第14話 彫刻家

 向こうの方が土地勘があるとは言え、まとまりのない集団を撒くのは難しくなかった。追ってくる者が誰もいなくなったのを認め、光来たちは走るのを止めた。


「もう大丈夫じゃないか?」


 光来は、息を切らしながら確認した。


「なにかしらの接触があるのは分かってたけど、あんな大勢で乗り込んできたのは予想外だったわ」


 さすがのリムも、呼吸を整えようと酸素を貪っている。


「どこかに身を隠した方がいい」


 シオンの提案に、リムは頷いた。


「そうね。捜索されたら厄介だわ。どこかいい場所は……」

「あの……」


 いきなり、聞き覚えのない声が三人の背後から割り込んできた。

 リムとシオンは、瞬時に声のした方に銃を向けた。


「ひっ」


 銃口の先には、一人の少女が立っていた。二丁の銃に狙われ、固まっている。

 光来は記憶を探ったが、知らない顔だった。今まで会ったことのない少女だ。


「誰?」


 シオンが鋭く訊いた。


「ワタ、ワタシは、皆さんを、お、お、襲ったりしません」


 銃口を突き付けられ、極度に怯えているようだ。どもって上手く喋れていない。この状況で襲ってきたら大したものだが、言いたいことは分かった。


「君は、さっきの人たちとは違うようだね?」


 光来は、少女を刺激しないように、なるべく落ち着いた口調を意識した。


「あの人たちを許してあげて。この街を守ろうと必死なんです」


 会話が一方通行で、成立しない。しかし、敵意は感じられない。攻撃や逃走の必要はなさそうだ。光来は二人に銃を下ろすよう手振りした。


「それで? ワタシたち急いでるの。立ち話している暇はないわ」


 銃を下ろしたものの、リムは今にも噛みつきそうだ。追い詰められたら、彼女を人質にしかねない。


「でし、でしたら……、私の家に来てください。狭いけど、あの人たちをやり過ごすことはできます」


 少女の口から意外な提案が出た。今の光来たちにとってはありがたい提案だが、手放しで喜ぶほど、お人好しではない。なにか裏があるのは間違いなさそうだ。しかしながら、身を隠せるのは渡りに船だ。

 光来は一考の価値ありと踏んだが、リムは警戒を解かなかった。シオンも同様で、きつい目付きで少女を睨んでいる。


「なんか怪しいわね。タイミングがよすぎるっていうか」

「あなた方に会いに洞穴まで行ったんです。けど、あんなことになってて……」

「俺たちに会いに来た?」

「はい。助けてほしいんです」


 リムがなにか言う前に、少女は言葉を続けた。


「その見返りに、あなた方が欲しがっていることを教えます」

「俺たちの知りたいことって……」


 焦らして期待が高まる効果を狙ったわけではないだろうが、少女は一呼吸おいて、三人を順に見渡した。


「……ダーダー一家が滞在していた場所です」



 ナタニア・カロンと名乗った少女に案内され、光来たちは彼女の自宅に身を隠した。

 そこはアトリエも兼ねていた。ワイズの銃工房と似た、独特の雰囲気があった。迂闊にそこら辺の物を触ってはいけないと思わせる、少しだけ空気が引き締まった空間だ。

 本人が言った通り、それほど広くはなかったが、整理が行き届いており清潔感があった。本人は芸術作品を制作していると言っていたので、光来はもっと散らかった部屋を想像していた。

 ナタニアが灯りを燈すと、複数の顔が浮かんだのでドキリとした。落ち着いて見ると、全て胸像だった。様々な彫刻が並んでいる様は、慣れない者には異様な圧迫感がある。


「ナタニアは、彫刻家なんだ?」


 光来が少し興味を持った。それが嬉しかったのか、ナタニアは微笑んだ。


「お土産屋なんかに置いてもらってるの。たまに直接発注もあって……。全然有名じゃないけど、食べていけるくらいは売れてるのよ」


 光来は、並べられている彫刻をじっと観察した。細かい箇所まで丁寧に仕上がっている。美術のことなど分からないが、心血を注いで造られた物だと伝わってきた。


「すごいけど、よくやってられるわね。なんでこんなに細かく彫るの」


 リムも顔を近づけて見た。眉間に皺を寄せながら視線を動かし、ううんと唸った。リムのようなサッパリした性格の者には、ディテールにこだわる心情が今ひとつ理解できない。

 リムが何気なく吐いたセリフに、ナタニアは気分を害した。


「鳥はなんで飛ぶか考える?」

「え? なんの話?」

「鳥は鳥だから飛ぶ。魚は魚だから泳ぐ。彫刻家は彫刻家だから彫るの。なんで彫るかなんて考えないわ」


 線の細いナタニアから、固い意志を帯びた言葉を浴びせられ、さしものリムも焦った。


「別に、馬鹿にしたわけじゃ……、気に触ったんなら謝る。ごめんなさい」


 リムが素直に謝ったので、ナタニアも感情の動かし方を間違えたのだと気まずくなった。幼少の頃から励んできた、物を形作る作業を侮辱されるのは我慢ならないが、リムという少女は決して軽んじて見下したわけではない。


「……こちらこそ、ごめんなさい。これは全部、兄が創ったものなの」

「お兄さんがいるのか。お兄さんも彫刻家ってことは、兄妹で営んでいるアトリエなんだ」


 険悪な雰囲気を避けるため、光来が澱んだ空気を逃がそうとした。


「兄もと言うより、兄が主力でやってて、ワタシはまだ手伝い程度よ」

「手本となる人が近くにいるのは、心強いことよ」


 シオンの言葉には深みがあった。祖父のワイズと自分の関係を重ねているのか。


「心強い……。本当にそう思う。兄さんがいなくなった今は、身に染みて理解できる」 


 ナタニアの只事ではない発言に、光来たち三人は、動きを止めた。


「助けてほしいというのは、兄のことなの」 


 ナタニアは、創りかけの胸像にそっと手を置いた。

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