第13話 贖罪

 情報屋闇鴉の正体がこの俺であることをバラした。

 「だけど、あの横浜事変について関与しているのは認める。でもあの事件は別の要因で起こった事件で俺はただ濡れ衣を着せられただけさ」

 一応、その点だけは伝えておきたかったので言ったが、信じてもらおうという気持ちは一切ない。

 「だから冴木君あの時……」

 「ああ、その通りだよ」

 恐らく胡桃沢が口にしたあの時は俺を殺しに来た時だろう。

 「ま、所詮俺は探偵とか名乗れるような人間じゃないのさ。ただの咎人さ」

 だからこそ、俺はあの瞬間からとある名前を名乗るに値しない人間になったのだ。

 「何で情報屋闇鴉が生まれたのかは……長くなるから省かせてもらうけどさっきまで闇鴉として動いて事件に関する情報も手に入った。後は必要な証拠を集めるだけさ」

 罵られる覚悟で告白した俺だったが、三人の反応は俺が思っていた反応と違かった。

 「そうかい? 私から見る冴木君は自分自身に厳しいからそういった自己評価になったんだろうね」

 「確かに、冴木って変なとこで頑固なところあるしな?」

 「冴木君らしいね」

 どう反応すればいいのか困り果てている俺に「それなら冴木君はどうして協会を辞めたんだい? あそこでならもっと堂々と活動できると思うんだが」の質問で気持ち的に助けられた。

 「協会はもう私利私欲に塗れたクソみたいな連中しか残ってないから俺は辞めたのさ」

 「ん? ちょっと待て、お前協会に属していたのか?」

 お前の名前ニュースに一度も載ってなかったろ? と、橋本の言葉に俺が説明する前に剛毅さんが説明した。

 「それはそうさ、冴木君は別の名前で活動していたからね。――――『紫晶英亜』として」

 えぇぇぇぇぇっ! と、驚く二人。

 「そう言われると納得しちゃうかも……」

 「だからこそ、協会に属さず一人で活動していたってわけ。自由もきくしな?」

 じゃ、話を変えるぞと言って本題を切り出す。

 「犯人側は俺と胡桃沢が生きているとしれば殺しに来るだろうから、俺は引き続き闇鴉として動くが……」

 胡桃沢の方を見て「胡桃沢はここで待って」と、続きを言う前に「嫌だ」と遮られた。

 「胡桃沢、お前……今自分が置かれている状況が」

 「分かっているからこそ、私も冴木君と一緒に行動する」

 「万が一犯人側に露見すればおっさんは今度こそ狙われて」

 「お義父さんは私が心配しなくても大丈夫。それは冴木君も分かるでしょ」

 胡桃沢の言い分を聞いた俺は理解する。

 だがそれでも冴木は胡桃沢を連れて行く訳にはいかない。

 「それでも、俺は胡桃沢が来ることには反対だ」

 「私は冴木君の相棒なんでしょ! だったら私も一緒に行く。これ以上の理由がまだ必要なのっ!!」

 「ああ必要だともっ!!」

 俺と胡桃沢のヒートアップぶりに橋本はどうすればよいかアワアワしているのに反して剛毅さんは冷静な声で「はいはい、そこまで」と言い俺と胡桃沢を止める。

 「少し深呼吸して、二人でじっくりと話し合ったらどうかな?」

 私と直樹は別室で待機しているからさ?

