第25話 冷たい再会

 リムとズィービッシュは、遺跡を奥へと進んでいた。岩山をくり抜いて作られた遺跡の内部は、ヒンヤリとするほど涼しい。所々から陽光を取り入れる工夫が凝らしており、薄暗くはあるが歩くのに支障はない。

 古の名工たちにより意匠を凝らされた壁面は、あちこちにひびが入り、欠けてはいる箇所も少なくない。しかし、ズィービッシュは感嘆の声を上げずにはいられなかった。


「自分の住んでいる街に、こんな遺跡が眠ってたなんて知らなかった。朽ち果てた穴蔵だとばかり思ってたよ」


 じっくりと観察したいが、リムはまったくの無関心だ。見向きもせずに速足で前進する。


「こっちで合ってるのか? えと……、リムっていったっけ?」


 複雑に入り組んだ通路を、リムは迷いもせずに進む。ズィービッシュは不思議に思い、質した。


「大丈夫。前に来たことがあるから」

「そうなのか?」

「もう十年以上前の話だけどね」

「ふうん……」

「あなたこそ、この街の秘密を知ってるみたいだけど、それって中庭に行けば分かるんでしょう? この遺跡の中も珍しがってるし、行ったことないの?」

「俺は……、話を聞いただけさ。実際に目撃したのは、この街の中心を担ってる奴らだ」

「話だけで、囚人のように言いなりになってるわけ?」

「だから、こうして行動を起こした。最初はタバサには期待したんだ。この街を救ってくれるってな。でも、実際はその反対かも知れない。今、中庭で起こっていることは、自然現象なんかじゃなく……」


 ズィービッシュの要領を得ない説明に、リムは業を煮やした。


「話が見えない。もっと分かりやすく言ってちょうだい」

「俺も混乱してるんだよ。なにがなんだか、さっぱ……」

「しっ、黙って」


 ズィービッシュがなんだ? と思う前に、リムはズィービッシュを突き飛ばしながら、前方に一撃放った。なにを撃ったのか、いつの間にか銃を抜いたのか、ズィービッシュにはまるで分からなかった。

 しかし、背後の壁からビシッと音が響き、続いてエンジェルブルーの魔法陣が拡がった。


「これは……?」

「ズィービッシュッ、壁から離れてっ」


 ズィービッシュは、弾けるように壁面と距離を取った。なにが起きたのか理解してではない。リムの叫びに只ならぬ危険を感じ取ったからだ。

 魔法陣が砕けると、真っ白い冷気が立ち込め、壁面は、まるで氷瀑ように凍結してしまった。


「なんだこりゃ? 凍っちまったぞ?」

「フリーレンの魔法……」


 ズィービッシュは驚愕し、リムは愕然とした。


「勘がいいな……」


 奥から聞こえてきたのは、感情の籠もらない少年の声だった。

 リムは姿が見えない敵に銃口を向け、目を凝らした。


「リム・フォスターか。なぜ父を追う? 家族の敵討ちか?」


 その台詞に、リムは衝撃を受けた。

 こいつ……、タバサ・ハルト?

 幼い日の甘い思い出は、瞬間的に苦みに取って代わった。


「……グニーエ・ハルトはどこ? 中庭にいるの?」

「答える必要はない」


 妙に余裕綽々な物言いに、リムは平静でいられなくなる。


「今、彼はどこにいるの?」

「ワタシが、父に不利になることを喋ると思っているのか? こういう場合は、腕ずくで聞き出すものだ」

「そうさせてもらうっ」


 リムはだっと駆け出した。


「おいっ、危ねえっ。挑発に乗るなっ」


 ズィービッシュは、リムを引き留めようとした。しかし、激情に駆られたリムには、ズィービッシュの言葉など入ってこない。

 ズィービッシュを置き去りにして、リムは遺跡の奥へ奥へと走り続けた。

 リムは視界の端に人影を捕らえた。しかし、タバサは入り組んだ遺跡を利用して、現れては発砲し、すぐに姿をくらます。神経を消耗させる一撃離脱型の戦い方だ。

 今のところ、フリーレンの弾丸しか使っていない。余裕をかましているのか、フリーレンが彼の得意の魔法なのか、それとも、なにか意図があるのか。


「…………」


 至る所が凍りついたせいで、ヒンヤリを超えて凍えるほど温度が低くなった。吐き出す息まで白く濁る。

 タバサの奴、離れている間にこんな陰湿な男になってたなんて……。でも、必ず追い詰める。ワタシの目的はあんたじゃない。グニーエ・ハルトだ。あんたを追い詰めて、必ず居所を吐かせてやる。

 冷静さを失いかけているリムは忘れていた。獲物を追う者は、常に追われる覚悟もしていなければならないことを。そして、重要なことを失念した者は、必ず落とし穴にはまってしまうものだ。

 逆に徐々に追い詰められていることに、リムは気付いていなかった。



 遺跡の中は薄暗かった。所々に日の光が差し込んでいるものの、場所によってはカーテンを閉め切った部屋のように心許ない暗さに覆われている。

 光来とシオンは、ちょうどそんな場所に差し掛かった。このまま進むには躊躇う暗さだ。

 光来は、ポケットからスマートフォンを取り出し、ライトを点けた。

 前方を照らすためにスマートフォンをかざした。そして、自分がとんでもない過ちを犯していることに気づいた。


「あ……」


 身に染み付いた行動は癖となり、無意識の行為に滲み出てしまう。そして、癖をなくすのは想像以上に至難の業だ。なにかあるとスマートフォンに頼る。この世界では悪癖とも言える行為を、光来は再び出してしまったのだ。

 後悔の念と一緒に怖々振り向くと、シオンが銃口を向けていた。


「シオン……」

「……あなた、いったい何者なの?」


 光来は、ごくりと生唾を飲んだ。耐えられないほどの静寂の中、二人は向き合う。


「……何者でもないよ。リムと一緒に旅するようになって、そして、君が加わって…」

「下手にごまかそうとしないで。ますますあなたが信じられなくなる」


 光来は少し迷ったが、今がその時なのだろうと自分に言い聞かせた。そして、リムにしか打ち明けていなかった秘密を喋り始めた。


「……シオン、君に知っておいてもらいたいことがあるんだ」

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