第6話 捜査と再会

 大霧と会う数時間前、冴木は手始めに吉川巴が住んでいるアパートから情報収集を行っていた。

 が、二週間という残酷な時間の流れによって情報は乏しくこれといった収穫はない。

 「(当然と言えば当然だよな……)」

 だが、気になった点もある。

 「俺以外にも調査している奴がいる……?」

 警視庁や特銃の資格保持者でもない。

 完全な第三者の可能性もあるが、冴木は別の可能性も考える。

 「(まだ姿見えない犯人側……)」

 今はまだ情報が少なすぎる。

 「あまり頼りたくないんだよなぁ」

 おっさんに頼ればある程度の情報は手に入るが、使えるかは不明。

 あるだけマシと考えて連絡してみるかと、思っていた矢先に冴木のスマホから着信音が鳴る。

 画面にはおっさんと表示されておりちょうど良かったと思い通話開始する。


◆◇


 おっさんには情報提供の代価を支払った以上、後はあっちでも否応でも進展があるだろう。

 「後は……」

 最近横浜に出入りした海外の犯罪組織等を調べるのに情報が集まる場所へ行こうとしたが。

 「冴木秋だな?」

 名前を呼ばれ振り返れば黒服の屈強な男が数人立っていた。

 威圧感を出して俺と黒服の周りを遠ざけるように歩く人達を横目に「名乗りもしないなんて失礼な連中だな」と、返す。

 「一緒に来てもらう、拒否権はない」

 「へえ、拒否権がないんだ?」

 じゃあ案内してよと言い、黒服と一緒について行くことにした。


 案内された先にはリムジンが駐車していた。もうこの時点で俺は誰が呼び出したのかは分かりきっていたが、口には出さずに車内へ乗り込む。

 「やあ、久しぶりだね? 冴木」

 「俺は微塵もお前らと会う気なんて更々無かったけどな」

 車内には男女四人がおり、冴木に話しかけた少年は友好的な笑みを浮かべて入るものの、腹の中では何を考えているのやら……。

 「それで、こうして呼び出した訳を聞かせろよ……『四ヵ月家』」

 俺が口にした呼び名で四人は静かに俺の方を見る。


 『四ヵ月家』、現在の日本の中枢を担う四つの家系を示す。

 今の日本が此処まで復興出来たのも彼らの活躍あってこそで世間では英雄的存在、そして守護者として知られている。

 「まあまあ、固い話する前に久しぶり冴木君! 元気だった?」

 そう言って微笑む少女は『十六夜紫雨いざよいしぐれ』、宮内庁の全てを取り仕切る一族のご令嬢にして唯一の生き残りである『裕子』様の良き友人。

 「ぼちぼちとでも言っておくよ」

 俺としては当たり障りのない返しをするが、紫雨はお気に召さない様子で「もう、昔みたいに仲良くしてよっ!」と言われてしまう。

 「それは無理な相談だな」

 「ふっ、そうだな? 四ヵ月家としての自覚がないようじゃあ我々と同じ視点に立つのは土台無理な話だ」

 腕組をしたまま厭味ったらしい発言するのは『小望月蓮耶こもちづきれんや』、数回会ったことあるが小望月家が最近、防衛省関連の仕事をしているのを耳にしていたが……。

「前は弓張月ゆみはりづき家が担当だったはずだが……」

「弓張月から暫くの間責務を全うできないと連絡があって彼がその代理に」

 気怠そうに口を開いたのは『十五夜美紗登みさと』、日本の観光業関連を一手に引き受けている一族で新みなとみらい区の赤レンガ倉庫の修復を手掛けたのは世間では記憶に新しいだろう。

 そして、この場に俺を呼び出した目の前にいる奴は『十七夜月月人かのうつきひと』、四ヵ月家のまとめ役であり表の世界で敵に回してはいけない一族の次期当主だ。

 「まあ、まずは座ってよ」

 さぁと、促されて近くの座席に座る。

 ゆっくりと動き出したリムジンの車内で「冴木はこれに見覚えがあるよね?」と、切り出されタブレット端末を月人から手渡される。

 画面には赤と白を基調としたある組織のエンブレムが表示されていた。

 「――――知らないな」

 「知らぬだと? 貴様ならばこの組織に関して知っていることを今ここで吐け」

 上から目線で物言う小望月、十六夜はそんな彼を諫めるが耳に入らないみたいだ。

 「……なら、『紫晶英亜』としてなら答えてくれるかな?」

 「俺は紫晶英亜じゃない」

 月人を睨みつけるが、澄ました顔をしてやがるのでこっちが折れることにした。

 「――――この組織は海外の犯罪組織で通り名は『始皇帝』、主な活動拠点は香港や上海、後は欧州の一部の地域で活動の確認がされている」

 これで良いだろ? と、顔に出せば「流石だね、冴木」と言われるが全くもって嬉しくない。

 「んで、それが俺となんの関係があるんだ?」

 「君に依頼をしたい、この組織に関して調査をして欲しい」

 本題を切り出した月人に俺は「断る」と、即答した。

 「理由を尋ねても?」

 「別件の調査中でそっちに割く時間がない」

 俺の回答に不満がある様子の小望月が「はっ、お前のような男の事務所に依頼があることに驚きだが、今の日本を支えている四ヵ月家からの依頼を断るとはとんだ馬鹿な男だ」と、言われるが無視する。

