第14話 それぞれの思惑

 「調査報告を」

 薄暗い部屋の中心に立つ部下に尋ねるのは四ヵ月家が一角、小望月家現当主『小望月悠玄』だ。

 「現在、防衛省及び横浜警視庁への圧力は継続中、しかし内通者が横浜警視庁へ逮捕されました」

 「切り捨てろ、次」

 悠玄の発言に思うところがある部下だったが、何も言わずに報告を続ける。

 「相手から近々防衛省襲撃を行うと……」

 「ふざけるなっ!」

 報告を聞いて怒鳴る悠玄は「何故止めない!」と、部下に八つ当たりする。

 「無論そのような行為をするのは協定違反になると進言しましたが、相手側は拒否しその場で五名死亡しました」

 「いくらでも変わりは補充できるっ!! さっさと連中を止めてこいっ!!」

 苛立ち、部下にマグカップを投げつけた悠玄。

 マグカップ内に残っていた珈琲を浴びた部下は何も言わずに退室した。

 「ちくしょうがっ!! どいつもこいつもろくに使えやしねぇ!!!」

 室内にある物へ手当たり次第当たり散らす悠玄、廊下からでも聞こえる怒号と物が壊れる音にメイド達はまたいつものが始まったとヒソヒソ声で話す。

 「はぁ、はぁ、はぁ、はあぁ~~~」

 深く深呼吸を数回繰り返し悠玄はある場所へ電話をかけ始めた。


 同時刻、別の場所では……。

 「今回の一件には小望月家が関与している可能性が出てきた」

 月人からの報告を聞いた紫雨と美紗登は何となく察していた表情をしていた。

 「冴木に敵対心むき出しにし過ぎ」

 「最初は冴木のことが気に食わない程度にしか思わなかったけどね」

 美紗登の発言に月人は苦笑しながら返す。

 「でも、可能性ってだけでまだ確たる証拠はないんだよね……?」

 「そこが厄介なところでさ? 僕達直属の組織だと動きが全部バレバレだから外部に頼らざる得ない」

 「でも、頼れる機関もない」

 静かに頷く月人、脳裏にはある人物が浮かんでいるが……。

 「彼に頼りすぎると、ねっ?」

 「親がうるさいからね……」

 彼、の一言で誰を指しているかは言うまでもない。

 「私のお祖母ちゃんや弓張月のおじ様は好意的だけどね~」

 紫雨は楽観的に話しているが、四ヵ月家全体から見れば冴木の評価は否定的な意見が多いのが現状だ。

 「引き続き僕達で解決できる部分は僕達でやろう。小望月家に関しては様子見で」

 紫雨と美紗登が頷いたので今回の小会議は終了の流れとなる。

 解散しようとしたが着信音が響く。三人が自分のスマホを確認すると月人のスマホからで、画面には『十七夜月』と表示されていた。

 月人は嫌な顔をして無視しようとしたが、諦めて通話開始する。

 『随分と通話に出るのに時間がかかったな?』

 「貴方の代理で色々と忙しいのです」

 会話するのすらめんどくさそうな顔をしている月人。

 『それは済まないな? して、小望月家に関しては進捗はどうだ?』

 「連続失踪事件及び防衛省と横浜警視庁への圧力をかけている可能性はあります。ですが現状、確たる証拠はありません」

 成程、と百里は呟きしばしスマホ越しから声は聞こえない。

 思案してるなと、月人が思っていると不意に『冴木からの連絡はあったのか?』と、質問される。

 「現時点では連絡はありません」

 『ふっ、あいつのことだ。生死不明と報道されているがどこかに潜んでいるだろう』

 その点に関して百理に心の中で同意する月人。

 後は本邸でお話しますと伝えてから電話を切った。

 「はぁぁぁ~~~、疲れた」

 どういう風の吹き回しだ? と、嫌そうに話す月人に「まあまあ、百理さんもああ見えて月人のことを心配しているんだよ」と、話す紫雨。

 「あり得ないあり得ない。あの人はそんな感情を一度だって見せたことがない」

 そう言って運転手に車を出してくれと告、月人達を乗せたリムジンは動き出した。

◆◇

 「ここが、俺達の家です」

 相原が指した場所を見た闇鴉は「中々いい場所じゃないか?」と返す。

 以前はどこかの犯罪組織が使用していたであろう建物に彼らは住んでいた。

 外観は小綺麗で窓枠には板が打ち付けられていた。

 相原を先頭に彼らが室内に入っていき、最後に闇鴉が扉を閉める。

 年端もいかぬ子供五人と少年二人、そして少女一人と計八人が暮らしていくには少々窮屈な空間だが、人の温もりが感じる場所だ。

 「少し、待って下さい」

 「構わぬ、子供らには聞かせられぬ話だからな」

 闇鴉の言葉に九は何も言わずに子供達を別室へと連れて行く。相原と少年はお茶の用意をしようとしているのを見て「茶はいらぬ。お前達の大事な食料を安々と使うな」と告げる。

