第13話 街中の惨禍
悲鳴は怒声にすり替わった。いや、怒声というよりは、恐れを捻じ伏せるために発した気炎とも言うべき叫びだった。
その叫びが引き鉄となり、気後れしていた者たちが、一斉に部屋を目指して飛び出してきた。集団は階下から続いていたらしく、廊下は瞬く間に、感情を高ぶらせた人々で埋め尽くされた。
一か八かの賭けは、凶と出た。
「ちいっ」
リムは、激流と化し突っ込んでくる群衆に、次々とシュラーフを撃ち込んだ。弾丸が放たれる度にバイオレットの魔法陣が発生し、リムを照らす。
撃たれた者は突進の勢いそのままに突っ伏し倒れるが、半ばパニックに陥った人たちは進撃を止めなかった。
「きりがないっ」
リムは扉を閉め、鍵を掛けた。
「逃がすなっ」
穏やかではない声が聞こえたと思うと、どんどんと乱暴に扉を叩く重たい音と、数々の罵り声が空間を支配した。
光来は、必死に落ち着くよう自分を叱咤した。肝は縮み上がっているが、混乱には陥らなかった。代わりに映画のワンシーンを連想してしまった。狂気に囚われ、自分の家族を襲う男が斧でドアをぶち破るシーンだ。
「すぐに破られるっ。窓から逃げてっ」
リムの判断は的確だ。瞬時にそう思ったシオンは、窓を開け放ち片足を窓枠に乗せた。跳ぶ姿勢を取ったが、通りを見下ろし舌打ちをしたくなった。
宿屋『洞穴』の玄関を人々が取り囲んでいる。銃声が外まで漏れたのだろう、我先にと乗り込もうとする者や、逆に逃げ出そうと流れに逆らう者が入り混じり、その一帯だけが狂乱の場となり煮えたぎっていた。
背後でみしっと神経を逆なでする破壊音がした。シオンが振り返ると、扉に亀裂が入り、不自然に歪んでいた。今にもぶち破られそうだ。リムが迎撃の態勢を取っているが、一気に入り込まれたらひとたまりもないだろう。
シオンは改めて通りを見下ろした。
「…………」
素早く人々の位置や行動を見極め、着地点を割り出した。
「先に降りてる」
光来に言うと同時に、集団の中央目掛けてその身を投じた。
「シオンッ」
頭上から光来の声が聞こえた。
シオンは落下中に銃を構え、中央付近にいた者を次々と狙撃した。
轟く銃声が夜の空を割る。魔法陣が花火のように開いては砕ける。一瞬で全弾を撃ち尽くしたシオンは、倒れて重なる人々をクッション代わりにして、転がりながら着地した。
一斉に驚きの声が上がる。
シオンは、勢いを維持したまま立ち上がり、間隙を縫って走った。
「一人逃げたぞっ」
何人かがシオンを追って群れから離れた。もはや暴徒と成り果てた形相だ。
「もっと付いてこい」
シオンは言いながら、目にも止まらぬ早業でリロードを済ませた。この時点で気付いたが、一人として銃を使う者がいなかった。それぞれが、こん棒や鎌、中にはぶ厚いフライパンを持っている者の姿まで見られた。魔法とは縁がない者の集まりだ。しかし、だからこそ余計に怖かった。
魔法なら効果は決まっている。傷付けたくないならシュラーフを使えばいいし、攻撃するならブリッツやブレンネンを使えばいい。対して、直の攻撃は余程の腕がなければ加減は難しい。興奮して感情が抑えられない時は尚のことだ。
シオンは追ってくる者たちを正確に撃ち抜き、残弾で玄関前に固まっている連中にもシュラーフを撃ち込んだ。
背中から弾丸が飛んでくるのに、一ヶ所に留まる者などいない。入口に集中していた者たちは、悲鳴と共に四方八方へと散らばった。
「ほげぇっ」
蛙を踏み潰したような叫びを発しながら、光来が落下してきた。不様な態勢で着地した光来に、一度は散った人々が取り囲もうと再び輪を狭めた。しかし、続いて落ちてきたリムの銃撃と、シオンの援護射撃により、観音開きの扉のように逃走経路が開いた。
「走って!」
リムは叫ぶと同時に走り、光来もほぼ同時に駆け出していた。
並みいる街人を振り切り、シオンと合流した。二人が駆け抜けるまでシオンは援護を続けてくれて、その流れで殿を務めた。
三人で夜の街を遁走する。向こうは即席の得物を振り回して追ってきたが、銃撃による脅威があるので、迂闊に近づいては来なかった。
危機的状況を脱したと見て取ったシオンは、前を走る二人に話し掛けた。
「さっき、キーラが飛び降りる時に聞こえた、みっともない悲鳴はなんだったの?」
「みっ⁉」
光来は、心外そうに走りながら振り向いた。
「ビビッてなかなか飛び降りなかったから、尻を蹴飛ばしてやったのよ」
答えたのはリムだった。光来は精一杯不機嫌な顔でリムに目を向けたが、リムには光来の睨みなど通用しなかった。
「あと数秒待ってくれれば、飛んだんだよ」
リムが相手では分が悪いと踏んだのか、光来はシオンに言い訳を始めた。
「…………」
目の前の少年に対し何度か思ったことを、シオンは改めて感じた。
なんとも不思議な、いや、不可解な少年だ。
キーラは、先日ダーダーと対峙して彼を撃退した。初めて会った日、ネィディとの決闘の時も、信じがたい早撃ちで勝利を収めている。
街人の包囲網も、彼の腕なら突破するのは難しいことではなかったはずだ。それなのに、飛び降りるのを躊躇したとはどういうことか? そこまで考えて、先程から感じている違和感の正体に思い至った。
キーラは、脱出する際、一度も発砲しなかった。いくら自分とリムと一緒だからって、ただの一発も撃たなかったのは不自然だ。
それに、キーラが持っていた今まで見たこともない道具。あれはいったいなんなのだ?
消化しきれない疑念を抱き、シオンは不安を振り切るように疾走した。
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