第24話 遺跡の奥へ
エンリィはまだ距離があるにも関わらず、いきなり銃をぶっ放した。光来たちの手前で、スカイブルーの魔法陣が広がり砕け散る。
光来は、その魔法を知っていた。射られた矢の方向さえ強引に変えてしまうほど、強力な風を巻き起こす『ヴィント』だ。
「シオン、吹き飛ばされるぞっ! 身を屈めろっ」
叫びながら、光来も素早く屈んだ。光来の判断は正しかった。しかし、吹き飛ばされるという予想は外れていた。
びっと空を裂く音が耳をかすめた。こめかみを冷たい何かが舐めていったような感触の後、鋭い痛みに襲われた。
「うああっ⁉」
「キーラッ」
光来のこめかみがぱっくりと割れ、おびただしい量の血が噴き出した。
「これは⁉ これも風か?」
こめかみを押さえながら、光来は自分の身に何が起こったのか考えた。
あのスカイブルーの魔法陣は、風の魔法『ヴィント』だ。それは間違いない。俺のこめかみを切ったものの正体は風だ。壁のような分厚い風の層ではなく、一点に集めて鋭利な刃物のような風を発生させたのだ。
同じ魔法でも、こんな変種も精製できるのか。他の魔法も、精製次第ではいくつかの違った効果を発生させられるということか?
どうする? この厄介な魔法に対抗する手段は……。
「ファントム……」
「えっ?」
いつの間にか、シオンが銃を抜いて狙いを定めていた。光来には、シオンの呟きが聞き取れなかった。
シオンは、迫ってくる看守数人に向けて連射した。青紫の魔法陣が生じ、発砲と共に砕け散った。光来が初めて見る魔法陣のパターンだった。
撃たれた者は衝撃に驚いてはいるものの、これといった魔法は発生しなかった。光来と同様、なんだ? と訝しんでいる。
最初、光来は魔法が不発に終わったのだと思った。しかし、なにか様子がおかしかった。
不思議そうな表情をしていた連中は、一斉に辺りを見渡し、驚愕している。そして、悲鳴を上げたかと思うと、誰かれ構わず銃を向けて乱射し始めた。
今度は、光来がシオンの放った魔法に驚く番だった。
あれは……? あれは、なにか見えているんだ。それも、とてつもなく恐ろしいものが。魔法で幻影を見せられている……。これが、たった一人でダーダー一家を壊滅させた力か。精神に入り込む魔法なんて……?
ファントムの毒牙にかかった者たちは、エンリィに向けても敵意をむき出しにした。
「来るんじゃねえっ!」
「やめろっ! くっそぉ、やめろぉっ!」
ひどく怯えた声を張り上げながら、ひたすら銃を撃ちまくった。
「これは……」
エンリィは、降って湧いたような混乱に驚くと同時に、光来たちに対する用心を深めた。
これは、あの少女が撃ち出した魔法の効果だ。混乱を来す魔法? これまで、一度も目にしたことがないものだ。あの小娘、オリジナル・ソーサリーを扱うのか。
「目標は飽くまでキーラだがっ」
エンリィは、シオンに向けてブレンネンとヴィントを立て続けに放った。
シオンは身を屈めて避けたが、ブレンネンの弾丸から発生した炎が、ヴィントの風に煽られ、爆発さながらの巨大な火球となってシオンに嚙みついた。
「きゃあっ!」
炎の勢いで、シオンが激しく吹っ飛ばされた。手放されたシオンの愛銃が地面を滑る。
「シオンッ!」
光来はシオンが落とした銃を拾った。シオンの腕を掴んで立たせ、遺跡の中に避難した。
振り向くと、エンリィが襲い掛かる看守や抵抗勢をなぎ倒し、遺跡に向かって近づいてきていた。光来は、焦りで思わず叫んでいた。
「それ以上近づくんじゃないっ! 俺たちは中っ、おまえは外だっ」
光来は、入口真上の天井に一撃放った。光来自身、夢中で気付かなかったことだが、天井を崩壊させ入口を塞ぎたいと強く思ったイメージが、シュラーフの弾丸をツェアシュテールングに書き換えた。
先程と同じく、着弾と同時に魔法が発動した。天井に亀裂が走り、落としたガラスのコップのように砕け始めた。瞬く間に瓦礫が積もり、入口を塞いだ。
「走るぞ。シオン」
光来は拾ったシオンの銃を渡した。その時、グリップに文字が刻まれているのに気付いた。光来には読めなかったが、それは『アルクトス』と彫られており、夜空の女神を意味する名だった。
リムの愛銃が『デュシス』で日没の女神、光来の愛銃は『ルシフェル』、つまり、明けの明星。朝を迎えるためには夜を越えなくてはならない。黄昏と朝の間である夜を担うことで、二人を繋げ助けてやれという思いを込めて、ワイズが刻んだものだった。
シオンは、アルクトスを受け取りながら、二度目の疑念を光来に対して抱いた。
キーラは、ツェアシュテールングを持っていた?
