第24話 聖女と乙女

 『直に目を覚ますでしょう』

 冴木と唇を重ねた胡桃沢に聖女は告げる。

 まだ半信半疑の子孫に『疑うのは無理もありません。しかし、今はあちらをどうにかせねばなりません』と、告げる。

 聖女がキッと睨む視線の先には、二機の武装ロボット。

 これから横浜の街を滅ぼそうとしている者達へ敵意を向けて握っていた旗を地面に突き立てる。

 『さあ、立ち上がるのです! 貴女が守りたいものを守るための戦いへっ!!』

 高らかな声で聖女を中心に光り輝く。

 昼間だと思わせるほどの光は近くにいるワイズマンと始皇帝ボスの目を覆い隠すには充分な光量だ。

 『私の全てを貴女に……そして、自らの運命を切り開くのです。私の可愛い子よ』

 その言葉を最後に聖女の姿は小さな光の粒子になっていき、消えた。

 代わりに胡桃沢の周りに粒子は集まり、彼女を包み込む。

 「くそっ! 何が起きや……」

 先に視界が見える状態になったワイズマンの口元が緩む。

 「ハハッ! っぱ隠してやがったかっ!!!」

 静かに目を開ける胡桃沢。彼女の姿は純白のドレスに身を包み髪にはフランスの象徴的でもあるアヤメの花を様式化した紋章の髪飾りをつけていた。

 『おぉ! これが偉人の力かっ!』

 「欲しいな、その力の全てを俺に寄越せっ!!!」

 武装ロボットを操作し、攻撃を仕掛けるワイズマン。

 巨大な右手から繰り出されるパンチはトラックと同等の勢いを感じさせる中、胡桃沢はワイズマンの攻撃をゆっくりと動きかわす。

 『放て』

 胡桃沢の前にオルレアンの戦いで使用された『カルバリン砲』を五門出現させる。

 砲身から発射された砲弾は武装ロボット各所へ命中する。

 『時代遅れの砲撃なぞ無駄だぞ!』

 最新鋭の兵器である武装ロボットに装備された電磁レールガンを胡桃沢へ向ける。

 しかし、レールガンからは射出されずに始皇帝ボスが操縦する武装ロボットの機体が大きくバランスを崩す。

 『貴様、一体何を考えているっ!?』

 叫んだ視線の先にいるのはワイズマン。

 ワイズマンは「聖女を利用するのに殺すんじゃねえよ!」と、怒鳴る。

 胡桃沢を狙ったことでワイズマンの怒りを買った始皇帝ボスだが、それは貴様もだろとは口には出さなかった。

 この展開には胡桃沢も驚きを隠せなかったが、倒すべき存在であることには変わりない。

 二対一の戦いだったはずが、三つ巴の戦いになり各々が動き出す。


 「おいおい、どうなんてんだこりゃあ」

 車で本牧埠頭まで来た大霧警部と若草、そして葵と澪の四人は目の前の光景に呆然としていた。

 戦場後と言われても違和感を抱かせない現場は必死に救急隊員や警官、四ヵ月家のSPが負傷者のために動き回っていた。

 「君達は車の中で待ってない」

 大霧は葵達に伝えると「行くぞ若草!」と、言い走り出す。

 「わ、分かりました!」

 遅れて追いかけていく若草。

 言われた通りに車内へ戻る葵と澪の二人。

 「何で、あんなことに……」

 口元を抑える澪の背中を擦る葵。

 「だ、大丈夫だよ。きっと兄さんなら……」

 震えた声で澪を励まそうとする葵だが、葵自身もあの光景に動揺していないはずがない。

 だが、葵は普段から助けてもらってばかりの親友の前で弱音を言っている場合ではないと思い、必死に吐き気を我慢していた。

 どうか、どうか皆が無事であることを願って。

◆◇

 不思議な感覚、私が聖女ジャンヌ・ダルクの力の全てを受け取って最初に思ったのはそれだった。

 ずっと否定して、忌み嫌っていたのに私の先祖と名乗った聖女の力は今までの私の思いを否定も肯定もせずに、ただ受け入れてくれた。

 『もう、貴方達の好き勝手にさせない』

 今までの自分と決別を、そして彼女の願いは唯一つ。

 彼女は聖女ではない、ただの在り来りな一人の少年に恋する少女。

 大勢を救うために戦うわけではない、そんな大義な理由は不要。

 今、この場に必要な理由はシンプルな一言だけ。

 『私の大切な人を傷つけたのを、許さないっ!』

 彼女の覚悟を示すように、展開されるは射石砲とカルバリン砲そして、中世の甲冑をまとう兵士の軍勢。

 『我らの敵は目の前に! 突撃っ!!』

 オルレアンの戦いの再現を行い二機の武装ロボット《イギリス軍》へ総攻撃を仕掛ける。

 『お手並み拝見と行こうじゃないかっ!!』

 始皇帝ボスは一切の躊躇いもなくガトリング砲や電磁レールガンを使用する。

 ワイズマンはロボットのアームで蹴散らしていく。

 だが、いくら武器や兵士を吹き飛ばし、破壊してもすぐに再生していく。

 『クソっ! やはりあいつを狙うしか』

 彼らの再生出現を止めるには胡桃沢を倒さねば横浜の市街地へ行けない。始皇帝ボスはそれが分かっていたが無尽に出現する軍勢と頭の中が聖女しかない男のせいでそれが出来ずにいる。

 それどころか、武装ロボットには損傷ダメージが蓄積されていくばかり。

 『(くそ、一か八か賭けに出るか……!)』

 コックピットの扉を解放、自衛用の銃の標準を胡桃沢に定める。

 パァンッ!

 一発の銃声は胡桃沢へ着弾したと、始皇帝ボスはこの時点では思っていた。

 思っていたのだが……。

 「注意力散漫だぞ、胡桃沢」

 胡桃沢の目の前に立ち、始皇帝ボスを睨みつける人物は……。

 『さ、冴木君……』

 「? 何だよ、まるで俺が生き返って嬉しそうな顔して」

 正にその通りなのだが、事情を知らない冴木は胡桃沢に言う。

 『うん、うん! 本当に良かった』

 今にも泣き出しそうな胡桃沢に「泣くのは後だ。まずはあいつらをどうにかするべきだろ?」と、返す。

 「何度も何度も出てきやがって……!!」

 「決着をつけようじゃないかワイズマン? もうテメェの相手をするのは飽きた」

 事件の終幕まで後少し……。

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