第30話 奇跡の使い方

 エイブロは銃声を聞き振動を感じた。嫌な予感が全身を貫き身構えた。しかし、その直後に起こった出来事は、エイブロの想像を超えていた。部屋の床が、ものすごい勢いで弾け飛んで砕けた。見えはしないが、コウモリやイルカがエコーロケーションによって物体の位置や距離を把握できるのと同じように、エイブロには一部始終が分かった。


「なにぃっ?」


 上階から落ちてくるべき相手が、いきなり床を突き抜けてきたため、エイブロは動けなかった。混乱して判断を鈍らせるなど、初めてのことだった。


「狙えっ! シオンッ」


 キーラの声がした。


「そこかっ?」


 エイブロは焦りながらも、光来に狙いを定めた。しかし、引き鉄を引く前に、頭上で銃声が轟いた。

 シオンが放った弾丸は、エイブロの胸に命中した。


「がふっ!」


 光を放つような青、イージアンブルーの魔法陣が弾け散ると、電流がほとばしった。


「ぐおおおっ!」


 焼け付くような痛み、引き攣っていうことを効かない身体。

 エイブロは電撃の魔法ブリッツを喰らったのだと理解したが、もう対処する術などなかった。膝から崩れ落ちると、そのまま怪物の大口のようにぽっかりと開いた穴に滑り落ちた。奈落に飲み込まれる感覚はあったものの、いうことを効かない身体では受け身も取れなかった。


「ぐあっ」


 エイブロは床に強か打ちつけられ、息が詰まった。ぱらぱらと頬に降り注ぐ細かい瓦礫が、ひどく不快感を誘った。


「う……が……」

「ぶぎゅっ」


 背後で、びたんっと重たいものを叩きつける音と、羽根が地面に落ちるような軽やかな着地音が聞こえた。


「着地が下手」

「仕方ないだろ。それより、どうだった? 飛んだ感想は」

「……あれを飛んだっていうの?」


 エイブロは再び慄いた。後ろで喋っているのは、間違いなくキーラ・キッドだ。息は苦しそうだが、声には余裕があった。それなのに、前方からもキーラの抑揚のない声が聞こえ続けている。


「きさま……。いったい、なにをした?」


 光来はエイブロの声を無視して、声の発信源に近づいた。


「よかった。壊れてない。最近のスマートフォンは頑丈だな」


 光来が言うと同時に、つぶやき声が止まった。


「これで、また音楽が聞ける」


 エイブロには、キーラが言っていることの百分の一も理解できなかった。


「……信じられん。離れた場所から同時に声を発するなど、あり得ない」


 信じられないのは、シオンも同様だった。

 キーラがスマートフォンと呼んでいる、手のひらサイズの四角い板が喋っていた。しかも、内容は先程キーラが一人で呟いていたものだ。それを何度も繰り返していた。

 戦いは勝利を収めたのに、シオンは緊張状態を解くことができなかった。


「きさま。こんな奇跡……。信じられん。神か、それとも悪魔か……」


 光来はスマートフォンをしまいながら、エイブロに向き直った。


「どっちでもないよ。ただの人間さ。けど、こんなことができるのは俺だけだろうね。この世界では」


 光来の意味深な言い方に、シオンの方が反応した。この世界。こことは異なった別の世界。彼が何度も世界という言葉を使うのは、もしかして、彼の言うことが真実だからか?

 光来は、普段の気弱な彼とは明らかに違う、重たい声音でエイブロに話し掛けた。


「目が見えないのか?」

「…………」

「タバサは中庭か?」

「…………」

「グニーエもいるのか?」

「…………」


 エイブロは、完全に沈黙で答えるつもりのようだ。

 光来は執拗に聞き出そうとは思わなかった。身動きすらできないのに、なおも戦いが終わっていないかのように闘志を剥き出しにするエイブロを見て、どのような手段を用いても、この男からタバサやグニーエに関する情報は得られないと踏んだ。


「俺たちは、これから中庭に行く。なぜか知らないけど、タバサは俺に用があるみたいだから」

「……行け。行ってタバサに会ってこい。それから、贄になるがいい」

「ニエ?」

「おまえなんか、タバサの目的を達するための道具に過ぎないっ」


 エイブロは、残された力を振り絞り反撃を試みたが、ブリッツの直撃を喰らった身体は、その戦意を四肢に伝えることはできなかった。

 自ら吐いた悪態に嫌悪感と敗北感を抱きながら、エイブロはそのまま気を失った。

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