第12話 生存と隠し事

 横浜市・某所 


 一定のリズムを空間に刻ませ、音を響かせる。

 床には排出された空薬莢が一つ、また一つと増えていく。

 射撃手は気にする素振りすら見せずただ一点、目の前の的に引き金を絞り弾丸を放つ。

 コツン、コツンと靴音を鳴らして射撃手に近付くは一人の男性。

 弾倉マガジンを取り替えるタイミングで射撃手の肩をトントンッと、軽く叩いて振り返った。

 「剛毅ごうきさんっ!」

 耳に装着していた防音イヤーマフを外して男性の名前を口にする射撃手。

 「これまた随分と撃ったねぇ~」

 転がっている空薬莢に穴だらけの的、射撃手がずっと集中していたのが一目瞭然な光景を見る剛毅と呼ばれた男性。

 「す、すいません……」

 「いやいや、気にしなくていいよ。これくらいお安い御用さ」

 彼からの言葉を聞いて安堵する射撃手は「でも、本当に良かったのですか?」と尋ねる。

 「何がだい?」

 「いくら橋本君の友人だけの理由でここまでよくしてもらって……」

 「ああ! 勿論それだけが理由だけじゃないさ」

 剛毅が続きを話そうとする前に「あっ、胡桃沢ここに居たのか!」と、言って二人の元へ駆け寄るのは冴木と胡桃沢の共通の友人である『橋本直樹』だ。

 「おっ、どうした直樹?」

 「部屋に居なかったから探してたんだけど……、撃ちすぎじゃね?」

 床に転がる空薬莢の多さに若干引いている橋本。

 「少しでも勘を取り戻しておきたくて……」

 「その気持ちは尊重したいけど、あまり詰め過ぎると彼が心配するよ」

 確かに集中していたから胡桃沢自身気付かなかったが、遅れて疲れが襲いかかってくる。

 「じゃあ、一旦休憩しますね」

 「じゃ、私はこれを仕事に戻るから直樹頼んだよ」

 フラッとその場を後にした剛毅の後ろ姿を見ながら「ったく、親父は一体何したいんだよ」と呟く。

 「でも橋本君、本当にありがとう」

 「気にすんなよ? 俺だって最初は冴木からの頼みに驚いたけど……親友と友達失わずに済んだから」

 そう言ってニカっと笑う橋本、そんな彼に「うん、そうだね」と返す胡桃沢。

 「じゃあ私シャワー浴びてから部屋に戻るね」

 「オッケー、先に行ってキチンと二人から話聞かせてもらうからな?」

 そう言って先に射撃場を後にした橋本。胡桃沢は自身の射撃練習の後片付けを始めるのだった。

 後片付けを終えてシャワーを浴びていた胡桃沢。

 髪からこぼれ落ちる水滴を見て胡桃沢はあの日のことを思い出していた……。


 「えっ……?」

 冴木に心臓付近を撃ち抜かれた胡桃沢はゆっくりと後方の海へと落下した。

 暗い海へと沈みゆくが、少し遅れて大量の血痕を流しながら海へと落ちた冴木の元へ急ぐ。

 冴木を抱えて護岸付近で停止した船へ近づき海面に顔を出す。

 「おいマジかよ……」

 ライトに照らされて重傷を負っている冴木と、彼を抱えている胡桃沢の姿に言葉を失う橋本。

 「い、今引っ張り上げるっ!」

 一緒に乗船していた剛毅の社員数名で胡桃沢と冴木を海面から引っ張り上げ、すぐさま毛布と応急処置が始められる。

 「冴木君っ!」

 冴木へ駆け寄る胡桃沢だが、橋本は「胡桃沢も怪我してんだろっ!?」と、心配する。

 「私は怪我してないから大丈夫」

 「大丈夫って……、血が流れてるだろ!?」

 心配する橋本だが「ダミースーツ……」と弱い声で返すのは冴木だ。

 「喋らないで!」

 応急処置する医者に言われ口を閉じる冴木。

 「まずは場所を変えてそこで!」

 橋本の指示でエンジンを唸らせて船は動き出した。


 橋本重工業が所有する建物に避難した胡桃沢と冴木。

 冴木は別室で手術中、胡桃沢は橋本と一緒に冴木の手術が終わるのを待っていた。

 「まだ手術は終わっていないんだね」

 声が聞こえた方を見るとスーツ姿の男性二人が歩いて近づく。

 「ちゃんと俺にも説明しろよ、親父」

 親父、その言葉を聞いた胡桃沢は「えっ、橋本君のお父さん?」と、驚いていると「初めまして、胡桃沢ちゃん。私が直樹の父親『橋本剛毅』です」と名乗る。

 「私は秘書の樋口です」

 どうぞお見知りおきをと深々とお辞儀する樋口につられて胡桃沢も立ち上がってお辞儀する。

 「さて、私から説明と言っても冴木君から頼まれただけでね? 詳細は聞いていないんだ」

 「聞いてないのに承諾したのかよ……」

 呆れる橋本に「彼からの頼みだったからね? 無論、他の人から頼まれても断るさ」と答えた剛毅の発言に胡桃沢は彼にあることを質問しようとしたが、扉が開かれた。

