァ!」と、怒号が聞こえてきた。

 「このまま逃げるよ!」

 先輩に言われるがまま、私は走った。

 途中、アパートの前を通ったが中々撒くことが出来ない。

 「先輩、このままじゃあ」

 捕まる、そんな考えが頭をよぎった。

 必死に走って曲がり角を曲がった先に一人、誰かが立っていた。

 「さ、先回りされちゃってますよ!」

 「私が、守るから」

 先輩が私の前に出た。元は私のわがままが招いたことなのに……。

 涙目の私だったけど、目の前の人の口元が緩んだ。

 「えっ……?」

 後ろから「いたぞぉ!」と、追いつかれたと思った瞬間、その場に銃声が響いた。

 私か先輩が撃たれたと思ったけど、実際は斜め後ろの荷物を狙ったみたいでバランスを崩して退路が塞がれた。

 でも同時に追手の足止めにもなって荷物の向こう側から声が聞こえる。

 「山程聞きたいことがあるから答えろ、胡桃沢」

 「えっ、その声……冴木君!?」

 先輩が口にした名前にその人の方を見る。

 「何でこんな危険な場所に自衛の武器持たずに来るんだよっ!」

 先輩の元に来てほっぺたを引っ張る兄さん(?)の様子に戸惑う。

 「後でじっくり話を聞かせてもらうからな?」

 「は、はい……」

 二人の会話に口を挟めなかった私は「せ、先輩? この人って……」と、尋ねたかったけど「話は後だ、今は逃げるぞ」で後ろを見る。

 まだ諦めていない様子でどうしようと一人慌てる。

 「手前から三番目の左の路地に入れ、突き当たって右の壁を乗り越えれば大通りに出る。タクシーつかまえて第二人工島倉庫街に行け」

 簡潔に告げられて私が声を出す前に「分かった、冴木君も気をつけてね」と先に先輩が返した。

 「後でな」

 先輩に手を引かれて走り出す。

 指示通りに路地を曲がって走っている時に「先輩、さっきの人」と、尋ねる前に「葵ちゃんが想像している人だよ」で、私は理解した。

 「(じゃあ、あの人が……)」

 私の兄……。

 後ろから聞こえる銃声や何かを殴る音、不安になる私。

 兄さんの言う通り右に曲がると壁があり「葵ちゃん、先に」と、言われて先輩の手を借りて壁を乗り越える。

 「せ、先輩はっ!?」

 「私よりも葵ちゃんが先。後で必ず追いつくから行って」

 先輩の言葉に私は言われた通りに行くしか出来ず、その場を後にした。


 無事に葵ちゃんを逃した私は冴木君が心配で来た道を戻る。

 逃げる途中で落ちていた鉄パイプを拾って戻ると冴木君の方が有利な状況だった。

 でも、冴木君の背後から狙っている男の姿が見えて「冴木君危ないっ!」と叫んで男の右足をめがけて鉄パイプをフルスイングした。

 「ぎゃあああっ!」

 痛みに悶える男の表情を見る前に視界が急に変わる。

 「ったく、何で逃したのに戻ってきているんだよっ!」

 冴木君の横顔が見えて横抱き――――所謂『お姫様抱っこ』状態であるのに気づいた。

 「えっ、ちょっと待って!?」

 「この状況で待てる訳無いだろ」

 待てやゴラァ! と、ドスの効いた声が後ろから聞こえてくるが一切無視して逃げる。

 「あ、後ごめん。折角に冴木君が逃してくれたのに……」

 「それも含めてきっちり説教するからな」

 緊迫した状況なのに、冴木君だけは前と変わらず私と接してくれているのに嬉しくなる。

 「さ、冴木君前っ!」

 目の前にナイフを持った人達が待ち構えていた。

 後ろからも追いかけられている状況、その状況から冴木君は足を止めない。

 「しっかり掴まってろよ」

 そして道端に置かれていたゴミ箱を土台にして壁走りで冴木君は安々と突破した。

 「えっ!? 今どうやって」

 「壁を走っただけだ」

 さも当然の様に話す冴木君に抗議する前に「ちょっと降りるから口閉じてろよ」と、言われる。

 「えっ、降りるってぇぇぇぇ~~~~~」

 マンション三階くらいの高さがある場所から飛び降りた。

 ふわっと浮いて絶叫マシーンさながらの恐怖に襲われて悲鳴をあげる。

 ボフッ、私の耳には不快な音ではなく柔らかいクッションみたいなものに落ちた様だ。

 「此処まで来るのには遠回りするしかないからこの間に逃げるぞ」

 冴木君は静かに私に告げて走り出す。

 私達は闇鴉の名を騙った集団の包囲網から逃れることが出来た。

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