第一章・動き出す運命
第2話 新都横浜へようこそ
―――爽やかな風と雲ひとつない晴天が広がる下で、俺は初恋で将来結婚しようと約束した少女との思い出を夢で見た。
『ずっとずっと、私待ってる』
『絶対に、君を迎えに行く!』
あまりにも幼稚で抽象的な約束、まだ幼き頃の思い出だから笑えるが今の俺が過去の俺に一つだけ伝えることが出来るのならば今すぐ名前を聞けと言いたい。
名前すら聞かずに約束とか……、その子が本当に覚えていて待っているのに俺が別の子と付き合っていたらただの最低最悪な男だ。
だけどそんな考えを持っても今更過ぎるのもある。
そして夢は唐突に終わりを告げ現実へと意識が変わる。
天井から吊るされている照明を見上げている俺は身体を起こしてテーブルの上に置いていた黒縁眼鏡をかける。
「……」
周りに散らばる紙とスリープ状態になっているノートPC、飲みかけの珈琲が入ったマグカップでソファーで寝落ちしたのだと理解した俺はまずは顔を洗おうと決め、書類を踏まないように移動を始めた。
俺は『
歳は十八で世間では高三か大学一年に分類されるであろうが俺は高校には通っておらず横浜市新みなとみらい区近くに建設された『第二人工島』倉庫街二二一B倉庫に探偵事務所を開業している探偵だ。
因みに全く探偵としては無名であるが……。
だが、閑古鳥が鳴いている訳ではない。一応これでも僅かにだが依頼する依頼人はいて毎月の支払いを滞納はしていない。
新しく淹れ直した珈琲を飲みながらタブレットで今日の記事を閲覧する。
政治や芸能、横浜で発生している事件や天気予報、コラムを斜め読みする。
「(まだ解決してねぇのかよ)」
三ヶ月前から発生している失踪事件に関する記事で警察は犯人に繋がる証拠は未だ見つけていないとの事だ。
っま、俺には関係ないと他人事のように思いながらトーストにかぶりつく。
◆◇
先程も言ったが、俺は無名の探偵だ。
TVや新聞、ネットニュースで話題になっている特銃法免許持ちの探偵や何でも屋或いは便利屋といった中立の立場の人らのように持て囃さるのは嫌いだ。
まぁ、だからギリギリの生活を送っている訳だけどな。
愛用の手帳を開いて今日の予定を確認をする。真っさらなのを確認した俺はバイクの整備と洗車するかと決めて早速準備を始める。
道具とバイクを外に出すと潮風とコンテナ船の汽笛、そして少し先にこの日本で第二の首都として今の日本を支えている横浜の風景が見える。
「(あれから十年とは、時が流れるのも早いもんだな……)」
感傷に浸るが、時を巻き戻すことなど出来ないのは誰もが知っている。今更だなと思考を捨ててバイクの整備を始めた。
『首都直下型大震災』、十年前のニ〇一一年の四月十一日に発生した内陸型地震のことを指す。
震源地は天皇が暮らしている皇居でそこを中心に日本の中枢機能が麻痺した。
逃げ惑い避難する人達や助けを求める人の声、そして火事場泥棒を行う者等の阿鼻叫喚地獄を自分はその身を持って体験させられた。
あの大震災の記憶は今なお鮮明に覚えていて一度も忘れたことはない。
東京は地盤沈下が起こった為に立ち入り禁止区域とされ、同時にあの大震災で百万人以上もの人間が被災者となった。
今、俺が住んでいる『第二人工島』は元々東京の被災者が住む場所として東京湾に建設された島だ。
五つ建設されたが、実際に使われているのは『第一人工島』と『第三人工島』だけで残りは犯罪者の巣窟や廃墟となっている。
第二人工島は港の機能として利用されていたが海外の犯罪組織によって利用がされなくなりその犯罪組織も警察に捕まったり等して今は自分以外この島に住んでいる人はいない。
