第26話 陽炎
リムとタバサの銃撃戦は続いていた。正面から向き合わず、追跡しながら撃つ者と逃げながら間隙を突く者の神経戦とも言えた。
互いに直撃は免れているものの、フリーレンの魔法は遺跡の中を容赦なく冷やしていく。寒さで身が縮こまり、動きが鈍くなり始めてきた。
いやらしい攻撃……。一緒に遊んでいた時は、もっと可愛げがあった。
あまりに遠い思い出に、幼少の頃のタバサの容姿は記憶の奥深くに沈んでしまい、浮かび上がらせることはできなかった。しかし、雰囲気だけは残っている。こんな、いたぶるような攻撃と、幼き日の彼とが結び付かない。
タバサにも、色々とあったということかしらね……。だからと言って、手心を加える気は毛頭ないけどね。
わずかに気配を捉えた。リムは素早く狙いを定めて、射撃しようとした。しかし……。
「うっ?」
撃鉄と引き鉄が凍り付いて、ビクとも動かない。グリップを固く握り、人差し指を力任せに引こうが、動かなかった。接着剤でがっちり固められたみたいだ。
「これで、銃は使えなくなった」
不気味な声が反響した。
「おまえが精製するブリッツは、なかなかに強力だと聞いたからな」
こいつ……。最初からこれを狙って……。
おぞましい殺気に、とっさに身を屈めた。
弾丸がかすめ、魔法が発動する。リムの腕に激痛が走った。
「ううっ⁉」
白い霜が腕を覆う。まるで放射冷却により凍った車のフロントガラスだ。血管が凍ってしまったのではないかと思わせる、針を何本も刺されたような痛み。筋肉が硬直して、上手く動かせない。
「まずいっ」
形勢は完全に不利だ。このワタシを追い詰めるなんて。迂闊だった。光来に言われた「焦るな」の一言を思い出す。
リムは態勢を立て直すべく、横に伸びる細い通路に飛んだ。しかし、その動きは読まれており、今度はふくらはぎに直撃を食らった。
「あっ!」
フリーレンが発動し、氷の牙が容赦なくリムに噛みついた。
腕に続き、脚の自由まで奪われたリムは、転がり込んで死角に隠れた。デュシスを凍らされては、反撃もままならない。身を隠すのが精一杯だった。
「まず魔法、それから脚を奪った。もう、おまえに勝機はない」
タバサの声が響く。それは、遺跡内を冷やしている氷よりも冷たい。
リムは、みぞおち辺りにジリッと熱いものを感じた。
「ワタシは、おまえの父親に家族と人生を奪われたんだ。魔法が撃てなくなり、脚が動かなくなったくらいで、挫けるかっ」
「リム」
いきなり前方から名前を呼ばれ、リムは反射的に撃てなくなったデュシスを向けた。
「おいっ、俺だよ」
通路を挟んで、対面に姿を現したのはズィービッシュだった。リムの後を追い掛けてきたのだ。
銃口を向けられ、ズィービッシュが、慌てて手をかざす。
「……いきなり現れないで。撃つとこだった」
「それじゃ、撃てないだろ」
ズィービッシュの冷めた指摘に、リムは一瞥をくれた。
ズィービッシュは、リムの隣に行こうと足を前に出すが、タバサの攻撃がそれを許してくれない。
「危ねえっ」
あと一歩前に出ればリムと接触できる。しかし、わずかでも動くと、そこを狙って弾丸が飛んできた。
遺跡内はますます白く濁る氷の世界へと変貌していく。
「寒いな。これも魔法の力か」
「あなたとお喋りしている暇なんか……」
リムの頭上の壁に着弾し、壁面に氷が這う。タバサは攻撃の手を休めない。
「このままじゃやばいな。リム。エンリィが使っていた炎の弾丸は持ってないのか?」
「ブレンネン? あるけど……」
「そいつをよこせ」
「あなた、今自分で言ったでしょ。これじゃ、銃は使えない」
「銃じゃない。弾丸をよこすんだ。そっちの腕が動くうちにな」
二人がやりとりしている間にも、フリーレンの弾丸が次々撃ち込まれていた。
「早くしろっ。あいつ、俺たちを氷漬けにするつもりだ」
「くっ」
リムは、ズィービッシュの考えが読めないまま、ブレンネンの弾丸をベルトから抜き、放り投げた。指先までかじかんで、感覚がなくなってきた。
ズィービッシュはそれをキャッチすると、壁が欠けてくぼんでいる部分に、喰い込ませるように挟んだ。
「なにを?」
「もうちょっと右にずれてくれないか。さすがに直撃はまずいだろ」
「まさか?」
「ようは、着弾すれば魔法が発動するんだろ?」
「ちょっ!」
ズィービッシュは、落ちていた瓦礫を拾い上げ、弾丸の撃針を思い切り叩いた。
撃鉄による衝撃と同様、弾丸は爆発という原動力を得て、リムの背後の壁を穿った。ファイアブライトの魔法陣が発生し、凄まじい炎が吹き上がった。炎は氷を贄とする魔物となって拡大する。リムのデュシスも高熱の炎に炙られ、瞬く間に凍結していたトリガーや撃鉄が動かせるようになった。
「なんてことをっ!」
ズィービッシュなりに機転を利かせたつもりなのだろうが、この結果は単に運が良かっただけだった。少しでも角度が違っていれば、リムは紅蓮の炎に焼かれ大火傷を負うところだった。
魔法に対して無知なズィービッシュだからこそ、実行できた突破策だった。ブレンネンの強力な火力を知っている者なら、思い付いたとしても行動には移せなかっただろう。
その過激なほどの威力に、ズィービッシュは唖然としている。
文句を言うのは後だ。
僥倖に助けられた結果だとしても、とにかくデュシスが撃てるようになった。
リムは気持ちを切り替えると、込められていた弾丸をすべて捨てて、素早くリロードした。装填するのは、すべてブレンネンだ。
「奥に避難しててっ」
「撃てっ、撃てぇっ!」
ズィービッシュが、叫びながら駆け出した。
「おおっ!」
リムは、狙いも定めずに炎の弾丸を連射した。
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