第7話 月影の下で
光来が野営地に戻ってからが大変だった。年頃の女の子が汚れを落としたいというのは、当然の欲求だ。それに思い至らなかった自分の迂闊さを後悔する気持ちと、二人の裸を見てしまった興奮がごちゃ混ぜになり、心が体から飛び出してしまうのではないかと心配になるくらい落ち着かなかった。意味もなく立ったり座ったりを繰り返した。
十分程経過して、二人が帰ってきた。ばれていないとは思うが、つい態度がぎこちなくなってしまう。
「ただいま」
「お、おかえり。あ、水浴びしてきたのか」
いかにも、今思い至ったふうに言ったが、演技くさかったかも知れない。
「そう。昨日は森の中だったから。さすがにちょっと寒いけど、さっぱりした。キーラも浴びてきたら?」
「気持ちよかった」
リムが言い、シオンも勧める。
「ああ、そうだな。そう言えば、汗をかいたかな」
二人に促されるのはありがたかった。とても二人の顔をまともに見られないし、頭を冷やしたかった。
「じゃあ、さっそく行ってくるよ」
「あまり遠くには行かないでよ」
「あっちに陰になる場所がある」
リムとシオンの声が重なる。シオンは、自分たちが水浴びしていた場所を指さした。
「うん。分かった」
言いながら立ち上がった。
「キーラ、どうかした?」
光来の態度に固さを感じ取ったのか、リムが訝しんでいる。
「え? なにが?」
咄嗟にとぼけたが、わざとらしいのが自分でも分かった。まずい。二人そろってジト目になっている。リムも怖かったが、シオンの見透かすような眼も怖かった。粘りつくような視線は、ますます光来の落ち着きを奪っていった。
「キーラ、まさか……」
既に光来の脳内では、言い訳の用意が始まっていた。蓄積された知識の中から、ダメージを最小限に抑えられる言葉と態度を検索するのだ。
光来の焦りが限界値に達しようとしていた。しかし、リムがいきなり吹き出したので、「え?」と振り返ってしまった。
「バッカねー。ワタシたちが覗くとでも思ってんの? そんな心配しなくていいから、さっさと行ってきなさい」
リムの予想外の勘違いに、光来は緊張の糸が切れるほど気が抜けてしてしまった。しかし、常に自信にあふれたリムの言葉は、言外に「お見通しよ」と言っているようにも捉えられた。
「そ、そんなこと、考えてないよ。じゃあ、行ってくる……」
二人の視線を背に受け、光来はそそくさとその場を離れた。
その夜、リムはなかなか寝付けないでいた。夕食を食べ過ぎてもたれた? それとも、昨夜のバリィの情けない叫びが耳にこびりつき、胸やけを起こしたか?
……いや、自分をごまかすのはやめよう。原因ははっきりしている。次に赴く街がディビドだからだ。
父、ゼクテから魔法の訓練を受けたのは、『暁に沈んだ街』が起こった前日だった。しかし、それ以前にも魔法の精製の仕方は度々教わっていたし、研究の一環である発掘調査には何度か同行していた。ディビドも、一緒に訪れた街の一つだ。あの頃は毎日が楽しくて幸せだった。
父との思い出がある街に、明日到着する。恐れにも似た興奮に目が冴え、身体が眠ることを許してくれない。
普段はあまり考えないが、リムはこれまでの旅路を回想した。起伏だらけの毎日で、自分の行動が無意味に感じる時もあった。しかし、どんなに歳月が流れ、季節を繰り返そうと、自分の人生を奪ったグニーエ・ハルトを記憶から消滅させることなどできなかった。だからこそ、平凡だろうが穏やかな人生を送っているにも関わらず、賞金稼ぎの真似事をしたバリィの言葉に嫌悪感が湧き出るのか。
「…………」
あの日からなにも変わっていないのは、あの月くらいね……。
優しく全身を撫でる月の光は、心も体も癒してくれる。何度、月光を浴びながら独りで眠りに就いただろうか。
この苦難に満ちた旅も、もうすぐ終わる。確信に近い感覚が衝動的に思いを突き動かす。
横で眠っているキーラを見つめた。
やはり、この少年が運命の歯車を動かした。どのように決着するのか。すべてが終わったら、キーラと別れるのか。この不思議な少年は自分の世界に帰れるのか。そして、ワタシは自分の人生を見つけられるのか……。
途切れることなく産まれる思いを縫って、やっと訪れた睡魔に、リムは身を委ねた。
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