バイクの整備を終えて洗車を始めようとした矢先に「あの」と後ろから声をかけられて振り向く。
俺の後ろに立つのは一人の少女、で制服姿だったので「君、学校は?」と先に尋ねた。
「今日はテストだけなので午前中で終わりです」
律儀に答えた少女は「えっと、冴木探偵事務所を探しているのですが……」と質問する。
俺は「依頼かな?」と尋ねれば頷く少女。その少女に「なら、早速中で話を聞こう」と告げると少女は驚いた様子で「探偵事務所の方だったのですね」と言われる。
「そうだね。所長で探偵の冴木です」
俺の名乗りに目を見開いた少女だが、そこまで驚くか? と思ってしまったのは内緒だ。
◆◇
「さてと、まず名前を教えてくれますか?」
事務所兼自宅へ依頼人を招き入れた俺は紅茶を出して依頼人の反対側のソファーに座り尋ねる。
「『
「うん初めまして。自分が冴木探偵事務所所長の冴木秋です。では、本日のご依頼についてお話をお聞きしても宜しいですか?」
「はい」
依頼人の立花は返事をすると同時に頷き内容を話す。
依頼内容は二週間前から連絡が途絶えて行方不明になった親友『吉川巴』の捜索依頼だ。
体調不良で休んでいたが、あまりにも休んでいるのに不審に思った依頼人が彼女が住んでいるアパートに様子を見に行った時にはもう彼女の姿はなく、大家も彼女の姿を見ていないという。
その説明の流れで「警察や他の探偵事務所には門前払いされてもう此処しか頼れる場所がないんです」と切羽詰まった表情で俺に訴えかける依頼人。
この時点で警察や話すら聞かずに追い返したその探偵事務所に内心憤慨するが、顔には出さずに「分かりました。引き受けましょう」と答えた。
「ほ、本当ですかっ!?」
「えぇ勿論です。では、調査報告する際に貴女の連絡先と吉川巴さんのアパートのご住所をこちらの紙にご記入お願いします」
俺が差し出した紙に必要事項を埋めていく立花を少しの間待ち書き終わった彼女から差し出される紙に漏れや間違いがないか確認する。
「はい、これで依頼は受諾されました。ですが、万が一のことも覚悟しておいて下さい」
俺の言葉に依頼人は「わ、分かりました」と答える。
一縷の望みを抱くのも結構だが、事前に忠告されているのといないでは差は歴然だ。
「では、今日から調査を始めますので」
俺の言葉に依頼人は「宜しくお願いします」と頭を下げて言い事務所から出た。
本当ならもっと詳細な情報を依頼人から聞くのが筋だが……、俺には無用だ。
彼女の後ろ姿を見送った自分は事務所内に戻り鍵付きの引き出しから回転式拳銃と折りたたみ式ナイフを取り出す。
ナイフはポケットに入れて回転式拳銃はショルダーホルスターを身体につけてから仕舞いその上にパーカーを羽織る。
外に出て戸締まりをしてから日陰に出た。
燦々と降り注ぐ太陽を俺は睨みつけてから洗車するはずだったバイクに跨る。
「(洗車はまた今度だな……)」
そう思いながらエンジンをつけてある場所へ向かうため出発する。
行き先は鶴見区だ。
横浜市・鶴見区
準工業地域の鶴見区には昔の知り合いが住んでいるのでそいつから少女連続失踪事件に関する情報を入手しようと考えていた。
そいつは俺と
もしかしたら警察でも掴んでいない情報を持っていると踏んでいたのだが……。
「鍵が開いている……?」
不審に思い鍵穴を見ると、無理やりこじ開けられた痕が残っていた。
嫌な予感がした俺は静かに扉を開けて室内に入る。
異常なくらいに不気味さを出している部屋の奥から腐敗臭が漂っている。
「(となると……)」
ゆっくりと扉を開けた光景は悲惨だった。
辺り一面に散らばる紙と書籍が床を埋め尽くしていた。