 「勝手に言ってろ。それにだ、俺じゃなくて横浜警視庁とかそちらお抱えの組織にでも頼めばいいだろ?」

 何故それをしない? と、質問する俺に十五夜が答えた。

 「内部犯がいる」

 その発言で俺は「つまり、お前ら自身も誰が裏切り者なのか把握しきれていない。だけど、この依頼も早急に対処したい。んで、俺に依頼をしたと?」と、言ってみれば月人がパチパチと拍手をする。

 「流石だ冴木、君なら分かってくれると思ってたよ」

 「誰だって分かるだろこんなの」

 呆れる俺だが、月人は表情を変えることなく「君だから僕は頼みたいんだ。他の人だと失敗する可能性だってあるけど、君ならつつがなく僕達を満足させる結果を出してくれるでしょ?」と、口にする。

 「……さっきも言ったが、断ると言ったんだ。他をあたってくれ」

 「もし、君の依頼と関係があると言ったら……どうする?」

 澄まし顔で言ってくるこいつが本当に嫌いだ。

 「――――知ってて何もしないとは相も変わらず己の保身以外興味がない連中だな」

 その直後に俺の頬をかすめて左側に小望月の腕が伸びていた。

 「我々を愚弄するかこの人殺しがっ!」

 「お前らに言われたくないなぁ? あの事件を引き起こすきっかけを作り出したお前達に」

 俺が口にした単語であからさまに動揺を見せる小望月に対して、先程から一切変わらない表情の十七夜月は「冴木、そこまでだ」と、口にした。

 「小望月、君の態度は少々僕の目に余る。口を閉じててもらえるかな?」

 十七夜月から発せられる剣呑な圧に小望月は黙り込む。

 「気分を害したなら謝罪する。けれど、僕達としても君にこうして頼まなければならない程切羽詰まっている状況だということも理解してほしい」

 滅多にそのような言葉を口にしない奴が言うなんてな……と、俺は思い「片手間で構わなければいいだろう」と、渋々ながら承諾することにした。

 「! ありがとう、冴木」

 それから、十七夜月は俺に依頼と関係のある情報とやらを伝えた。


 通り去るリムジンを横目に俺は駐車しているバイクの元に歩き出した。

 「(偉人の才能……)」

 都市伝説的物語として人々に知られているそれは各国でも人材の奪い合いが行われている程だ。

 ただ、事情も知らずに巻き込まれる子孫達からすればはた迷惑な話だが……。

 「なんでこうも問題に問題が積み重なるんだ」

 思わず愚痴る冴木、その原因は十七夜月からの情報提供だ。


 「始皇帝と手を組んでいる人物がいる。そしてその人物が狙っているのは聖処女ジャンヌ・ダルクの子孫だ」

 十七夜月の発言で冴木は表情を歪ませる。

 「ジャンヌ・ダルクの子孫はフランスにいるだろ?」

 「だけどその人物は彼女の能力を一番濃く引き継ぐであろう子を探している」

 無言になる冴木の様子に「もしかして、知ってるの?」と、尋ねる十五夜。

 「知らない」

 食い気味に返した冴木の様子で「そんな食い気味に言ったら知っているのと同義だよ」と、十七夜月に言われてしまう。

 「――――まあ、詳しくは言わないけれど気をつけなよ? 相手は人を殺すことに躊躇がない危険人物だから」


 「言われなくたって分かってるさ」

 だが、用心するのに越したことはない。

 スマホをポッケから取り出して義母さんに電話をかける。

 数コール鳴ってから『お前も一緒に来たら良かったんじゃないか?』に、「仕事で行けそうになかった」で返す。

 『なら仕事を優先しなさい。葵は私の家で預かる』

 「話が早くて助かるよ義母さん」

 『その代わり、折角再会した妹を悲しませないのと……。無理をするんじゃないよ』

 義母さんの言葉を聞いて「分かった……、葵によろしく伝えといて」とだけ、伝言を託して通話終了する。

 「後は……」

 おっさんの連絡待ちと相手の出方次第だな。


 横浜市内・『横浜市大学病院』


 「こ、ここで合ってるよね……?」

 兄さんに言われて義母さんなる人に会いに来たけれど……。

 「ほ、本当にいるのかなぁ~」

 疑っている訳ではないけど、顔も知らない人に会いに行くのには勇気が必要。

 ウジウジしていても何も始まらない。私は意を決して病院の方へ向かう。


 エントランスホールを真っ直ぐ歩いて受付の人に声をかける。

 「はい、本日はどのようなご要件でしょうか?」

 「『鷹月朱里』さん、会いに来たんですが……」

 兄さんのメモに書かれている人の名前を見ながら伝えると何故か迷惑そうな顔で「鷹月医師はお忙しい身の方です。お引取りを」と、言われた。

 「えっ!? えっと、これを見せれば分かると兄から言われたのですが」

 兄さんから手渡された万年筆を見せたけど「見せられても分かるはずないじゃないですか?」と、馬鹿じゃないのこいつと表情に出して言われて流石の私も「そうですか、大変失礼いたしました」と、若干苛ついた声で返して受付を後にする。