 そう言って橋本を強引に部屋から押し出して出ていく剛毅さんを見送る俺と胡桃沢。

 残されて深呼吸してから「――――相棒だから、相棒だからこそ俺は……。胡桃沢の傷つくところをもうこれ以上見たくないんだ」と、本心を語った。

 「そ、そっか……。冴木君は私の過去を知っているんだもんね」

 「でもね、生きるためとはいえ人殺しをした私の両の手はもう血塗れなの」

 だから、もういいの。

 切ない表情で俺に話す胡桃沢。

 俺は胡桃沢に声をかけるべきだと理解はしても、それが今の胡桃沢にはただの上っ面の言葉に過ぎないことも理解する。

 ああ、だから俺は……。

 「分かった」

 俺は胡桃沢にそう言って「俺とは別行動になるけど、大事なことを頼めるか?」と胡桃沢に言う。

 「うん、任せて」

 表情を変えて頷いた胡桃沢は続けて「一つ、聞いても良い?」と、俺に質問を投げかける。

 「何だ?」

 「どうして冴木君はそこまでして私を助けてくれるの?」

 この質問に俺は「相棒であり親友だからさ」と、言おうとしたが実際は「それは胡桃沢のことが」と全く違うことを言いかけて口を噤む。

 「私のことが?」

 続きを催促する胡桃沢に「背中を任せられる存在だからだよ」と言って歩き出す。

 後ろで「本当に~?」と言う彼女に本当だと返すが。

 そう、この時俺は気づいてしまったのだ。

 相棒、そして親友だと思っていた胡桃沢に……。

 「(恋、心を抱いているのか……?)」

 いやいや、それは違うと自分に言い聞かせて橋本父子が待っている別室へ向かう。

◆◇

 時は現在に戻る。

 胡桃沢とは別行動をしている闇鴉は横浜旧市街地を歩いていた。

 浮浪者や捨てられた子供達の視線を浴びながら歩く闇鴉は先程から感じているある視線に気づきながらも知らぬふりして人気のない路地へ進む。

 その路地は比較的横幅があり遮蔽物も少ない。

 歩みを止めて「監視されるのも飽いた、相手になろう」と、告げる。

 返事はなく、闇鴉が足を動かした瞬間にスリングショットを持った子供が物陰から現れ闇鴉へ向けて小石を発射する。

 闇鴉からは完全なる死角、避けられるはずがないと思っていた子供だったが……。

 「その程度の身の隠し方で気づかれないとでも?」

 子供からすればそれはあまりにも不気味で、目の前の人物が悪霊だと思わせる。

 後ろを向いたまま首だけを動かし小石を避けた闇鴉は発射した子供の方へ振り向いたと同時に左右から少年二人が飛び出る。

 「今すぐ逃げろっ!」

 「その判断をするには些か遅すぎたな?」

 一人はナイフを右手に持ち、もう一人は拳銃――『S&W M66』を握っている。

 子供よりこちらの方を優先するべきと判断した闇鴉。

 ナイフを持つ少年が積極的に闇鴉へ攻撃を仕掛け、合間合間にM66を握る少年が引き金を絞る。

 粗削りの戦闘スタイルだが筋は良いと、目の前の二人の動きを観察しながらかわしていく闇鴉は大きく後ろへ跳躍して「成程、この辺で荒くれ共から金品類を巻き上げているのか?」と話す。

 「それ、関係ある話か?」

 「ああ、大いにあるとも」

 狙う相手を間違えたな?

 ゾクリと、少年二人の背筋が凍りつく。

 そして二人は今更ながら気づいたのだ。

 今まであの男は本気を出していないという事実に……。

 「では、攻守交代といこうか?」

 言葉の直後に闇鴉はナイフを持つ少年の目の前に現れ明確な殺意を持って攻撃を仕掛ける。

 両手でナイフを握ってベレッタに装着された銃剣を必死に抑える。

 「お、重いっ!!」

 「相原、右にっ!」

 相原と呼ばれた少年は必死に右へ逸らそうとするが、抑え込まれてできずにいる。

 銃を持つ少年は自分が行っても殺されるだけだと理解しているからこそ、動かないものの表情には今すぐにでも助けに行きたいと出ている。

 このまま刺殺もできる闇鴉だったが「おまたせっ!」の声が響く。

 「待たせすぎだよっ!!」

 闇鴉を押し返した相原が横にズレると闇鴉の視界には散弾銃の銃口を向ける少女と数人の子供の姿が映る。

 「これでおしまい」

 少女の言葉は散弾銃の発射音でかき消される。

 ここまですれば勝ったのも同然と誰もが思った。

 そう、思っただけでは無意味だ……。

 「(散弾銃……、弾丸はゴム弾か)」

 仮面越しから瞬時に情報を判断し闇鴉は自身に当たりそうな弾丸をベレッタ9mmHP+弾で的確に撃ち返した。

 軌道はズレ、闇鴉には当たらずに不発となったその光景に彼らは言葉を失う。

 「――――さて、一旦油断させたん後に暴徒鎮圧用弾丸で対象を鎮圧させるその作戦は戦闘に慣れている者には一定の効果があるだろうな」

 闇鴉は淡々と語りながら少年少女に一歩、また一歩と近づく。

 怯える幼い子供達の前に出る少年二人と少女。

 この子達だけでも逃がすという意思が感じられる目を見て闇鴉は小さく笑う。

 「ふっ、好い目だ。気が変わった」

 そして「お前達に仕事をやろう、それをこなせば今回の件は不問にしよう」と提案を持ちかける。

 「そんなの嘘に決まってる」

 少女の言い分はもっともだが、闇鴉は「それは大いに構わないが、諸君らの前にある選択は実質一つしかないと思うが?」と返す。

 「図に乗って……!!」

 「落ち着けよいちじく

 九と呼ばれた少女を宥めて「少し、話し合いの時間を下さい」と頼む少年。

 「いいだろう、早急に結論を出した方がいいとは伝えておく」

 彼らから少し距離を空けて返答を待つ闇鴉。

 彼らの返答次第では今後の予定が変わるので脳内で予定を組んでいく闇鴉に「決まりました」と声をかけられる。

 「結論は?」

 「話の内容次第では引き受けます」

 「良い返事だ!」

 そう言って「では、場所を変えるとしよう? 部外者の横やりが入るのは好ましくない」と告、闇鴉は彼らと一緒に移動を始めた。

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