情報屋探偵の事件録 ハート・パーティントン計画

榊原 秋人

第1話 序・少年の回想

 ――――八歳の頃に俺、『冴木秋さえきあき』は人を殺した。

 勿論それは人としてしてはいけない行為であること、その罪を償うことも知っている。

 だから俺は警察署に自分の足で行き、自首をした。

 でも、俺にその償いの機会は永遠に訪れなかった。

 『君が犯した罪は、特殊な状況下であるのと罪を証明する方法はない。それは悪魔の証明に等しい行為なんだよ』

 幼き頃の俺を諭すように、償う機会を奪って済まないとも聞き取れるように告げた警官の顔を今でも鮮明に思い出せる。

 そう、俺はその時から両の手は血塗れで決して拭い去ることも善良な人間になる機会は永遠に訪れない。

 あの消滅とした都市と共に……。

◆◇

 ――――偽りでも、それが傲慢だと言われようが俺は誰かを救える存在になりたかった。

 首都が震災によって沈没崩壊、日本の新しい首都の地で警察官や自衛官以外にも銃刀の類を持てる法律が国会で可決されたと新聞記事で見た。

 二人の師匠の元で血反吐が出るくらいまでに修行と勉強の日々を過ごし、第一期生となる『特別銃刀法』、通称『特銃法とくじゅうほう』の免許を最年少十三歳で取得した。

 本当は年齢を詐称して取得しようとしたが、当たり前のようにバレた。

 俺自身欺ける訳もないかと納得して諦めようとしたが、実力も知識もある俺を落とすのは惜しいとのことで超特例で第一期生になれた。

 そんな話は置いといて(閑話休題)、素顔と名前を偽り一人でも多くの人を助けた。この手で届く範囲の人を救った。

 俺は別に神でも英雄でもない、全ての人を救うなど出来ない。

 多忙な日々だったが、やり甲斐も充実した日々でその合間に俺が求める『真実』を探った。

 大部分が失われたので、一歩進んだかと思えば三歩下がったりと進捗は悪かった。

 その生活が三年の月日が流れ、あの事件が起こった。

 バスジャック事件で人質が亡くなった。煙幕を使われ視界不良の中で犯人と勘違いした奴が人質を射殺してしまった。

 世間はその責任を責任者である俺に非難したが、真相は違う。

 だから俺は――――。

 「今、何と仰っしゃりました?」

 「辞めると、そう言ったんだよ」

 目の前にいるハゲは特銃法所持する者達が必ず入会する協会の会長、その部屋には警視庁長官も同席している。

 「ま、待ち給え! そんなことをすれば」

 「そんなことをすれば何だ? 事実が露見するとでも言いたいのか?」

 俺の言葉に警視庁長官は苦虫を噛み潰した顔で俺を見る。

 そう、本当は気が動転した警官が人質を射殺してしまったのだ。

 だがその警官は自ら命を絶ち遺書によってその事実が発覚したのだが、時既に遅く俺がそう指示を出したと世間では報道された後だったのだ。

 それに加えて俺は特銃法所持する関係者でトップの検挙率と人気者だったので非難の声が大きくなった要因の一つである。

 「はっきり言わせてもらう、こんなんで以前のような平和を取り戻せると思ってるのか?」

 イタチごっこの繰り返しで根本的な解決には程遠い。

 「だからこそ、特銃法でその点を補おうと……」

 「特銃法を所持した奴らに対する罰則が甘いのにか? 審査したお前らはただ上辺っ面の謝罪をして遺族がそれで納得すると思ってんのか?」

 涙を流し悲しみに暮れる遺族の姿を何度も俺は見てきた。

 八つ当たりだと、そんなことをしても愛する人達が戻らないと分かっていてもその悲しみをぶつけずにはいられず俺の胸ぐらを掴んで怒鳴る人の表情を、その目に宿る感情を目の当たりにしている。

