第27話 真実の報酬

 シオンは前を歩く光来の背中を見つめながら、状況を整理していた。彼が告白した内容は常軌を逸しており、理解の範囲を超えていた。

 こことはまったく異なる、違う世界からやってきた? 彼の世界は、こっちより文明がかなり進んでいる? 魔法はないが科学が発展しており、彼が持っている不思議な道具もその恩恵を預かった産物だと言う。科学とはいったいなんのことだ?

 口からでまかせを言って、煙に巻こうとでもいうのだろうか?


「それ……」

「えっ?」


 シオンが信じていないのが伝わるのだろう。告白してからの光来の態度はぎこちなかった。


「スマートフォンって言ったっけ? 遠く離れた人と会話ができるとか」

「……うん」

「じゃあ、リムと話してみて」

「こいつと同じ物を持っている人とじゃないと、それはできないんだ。いや、持ってたとしてもダメだな。こっちじゃ環境が整っていないから……」


 シオンは口元を歪めた。

 彼の言うことは、どうにも胡散臭い。もし本当なら、キーラの世界では魔法が使えないことになる。そんなことがあるのだろうか。


「ここより、文明が発達しているって言ってたけど……」

「……そう、だけど」

「どんなところが、こっちより優れてるの? 蒸気機関車より速い乗り物とか?」

「機関車なんかより、ずっと速いよ。電車っていって、電気の力で動くんだ。空を飛ぶ乗り物だってある」

「嘘。人が空を飛べるわけがない」

「本当だって。航空力学が……」


 光来は説明しようとしたが、途中で諦めた。彼にしたって、飛行機が飛ぶ理屈なんか正確には把握していない。スマートフォンと同様で、便利な道具があるから使っている。それだけで充分で、仕組みを理解しようと思ったことなどない。


「とにかく、飛べるんだ」

「キーラも飛んだことがある?」

「子供の頃に乗ったことがある」

「……気持ち良さそうね。」

「いや、子供の頃は怖いって方が大きくて……。そんなに気持ちいいもんじゃなかったよ」

「ワタシも飛んでみたいわ」


 シオンの口振りは棒読みで、明らかに信じていない。しかし、光来は上手く説明する術を知らなかった。光来の世界の話をすればするほど、こっちの住人には荒唐無稽に聞こえ、頭がおかしいと思われるかも、いや、もう思ってるかも知れない。

 シオンの視線が背中を焦がしそうだ。リムの言う通りだった。こんな話、まともに受け止めてくれる者なんて……。

 光来は、ふと思いついた。

 そうだ。ルーザに誓ったらどうだろう。あれでリムも信じてくれたのだ。


「ねえ……」


 光来が申し出る前に、シオンが呼び掛けた。


「さっきから迷わず歩いてるけど、なんで進めるの?」

「え……」


 光来はシオンに言われて、初めて気が付いた。そう言えば、この複雑な遺跡内を、一度も迷うことなく進んでいた。しかも、これで間違っていないという妙な自信がある。

 どういうことだ?


「これ……の、おかげ……かな?」


 光来はナタニアの首飾りを取り出した。しかし、例の金属音のような鈴の音など奏でていない。

 シオンが無言のまま見つめてくる。

 なにか論理的に説明しなければならないが、思い付かない。ごく自然にまばたきをするのと同じで、まったく無意識で進んでいた。

 説明が付かない自分の行動に、光来は首筋に蜘蛛が這うようなおぞましさを感じた。


「シオン……」


 これ以上、信用を失うわけにはいかない。しかし、シオンは、一度は収めたアルクトスを再び光来に向けた。


「近づかないで」

「シオン……」


 打ち明け方が下手過ぎたのに加えて、自身の説明できない行動。光来の胸中で、後悔の念がじわじわと広がった。


「死にたくなければ、壁際に寄りなさい」


 これ以上ないくらいの最悪の展開に、光来はなんとか納得してもらおうとするが、自分にも理解できないことをうまく説明できるはずがなかった。


「なあ、俺の話を聞いて……」

「あなたこそ、ワタシの言うことを聞きなさい。もっと壁際に寄るの」


 光来の声を遮るシオンは、飽くまで無感情だ。その異様な迫力に押され、光来は一歩、二歩と後ずさった。


「それでいい。それで狙える」

「おい?」


 シオンはいきなり銃口を光来から外し、通路の奥に向かって発砲した。

 同時に、シオンが撃った先から烈風が襲い掛かり、すばやく身をかわしたシオンの頬を裂いた。


「なっ?」


 光来は、ことの急展開に声を上げた。


「先回りされているっ」


 シオンは見えない敵に向かって連射した。数秒の間があった後、砂塵を上げて再び風の刃が襲ってきた。


「んっ!」


 シオンの腕や脚が切り裂かれる。シオンの後ろの壁面が深く切り刻まれ、烈風の威力を物語った。こんなものをまともに受ければ、手足なんか簡単に切り離されてしまう。

 シオンは、たまらず膝をついた。


「シオンッ」


 光来はシオンの盾となり、ルシフェルを抜いた。攻撃が仕掛けられた方に銃口を向けるが、敵の姿を捉えることはできなかった。

 くそ……。死角に隠れてるのか。あの風の刃は、エンリィという奴か? 奴が追い付いたのか。

 火になぶられる紙のように、光来の心がじりじりと焦げる。

 シオンは、光来の手を引いた。


「ここでは不利。風は目に見えない。一度身を隠した方がいい」

「立てるか?」

「浅く切れただけ」


 シオンは立ち上がり、光来の手を握ったまま駆け出した。

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