その奥のデスク椅子にぐったりとうなだれている男の周りに蝿が集っている。
その様子から死んでいるのは一目瞭然だ。
「だからあれ程危機管理は徹底しろって」
何度も男に忠告した言葉に反論する声はない。
物取りに見せかけた殺人であるのはすぐに分かったが、警察はただの物取りとして早々に捜査を打ち切るだろうなと察する。
部屋を出る前にあいつが使っていたPCのハードディスクが抜き取られているのに気付いた。
「何かあるな」
手袋をつけてからハードディスクの代わりに入っていたメモ用紙を抜き取る。
メモ用紙には『ハート・パーティントン計画』と書かれていた。
「ハート、パーティントン……?」
謎の紙切れを書いた当の本人は既にこの世を去っているので、答えを聞くことは出来ない。
メモ用紙をスマホの写真機能で撮影してから元の位置に戻し、部屋を出た。
外に出てから匿名で警察に通報した俺は思考を巡らせて一旦事務所に戻ることを決める。
「(あまり使いたくないけれどあの手を使うか……)」
その様に考えていた時、路地裏から「追え、追えぇぇ!!」と、男らの声が響く。
喧嘩や万引きなどの行為は日常茶飯事なのでこちらとしては面倒事に巻き込まれたくはない。
早々に立ち去ろうとしたが、俺の目の前を横切った女子二人の姿を見た瞬間、その考えは消えた。
一度見たら絶対に忘れることのない特徴的な髪色と瞳、呆然とする俺の前を男らが走り去る。
「て、早く追いかけねぇと!」
何であいつらがこんな場所にいるのだと問い正したいのは山々だが、まずは助け出すのが先決だ。
路地を駆使して二人が何処を通るのかを推理して通るであろう道へ先回りをした。
着いたと同時に曲がり角から曲がってきた二人は俺の姿を見て最初は「さ、先回りされちゃってますよ!」と、俺と同じ髪色の少女が言う。
「私が、守るから」
相変わらずなその子の様子に口元が緩む。
遅れて来た男らが「いたぞぉ!」と二人に近づく前に回転式拳銃をクイックドロウ、引き金を引き絞る。
発射した弾丸は不安定だった荷物の一部に着弾、破壊されたことで一気に崩壊し男らの進行を妨害した。
土埃が二人の後ろで立つ中で俺は「山程聞きたいことがあるから答えろ、胡桃沢」と、かつての同級生の名前を声に出した。
声を聞いて驚く胡桃沢に近づいて「何でこんな危険な場所に自衛の武器持たずに来るんだよっ!」と、ほっぺたを引っ張って叱る。
いふぁいいふぁい! と、俺の腕を叩く胡桃沢。
ほっぺたを離してジト目で「後でじっくり話を聞かせてもらうからな?」と告げる俺に「は、はい……」としょげる胡桃沢。
「せ、先輩? この人って……」
「話は後だ、今は逃げるぞ」
どかし始めている連中をさっさと撒くためにも逃げるのを優先させる。
「手前から産番目の左の路地に入れ、突き当たって右の壁を乗り越えれば大通りに出る。タクシーつかまえて第二人工島倉庫街に行け」
胡桃沢と少女に俺は伝えると連中の方に銃口を向ける。
「分かった、冴木君も気をつけてね」
「後でな」
胡桃沢と少し俺の方を見て後を追いかけていく少女の後ろ姿を見て「(成長したな……)」と、一人感心していれば男らが俺の姿を見て「女を何処やったぁぁ!」と言われる。
「それを教えるとでも? 教えてほしければ俺を倒してからにしろよ」
多勢に無勢な状況であるが、そんな場面は手慣れたものだ。
「ほら、掛かってこいよ?」
行くぞぉぉぉっ!!! なんて、陳腐な台詞と共に俺の方に駆け出す男らへ攻撃を仕掛ける。
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