 「俺はもうお前らの広告塔にされるのも指図されるのも沢山だ」

 後ろから呼び止められるが、もう俺には関係のない話だ。

誰にも素顔を見せていなかったので物陰でいつも顔につけていた宮廷道化師ジェスターの仮面を外して協会から発行された免許も一緒に捨てた。

「さよならだ、『紫晶英亜しあきえあ』」

 庶民の英雄、日本のシャーロック・ホームズとも呼ばれた偶像俺自身は今死んだのだ。

 協会のメインホールから建物に出る時に紫晶の名前が呼ばれていたが、何も聞かずにそのまま外に出た。

 外は雨が降り傘を差さずに歩く。

 雨で服が身体に張り付き気持ち悪さを覚える。

 その日に、俺は通っていた高校に退学届を出し周りからは逃げるように辞めると新たな目標のための下準備を始めた。

◆◇

 高校一年の春、中学生から少し大人に近づき出会いと別れの季節になった。

 俺は特銃法取得者として日本の平和を守るために、比較的自由の効く高校に進学した。

 味気ない三年間になるだろうと思っていた。

 「よっ! またお前と同じクラスになるなんて偶然だな?」

 「……何で居るんだ、橋本」

 俺に話しかけてきた奴は『橋本直樹はしもとなおき』、中学校から同じクラスで親友にして悪友だ。

 「何、冴木が一人で可哀相だから一緒の学校を選んでやった訳よ」

 上から目線でそんなことを言っているが「本当は剛毅さんへの反抗期だろ?」とジト目で言い返した。

 橋本の父親は橋本重工業のトップ、現在の特銃法の銃器類を協会や警察、自衛隊へと卸している。

 んで、こいつはそんな父親である剛毅さんのあとを継ぎたくないから進学校ではなく俺と同じ学校を選んだんだろう。

 「お前なぁ~、可愛げなさ過ぎるだろ……」

 「勝手に言ってろ」

 橋本相手に下らない会話をしている時に、俺の視界に見覚えのある色が映る。

 銀髪碧眼の西洋人を彷彿させる姿、一つ一つの仕草がクラスの目を引く。

 花のように綻ぶその笑みに幾人の同級生が話しかけようとするが、彼女と一緒に話しいる女子生徒が睨みを効かせて誰一人として近づけさせない。

 「どうした冴木?」

 橋本の声で我に返った俺は「な、何でもない」と誤魔化す。


 その娘と話す機会を伺っていたが、中々話しかけるタイミングがなく時間だけが過ぎる。

 俺は俺で呼び出しがあったりするので尚の事話しかけられなかった。

 その日は呼び出しもなく久しぶりに放課後まで学校で過ごして帰ろうとしていた時だ、他クラスの連中があの娘に話している姿を見たが、様子を見る限りでは困っているように見えた。

 「あっ、こんなところにいたのか」

 俺はズカズカと連中とその娘間に割り込み「さっき東先生が探してたよ」と嘘を言ってその娘の手を引く。

 後ろから連中の声が聞こえるが無視して職員室の方へ行く。

 ついて来ていないのを確認してから「いきなり手を引いて悪かった」と謝る。

 「う、ううん。助けてくれてありがとう」

 感謝の言葉と一緒に微笑む彼女から視線をそらして「き、気にしなくていい」と返した。

「あぁ~! 水紋みなもこんなところにいた~~!」

 彼女の名前を口にして駆け寄るのはいつも彼女と一緒にいる女の子だ。

 「水紋遅くなってごめん! それで、水紋に何か?」

 猫が威嚇する姿を連想させるその娘に「ち、違うよ凪ちゃん! 私を助けてくれたの」と必死に止めながら説明する。

 「本当に?」

 「本当だよ」

 怪しむように俺を見るが「水紋がそういうなら信じるよ。えっと……」と俺の名前が分からないのだと察して「冴木秋」と自己紹介する。

 「私は『樫村凪かしむらなぎ』、彼女は『胡桃沢水紋くるみざわみなも』」

 「胡桃沢水紋です」

 宜しくと、互いに自己紹介を済ませる。

 「えっと、疑ってごめんなさい。水紋とは小学校から一緒でこの容姿で変な奴らに絡まれることが多くて」

 そう説明する樫村に「俺は気にしてないからいいさ」と伝える。

 「おい冴木~、お前入口で待ってろって言ってただろ」

 すると、待ち合わせをしていた橋本がこっちに駆け寄り「あれ、樫村と胡桃沢だろ? 何で冴木と一緒に居るんだ?」

 橋本の疑問に「橋本には関係ないけど?」と樫村が素っ気無い感じに返す。

 「だったらもう冴木連れて行くぜ」

 行くぞと、橋本に声をかけられて後を追うとしたが「待って」と呼び止められる。

 「れ、連絡先交換しないっ!?」

 頬を染めて俺に告げてきた彼女に「えっ、ああ、俺は構わないけど……」

 戸惑いながらも俺は彼女と『RAIN』の連絡先を交換した。

 「それと、さ、冴木君って呼んでもいい……かな?」

 「なら俺も胡桃沢って呼ばせてもらうよ」

 俺からの提案に胡桃沢はいいよと頷いてくれた。

 「なら私も樫村って呼んでいいからね~」

 「それなら俺も橋本って呼んでくれてもいいぜ」

 お前だけは絶対に呼ばないからと、何故か橋本にだけ冷たい対応をする樫村と突っ込む橋本、その二人の会話に俺と胡桃沢はなんだか面白く感じて二人で笑っていた。


 辺り一面が鮮血に塗れている。

 俺の周りを囲むように糸が切れた操り人形、或いは壊れたマネキンとでも表現した方が良いだろうか、ピクリとも動かない元人間現死体が散乱している。

 「……」

 死体になった人間達に俺は何の感情も抱かない。

 悲しみも慈しみも、何一つとして抱くことはない。

 ビチャ……ビチャ……と、靴についた鉄臭い血が重力によってたれる。

 死体を避けて進んだ先、真っ暗な部屋で唯一光を放つ照明の元で椅子に縛られて気を失っている一人の少女の姿がある。

 彼女の元に駆け寄り首に手を当てる。死んでいないのを確認してホッと一安心する。

 だが、この場所もすぐに追ってが来るのは分かっている。急いで彼女を縛る縄を外して横抱きで部屋を後にする。

 人の気配がなくなったその場所は静寂になり椅子以外照明は何も照らさないのだった。

 建物の外に出ると、パトカーのサイレンがこちらに近づいている。

 壁際に少女を座らせて数秒間見つめる。

 それから少女の元を離れて行く。

 その直後に数台のパトカーが停まるのを見下ろす。

 「おい、救急車を!」

 「君、大丈夫かいっ!」

 少女が警察に無事に保護されたのを確認してからポケットからスマホを取り出し画面を見つめる。

 「――――行こうか」

 たった一言を口に出し闇夜へと姿を消す。

 触れてはならないものを触れた連中を消しために……。

◆◇

 『一夜で犯罪組織が七つ壊滅!』

 そんな見出しの記事がとある週刊誌に載り、瞬く間にその話題で世間は持ち切りになる。

 警察も週刊誌の記事内容を全面的に認め、一週間前に発生した一連の事件のことであると会見を通して発表された。

 が、警察でも把握しきれていない情報が週刊誌には記載されていた。

 記事にはある情報屋と書かれていたが、その情報屋が事件の黒幕であり同時に最近噂になっている黒衣の人物であると……。

 警察はその情報屋に事情聴取すると発表してからの進展はなかった。

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