第15話 鈴の音
知り合ったばかりの三人に見つめられながら、ナタニアは話し始めた。
「ここから南東に、今は廃鉱になった鉱山がある。ダーダー一家が滞在していたのは、その中にある遺跡の一つよ」
「遺跡!」
光来は、思わず声を上げた。ディビドに滞在していたと聞いたので、ラルゴのように廃屋などに潜伏していたと思い込んでいた。
「ダーダー一家以外の噂は耳にしなかった?」
シオンは、ダーダーの背後にいたであろう人物を示唆した。
「ダーダー一家以外? どんな噂?」
「とんでもない魔力を待った者とか、あまり知られていない魔法を使うとか……」
ナタニアは、シオンの言葉を反芻したが、そんな噂は飛び交っていなかったはずだ。大体、知られていない魔法というのが分からない。一般には認知されていない魔法があるみたいな言い方が引っ掛かった。
「いいえ。そんな噂は聞いてない。大きな街じゃないから、少しでも噂に上がれば、耳に入らないということはないと思うけど」
「そう……」
「なにか手掛かりが残ってるのかな」
ダーダーの痕跡を辿れても、その奥に潜んでいた者まで辿り着かなければ意味がない。脆弱な情報を手探っての旅に、つい弱気が出てしまう。
「調べるしかない……」
「そうだな……。明日の朝に行ってみよう」
「それで……、兄のことなんだけど……」
光来とシオンが深刻そうに話し始めたので、ナタニアは切り出しにくくなった。しかし、知りたがっていた情報は提示したのだ。約束は守ってもらう。
「ああ、そうだった。悪いね。こっちにも事情があって。それで……お兄さんがいなくなったって?」
話しやすくなるよう、キーラ・キッドという名の少年が促してくれた。
夜空を溶かして染めたような艶のある黒い髪。同様に、黒いのに不思議と透明感を抱く瞳。今まで出会ったことのない髪と瞳を持つ少年は、ナタニアの目には神秘的に映った。
「いなくなったと言っても、居場所は分かってるの。今話した廃鉱にいるのは確かなんだけど……」
「? だったら、会いに行けばいいんじゃないか?」
光来は至極もっともなことを言ったが、ナタニアは首を横に振った。
「今は、廃鉱に行くことはできません。禁止令が敷かれ、現場に続く道には見張りが立ってるんです」
「家族がいると言って、入れてもらえば……」
「ダメなんです。家族だろうと入れてくれません。それに……」
ナタニアはいったん言葉を区切り、大きく息を吸った。
「兄は自分から赴き、しばらく帰らないと言ったんです」
「……居場所が分かってて、自分の意思で帰らないなら、それほど問題じゃないんじゃない?」
シオンの言葉は道理にかなっているが、少し冷たく聞こえた。
「でも、明らかに様子がおかしかった。兄だけじゃない。何人もの人が、兄と同じように帰ってこないの。街の人たちのあなた方に対する反応も、経験した通りよ。絶対、なにかよくないことが進行している」
出来事の全体像が把握できないながらも、ナタニアが心配している状況は理解できた。たしかに、街人が集団で襲ってくるなんて尋常ではない。外部の人間に知られたくないなにかがあるのは確かだ。しかも、あれだけ大勢の人が襲撃に参加したということは、この街全体に関わることだと推測される。
「明日、廃鉱に行ってみるよ。ナタニアのお兄さんがそこにいるなら、必ず会える」
光来が言うと、ナタニアの表情がぱっと明るくなった。
「お兄さんの名前は? なにか特徴はある?」
「ワタシも一緒に行きます」
「いえ、ワタシたちだけでいい」
ナタニアの申し出を、リムが遮った。
「現場がどういう状況か分からない以上、大勢で行動するのはまずい。隠密にことを運ぶには、ワタシたちだけの方がいい」
突き放すような言い方だったが、正しい意見だった。
ナタニアにも、それは理解できる。だから、反論はしなかった。しばし沈黙した後、首の後ろに両手を回した。
「これを……」
ナタニアは、首に下げていた飾りを外して、光来に渡した。親指の先ほどの大きさの石がはめ込まれている。これにも細工が施されていた。
「兄の名はズィービッシュ。その首飾りを軽く振ってみて」
光来は言われた通り、鎖をつまんで左右に揺らしてみた。中は空洞になっており、その中にはさらに小さい石が閉じ込められているようだ。
「これは?」
「クエリという石で作られた鈴です。ただ振っても音はしないけど、それと同じ物を持っている者には、金属が響くような音が聞こえるの」
「魔法?」
光来のつぶやきに、ナタニアはふっと笑った。
「違うわ。詳しいことは分からないけど、クエリの持つ特有の音響効果で、石同士が反響しあって音が鳴るの。とても高い音で、持っている者しか聞こえないのよ」
「へえ……。なんだか不思議な石だな」
光来はもう一度、さっきより強めに振ってみたが、やはりなにも聞こえなかった。
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