ツェアシュテールングが装填されていたなら、なぜさっきはワタシに弾丸を要求したのだろう?
彼の行動には一貫性がない。あと一つピースをはめれば完成するパズルなのに、最後のピースの形が歪ではめ込めない……。そんな違和感が湧き上がってくる。
キーラ・キッド。本当に彼を信用していいのか?
不安が呼び水となって、疑惑を招き入れる。
シオンは走りながら、光来の背中をじっと見つめた。
遺跡の中に入ったか。
タバサ・ハルトは、ここまでは予想の範囲内だと思った。
ダーダーの精神を支配していた時と同じで、ヘルシャフトの魔法を施した者を紛れ込ませている。その者の視界を通して、今、発掘現場がどのような状態になっているのかが伝わってくる。
ここは、遺跡を抜けたところにある拓けた空間。ズィービッシュが中庭と呼んだ場所だ。発掘現場の喧騒が嘘のように静まり返り、優しい陽光が降り注いでいる。別天地のような雰囲気だが、その大地は……。
傍らで屯していた数匹の虫が、タバサのそばを離れて、瓦礫の影に姿を消した。嫌悪感を誘う醜い生物の素早い動きを目に浸み込ませ、タバサは考えた。
これからどうする……。
必要なのはキーラだけだ。うまい具合に、リムとは分断してくれた。あとは、シオンという少女さえいなくなれば……。
「エイブロ」
タバサの呼びかけに応じて、一人の少年が歩み寄ってきた。
涼しげに微笑む口元。風にさらわれそうな滑らかな長髪。エイブロ・ループ。エンリィと同じく、タバサを狂信する『信徒』の一人だ。
エイブロには、他の人とは違う特徴があった。三日月のような切れ長の目。しかし、その目で光を捉えることができない。彼は光の祝福を受けずして、この世に生まれ出た。全盲の視覚障害者だ。
「キーラ・キッドが向かってきている。丁重にもてなしてやってくれないか。二手に分かれ、今は一人の少女と行動を共にしている」
タバサの声は、清流のようにエイブロの心に染み入ってくる。どんな美しい音楽よりも、エイブロを陶酔させた。
生まれてから一度も光を感じ取ったことはない。しかし、エイブロにとって、タバサは唯一信じられる『光』だった。
「分かりました……」
余計なことは一切喋らず、遺跡に向かおうとするエイブロの背中に、タバサは念を押した。
「殺すなよ」
エイブロは、ゆっくりと振り返った。
「……少女の方は?」
「ワタシが殺すなと言ったのは、キーラのことだ」
「……………」
エイブロは再び歩き出し、そして、遺跡の中へ消えていった。
「さて、ワタシも……」
その後姿が闇に消えるまで見送り、タバサはゆっくりと歩き出した。
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