 「えっ、わ、分かりました」

 動揺が隠せない少年だったが、闇鴉は壁に身体を預けて静かに待っていた。

 闇鴉が何を考えているのかが分からない少年と相原はとりあえず、自分達の分だけ用意する。

 「おまたせ」

 九が戻ってきたことにより本題へ入れる。

 ソファーに全員が座ってから「お前達への仕事内容はこれだ」と言い、写真を数枚テーブルの上で広げる。

 「誰、この人達?」

 「このマークどっかで……?」

 それぞれが思ったことを口にしているのを無視して「テロ組織始皇帝、そいつらがこの横浜である大規模な事件を起こす可能性がある。よってお前達には始皇帝メンバーの目撃情報を集めてもらう」と説明する。

 「目撃情報って……、それは警察に任せれば」

 「その警察で対応できるとでも?」

 闇鴉の言葉に九は反論できずにいると「質問いいですか?」と、遠慮がちに少年が手を挙げる。

 「構わぬ」

 「ありがとうございます。気になったのが闇鴉さんなら僕達に任せることなくそういった情報は集められると思うんですが……?」

 少年の質問に「確かにその通りだ」と肯定する。

 「しかし、吾は別件で忙しくあまりこの件に時間を割くことが出来ぬのだ。その点を考えていた矢先にお前達に出会ったのだ」

 これで満足か? と、話す闇鴉に少年は頷く。

 言われて納得する内容だが、相手が相手だ。

 警戒する三人に「どう思おうが勝手だ。だが、しっかり仕事をこなせば報酬を支払おう」の発言で相原が反応する。

 「ほ、本当ですかっ!?」

 「相原っ!」

 相原を睨む九に「多少怪しくてもあいつらの為にお金は必要だ!」と言い返す。

 「黒木もそう思うよな!?」

 黒木と呼ばれた少年は「その点は相原に同意するよ。でも、相手があの闇鴉ならそのお金は汚れたお金じゃないんですか?」

 黒木からの指摘を受けた闇鴉は「その点の心配は不要だ」と答える。

 「だったらなおのこと」

 「でも! こいつのせいで私のお父さんはっ!!」

 九のカミングアウト、闇鴉は九という名字であの事変で不運にも巻き込まれ亡くなった男性の存在を思い出す。

 「吾が憎いか?」

 「ええ、憎いわっ!!! この手で殺してやりたい程にっ!!!」

 普段の彼女からは想像できないその豹変ぶりに黒木と相原の二人は彼女を止めることが出来ないでいる。

 闇鴉はフッと、笑うと自分のベレッタのグリップを九に差し出す。

 「ならばこれで吾を撃てば良い。殺すならば絶好の機会だぞ?」


 目の前の人物は一体何を言い出しているの?

 私……、九怜菜れいなは差し出されたベレッタを目の前に困惑と動揺していた。

 生きていく為に悪人から金品を強奪していた私達は、幸運か或いは不運と言うべきなのかな……。

 裏社会で恐れられている情報屋闇鴉と遭遇した。

 私のお父さんを奪った張本人にだ。

 ペストマスク越しから伝わる受け取らないのかという意思に私はキッと睨みつけてベレッタを受け取る。

 銃口を闇鴉へ向けて引き金に指をかける。

 「お、おいおいっ! 落ち着けよ!!」

 私を止めようとする相原に「黙ってて」と言い返す。

 銃を持つ手が震え出す。普段から持っている散弾銃より軽いはずなのに引き金は重く感じる。

 おかしい、安全レバーは解除してある。弾倉に銃弾はあるのに、引けない。

 ――――躊躇ってる?

 お父さんの仇が目の前にいるのに、私は引けないでいるの……?

 良心の呵責? 人だけは絶対に殺してはいけないと皆との約束?

 違う、それも理由の一つだけど……。

 「君のお父さんが亡くなった件について申し訳ないと心から思っている」

 「心にもないことをっ!!」

 さっさとこの嘘つきの口を黙らせるっ!!

 そう思って引き金を絞る。

 が、弾丸は発射されない。

 「もうそこまでにしておけよ」

 相原が、ベレッタのスライド部分を握って引けない。

 「手を離して」

 「無理な相談だ」

 「離してよっ!!!」

 私の叫びに相原は冷静に「じゃあどうして、お前は泣いてるんだよ」の指摘を受けて私は初めて自分が泣いている事実に気づいた。

 「な、泣いてなんか……っ!」

 腕で強引に涙を拭いて闇鴉を見る。

 だけど、涙はとめどなく目を潤わせる。

 「信じるかは君次第だが……、最期まで君と君のお母さんのことを彼は心配していた」

 狡い、自分の命が危険になってそんな言葉を私に囁いて……。

 相原がベレッタのスライドから手を離した瞬間に……。

 「このクソ野郎がっ!」

 渾身の叫びと一発の銃声、弾丸は闇鴉の右肩に命中した。

 次で仕留める!

 一心で再び引き金を引き絞る前に「いい加減しろっ! それでお前の親父さんに顔向けできるのかっ!!」の言葉と一緒に頬に痛みが走る。

 「う、う……っ。うわああぁぁぁぁぁぁ~~~~」

 その後のことは、よく覚えてない。

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