 受付をする人があんな態度で接している事実に驚きと苛立ちを覚えながらヨレヨレの白衣を羽織る女医さんとすれ違った。

 「君」

 腕を掴まれて呼び止められた私は「うぇ!?」と、変な声を出して驚いた。

 「そんなに驚く必要はないが……、それをどこで?」

 その人が指差すのは万年筆、私は「兄さんから手渡されて受付の人に見せれば分かると、言われたのですが門前払いされて」と、話す。

 女医さんは「そうかそうか」と、言って私の腕を掴んだまま受付の方へ歩き出す。

 「君、今この子が持つ万年筆を見て分からないのかい?」

 女医さんは対応中のさっきの人に割り込んで話しかけた。

 「あのっ、今私対応中でして」

 「そうかい、そこの君。この方の対応をお願いしてもいいかな?」

 女医さんは受付奥で作業している別の人を指さしてお願いして任せる。

 「さてと、私の質問に答えてくれ。この万年筆を見ても分からないのかい?」

 「ですから、万年筆を見せられても分かりませんよ」

 受付の人の返答に「本当に?」と、再度尋ねる女医さんに「しつこいですよ! 大体失礼じゃないですかさっきから!」の発言で女医さんの表情が変わった。

 「失礼? 確かに私は失礼な行為をしたかもしれないが、全ての原因は君だ」

 そして「婦長、少し良いかな?」と、呼んだ。

 駆け寄ってきた人は「どうされましたか、鷹月医師」と、名字を口にして私は女医さんを驚愕の表情で見た。

 「君の部下、ちゃんんと教育しているのか? 私の万年筆を持ってきた人は無条件で通すようにと伝えていたのにも関わらず事もあろうか私の義理の息子の生き別れの妹さんがわざわざ、私に会いに来たというのに門前払いにしたそうだ?」

 随分と失礼な輩がいたものだと、狼を連想させる鋭い眼光で受付の人を睨んでいる。

 ひっ、と短い悲鳴をあげて怯える姿に「後は君の仕事だ」と、婦長さんに告げた義母さん。

 「さぁ、場所を変えて話を聞こう」

 よく分からないまま私は義母さんの手を引かれてその場を後にした。

◆◇

 「そこに座って待ってて」

 連れてこられた場所は義母さん専用の部屋、室内は物で散乱していて比較的綺麗なソファーを指差されたけど……。

 「あのっ、掃除してもいいですか? 気になっちゃって」

 そしたらグルンと振り向いて「お願いしてもいいかい?」と、お願いされる。

 「分かりました」

 そうして、掃除を始めたけど……後から言わなければよかったと後悔した。


 「お、終わった……」

 一時間くらいかかってある程度片付いた。散乱していた書籍を本棚に戻して不要な書類は義母さんに確認してもらった上でシュレッダーにかけた。

 「折角会いに来てくれたのに掃除させちゃってごめんね」

 ソファーで休む私の前にお茶が置かれる。ありがとうございますと、伝えてからお茶を一口。

 「さてと、秋から言われて来た葵ちゃんに自己紹介するとしようか。私は『鷹月朱里』、この大学病院に勤務している医師であの子の義理の母親をしている者さ」

 あまり母親らしいことは出来ていないけどねと、悲しげな目で呟いた義母さんになんてこえをかければよかったのかは分からない。

 「っと、葵ちゃんにいらぬ心配をさせてしまったかな?」

 ごめんごめんと謝ると「今日は顔合わせに来ただけかな?」と、尋ねられる。

 「それもあるんですが、これを渡すようにって兄さんに言われて来ました」

 兄さんから渡されたものを義母さんに渡す。

 渡されたのは一通の手紙、内容は私自身も知らない。

 ただ、兄さんからは重要なことが書かれているから無くすなと……。

 義母さんは私から手紙を受け取って封を開ける。

 「ふむ……」

 義母さんは二分くらい黙って内容を読むと「――――うん、葵ちゃん今晩家に来なさい」と、告げられる。

 「えっ!?」

 「秋から頼まれた内容の品は私の家にあるからね。後で秋には伝えておくから」

 構わないかな? の言葉に私は一にも二にもなく頷いた。

 「そんなに頷かなくても大丈夫、君の気持ちはよく分かったから」

 微笑を浮かべて義母さんは私に言ってくれた。

 今の場所ではそんなこと言われもしないからウルッと来た。

 「あ……、ありがとうございまずぅ~」

 当然泣き出してしまった私に義母さんは慌てて私の側に駆け寄り「な、泣かないでくれ? なっ!?」と、クールな人かと思ったけどこういうのには弱いんだと泣きながらそんなことを考えていた。

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