第33話 迷子になる地図
タバサが数日滞在していたのなら、次に繋がる示唆があるのではないか。霞のような頼りないものではなく、もっとしっかりとした足跡が。
誰が言うともなく、タバサが滞在していた部屋を捜索しようという流れになった。タバサが使っていたのは遺跡の一室だった。四〜五日も寝泊まりすれば、それなりのにおいと言うか営みの跡が残るものだが、その部屋には生活感というものがまるでなかった。
それでも、確かにタバサが使っていたと分かったのは、リムが壁に痕跡を見つけたからだ。画鋲を突き刺したような細い穴が四ヶ所開けられており、穴を結ぶと、だいたいA1サイズとなった。こんなわずかな跡を見つけられたのは、グニーエを追うリムの執念のなせる業か。
光来は穴の前まで顔を近づけて、なにか手掛かりにならないかと凝視した。
「なにかを壁に貼っていたのかな? このサイズは……」
「地図」
光来の後ろに立っていたシオンが顎に手を当てた。
「このサイズなら、地図だと思う」
シオンの推測に、リムが真っ先に喰い付いた。
「それよっ。地図なら奴らを追跡する手掛かりになるかも」
「でも、もうここにはない。見られたくないから剥がして持って行ったん……」
光来は消極的な意見を言っている途中で思い出した。さっき、リムの一撃がタバサのメディスンバッグを切り落としたことを。
「俺、ちょっと行って探してくるわ」
ズィービッシュも同じことを考えたようで、返事も待たずに部屋から出て行った。
ズィービッシュは、すぐにタバサが落としたメディスンバッグを見つけることができた。実は、地図のことがなくても、このバッグを拾いに来るつもりでいた。ズィービッシュたちの追撃があったため諦めたようだが、あの時ほんの一瞬だけ、タバサの表情から焦りを読み取り、どうにも気になっていたのだ。
「これだな」
ズィービッシュは、砂をはたき落としメディスンバッグ開けた。
すぐに目に飛び込んできたのは、折り畳まれた紙だった。取り出し、広げてみる。まさしく、それは地図だった。四角に針で刺した穴が開いている。シオンの推測は的中したのだ。
「当たりだ」
さすがに興奮した。
「他には……」
中を漁ると、使い古された手帳を見つけた。ざっとめくると雑な字で短い文章がいくつも記されていた。どうやら、タバサの手記のようだ。これは自分が読むより、リムに読んでもらった方がいいだろう。
さらに奥に手を突っ込んだ。指先になにかが触れた。かつんと固い感触だった。
「ん?」
ズィービッシュは触れた物を取り出した。
「……なんだ? これは?」
それは、ズィービッシュが見たことのない不思議なものだった。
ズィービッシュから渡された地図を、リムはひったくるように受け取った。そして、破けてしまうのではないかと心配するくらいの勢いで床に広げた。
色褪せ、端々が破れている。ここに来る以前から使い続けていたのは想像に難くなかった。
地図には至る所に印が付けられていた。
「なんだ、この印……」
光来は印の意味が汲み取れなかったが、リムにはすぐに分かった。かつてゼクテとグニーエが調査に赴いた地だ。父、ゼクテから聞かされた調査の経験談はどれもリムを夢中にさせた。だから覚えている。
◯印だけの場所と、その上から×で潰している場所の二種類があった。ここ、ラルゴは×で潰されている。既に調査済みという意味で、×印を付けていると思われた。
……かつての調査地を辿っている?
タバサは、ゼクテとグニーエが調査に訪れた場所を辿っており、ここラルゴでは街人を利用してなにかを探し当てようとしていた……。
リムは考えを巡らせながら、地図の隅々まで目を走らせた。
「ん?」
リムの視線は一点に留まった。
地図の右下に、印は付けられていないが一言走り書きがされた場所があった。
「ここは……」
カトリッジからほど近い街で、名をエグズバウトといった。そして記された言葉は『離れられない』だ。
「離れられないってなに?」
シオンの疑問はもっともだったが、リムの耳には入ってこなかった。風化してもなお、忘れ得ない忌まわしい記憶が呼び覚まされる。襞の奥に入り込んでも、容易に浮かび上がらせることができた。
父ゼクテがグニーエを追い詰め、そして殺害された場所。グニーエはここにいると言うのか? 離れられないとは、いったいなんのことだ?
リムは、混乱で目が眩む思いだった。
「一旦、ここを離れよう」
光来は、リムの青ざめた顔を見て、気持ちを切り替えたほうがいいと判断した。
「……それがいいかもな」
ズィービッシュも、光来の意見に賛成した。
「……待って。その前に……」
リムは、地図と一緒に渡された手帳を捲った。
ざっと目を通すと、これまでの調査経過を記しているようだ。改めてじっくり読む必要がある。ぱらぱらとページを手繰り、まだなにも記入されていないページまで開いた。しかし、一度通り過ぎたが、なにか引っ掛かるものを感じた。今度は逆からページを捲った。そして、目的のページを見つけた。
「なんだ? なにが書いてある?」
全員がそのページを覗き込んだ。
ついに奴が現れた。キーラ・キッドと名乗っている。
「…………」
三人は、そろって光来に目を向けた。
澱のように闇が沈み、夕陽の眩しさを侵食していく。タバサが去ったのと入れ替えに訪れた闇は、不安と恐れを連れてきた。
光来は落ち着かなかった。突然、こっちの世界に飛ばされた時の戸惑いと似ていた。
自分がリムと一緒に旅をしてきたのは、彼女の推測に縋っていたからだ。他に頼るべき者がいないから、一縷の望みに期待していたからだ。それがいきなり、現実味を帯びた。
急な展開に、頭も気持ちも付いてこない。試験中に解けない問題にぶち当たり、焦って他の問題も難しく見えてしまう感覚。頭が真っ白になりそうな感じに似ていた。
「……あいつの、タバサの言っていたことが理解できない」
光来がつぶやいた。シオンとズィービッシュの視線をまともに受ける。
地図と手帳をメディスンバッグに収めたリムが、振り向いて光来を凝視した。
「……俺はグニーエになんか会ったこともない。タバサが言ったことはでたらめだ。俺を知ってるなんてあり得ない」
「……信じるよ」
リムの表情は、枯れた花のように萎んでいた。
「本当だよ。絶対におかしい。わけが分からない」
「だから、信じるって」
「俺は……」
「キーラ」
リムの一声で、光来は口をつぐんだ。
「あなたは嘘を言っていない。信じるから、安心しなさい」
「おまえら、さっきからなんの話をしてるんだ。分かるように説明してくれ」
ズィービッシュの問いに、リムが頷いた。
「一度、ナタニアのところに戻りましょう。ナタニアは一刻も早く会いたいだろうし、ワタシも考えをまとめたい」
リムの提案を、シオンが後押しした。
「賛成。いつまでもここに立っていても仕方がない。これからの方向を検討する必要がある」
リムは、少しだけ微笑んだ。そして、タバサが立っていた場所に、改めて目を向けた。
どうしても、あの日の惨劇を思い出してしまう光景。タバサは、『黄昏に沈んだ街』を失敗と称した。では、成功したあかつきには、どのような効果が発生するのだ? それに、不安を煽る手帳に記された一言……。
とにかく、『黄昏に沈んだ街』の実行は、絶対に阻止しなければならない。
沈みゆく夕陽に目を細め、リムは歯を噛み締めた。
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