 「先生」

 先生と呼ばれた男性は「手術は無事終わりました。時期に目覚めるでしょうが最低でも半日は絶対安静です」と剛毅に説明した。

 「突然このようなことを頼んだのにも関わらずお引き受けいただき感謝します」

 「いえいえ、橋本さんにはお世話になっていますので」

 では、と言い残して立ち去る男性の後にベッドに寝かされている冴木と看護師達が出てきた。

 運ばれていく冴木を見送る胡桃沢は、その光景を複雑な心情で後を追いかけていく。

◆◇

 長い間浴びていたことに気づいた胡桃沢はシャワーの栓を締めてから脱衣所に出る。

 バスタオルで身体を隠し、ペットボトルを手に取り口にする。

 早く着替えて橋本が待っている部屋に戻るためにバスタオルを外した瞬間、脱衣所の扉が開かれた。

 「えっ?」

 「あっ」

 扉を開けたのは冴木だ。

 最初はその光景に固まっていた冴木だったが、段々と顔を赤らめ目をそらしてから「す、すまんっ!」と、大きな声で謝罪して扉を閉めた。

 冴木が開けてから謝罪して閉めるまで三分もかかっていなかったが、電光石火の動きに胡桃沢も呆然としていた。

 そして自分が今、どんな姿をしているかを思い出して冴木と同じかそれ以上に顔を赤くする。

 「(い、今冴木君にみ、見られたの……?)」

 混乱する頭で唯一それだけは理解できた。

 だかそこに異性に見られたことに対する羞恥心や嫌悪感はなかった。

 むしろ。

 「冴木君で良かった……」

 安堵、その一言に尽きる。

 当の本人は何でこのような感情になったのと、一友達である冴木に友達以上の感情を抱いていることにまだ、気づいていない。


 「や、やっちまった~~」

 廊下に座り込んで自己嫌悪する冴木。

 脱衣所の扉に『使用中』になっていなかったので油断していた。

 否、それを理由に友達兼相棒の裸体を見ていい理由にはならない。

 頭を抱えて彼女にどう詫びればよいのか困り果てている冴木だったが、横の扉が開かれ言いたげな顔をしている胡桃沢と目が合う。

 「胡桃沢……」

 ごめんと、謝ればいいのだが言葉が出てこない。

 一人で困り果てている冴木の様子に胡桃沢が助け舟を出す。

 「わ、私の方こそごめんね」

 「い、いやいやっ!! 俺が悪いのに胡桃沢が謝るなよっ!?」

 ごめん! と、謝る冴木。

 許さないと言って冴木を困らせて普段なら見られない彼の顔を見てみたいと思うが、それは可哀想で次の機会に取っておこうと考えた。

 「じゃあ、これでこの話は終わりっ!」

 ねっ?

 その時の胡桃沢の表情に冴木は再会した日の時に抱いた感情に襲われる。

 「(抑えろ、抑えろ俺……!!)」

 自分の中で疼き、抑えが効かなくなる前に……。

 「そこで何してるんだ?」

 後ろからの声で我に返り、同時に疼きは消え失せていく。

 「ああいや、なんでもない」

 「じゃあ、私は橋本君と一緒に部屋で待って」

 橋本と一緒に歩き出した胡桃沢の腕を掴んだ冴木。

「さ、冴木君?」

 突然腕を掴まれて驚く胡桃沢。

 ワンテンポ遅れて「わ、悪い……」と、謝る冴木。

 「突然掴んで、痛くなかったか?」

 「痛くなかったよ」

 そ、そうかと会話する二人。

 そんな二人の光景に橋本は心底驚いていた。

 冴木とは中学、胡桃沢とは高校からの付き合いの橋本だが気の許せる友人程度の関係だった二人が知らぬ間に両片思い(?)な関係になっていたが一つ。

 そしてもう一つが……。

 「(さ、冴木が嫉妬しただと……!!)」

 先程の冴木の行動は明らかに俺と胡桃沢が一緒に歩くことに対する嫉妬からの行動に橋本はようやく二人の仲に進展があるのかと、一人歓喜していた。

 それぞれが盛大にすれ違っていることは当人達はつゆ知らず、知っているのはこちら視点の我々だけだろう。


 「じゃあ、冴木も来たことだしそろそろ説明してくれるよな?」

 少し時間は流れ、室内に橋本父子と胡桃沢そして冴木の計四人いる。

 橋本からの視線に普段通りの様子で「説明してもいいが、聞く覚悟はあるのか?」と、最終確認する冴木。

 静かに頷く胡桃沢に「私は既に聞いているからね」と、軽い感じで返す剛毅氏。

 「お、俺も覚悟できてるぞ!」

 若干声が震えている橋本の様子に「後から苦情は受け付けないからな?」と、言ってから静かに冴木は告げた。

 「この件は一部の人間以外には話すつもりはなかったが……。情報屋闇鴉、その正体はこの俺だ」

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