第32話 決められていた邂逅

「キーラ・キッド」


 影が喋った。いきなり名指しで呼ばれた光来は、わけも分からず総毛立った。


「誰だ? なんで俺を知っている?」

「……おまえのことは、父から聞いていた」


 リムとシオンの視線が突き刺さった。二人とも説明を求める目だったが、説明してほしいのは光来も同じだった。

 父? なんだ? なにを言ってるんだ。あいつ?


「嘘だ。俺のことを知っているはずがない。おまえの父親なんか知らない」

「きさま……、よくもそんなことを」


 離れているにも関わらず、憎悪に当てられた。殺気の塊が弾丸となり、光来を貫いた。


「タバサァッ!」


 リムの咆哮が中庭にこだました。


「リム・フォスターか……。さっきのブリッツ、なかなかの威力だったぞ。ダーダーの時よりも深く同調していたから、危うく気を失いかけた」


 リムは、ボタンを掛け違えているような気持ち悪さを感じていた。先程のエンリィ同様、幼き日の面影を捉えることができない。顔は見えないが、全身から醸し出される雰囲気がかけ離れすぎている。しかし、グニーエのことを父と呼ぶ以上、彼がタバサであるのは間違いないはずだ。


「……グニーエはどこ?」

「違うぞ。リム。今話すべきは父のことではない。おまえの後ろにいるキーラのことだ」

「…………?」

「キーラ。おまえと直に会って確信した。やはり、おまえこそが……」


 再び、全員の視線が集まった。光来は、責められている気分になった。


「ディビドの無知な街人に、遺跡を漁らせても無駄だった。すべてを持っていたのはおまえだ。キーラ」

「なんだと? この野郎」


 ズィービッシュが凄んだが、まったく場にそぐわなかった。個人の感情など入り込む余地のない言葉の応酬。なに一つ聞き漏らしてはならず、余計なことを口走ってはいけない。

 しかし、光来は、強引に宗教に勧誘されているような薄気味悪さと、みんなから後ろ指を指されるような心地悪さを、タバサにぶつけて薄めようとした。


「だからっ。なんで俺を知ってるんだ? おまえも、おまえの父親とも、会ったことなんかないぞ」

「おまえが知らなくても、俺は知っている。よおく知っているぞ。ずっと前からな」

「…………」


 本当になんなんだ? タバサが発する言葉には、一言一言が薄気味悪い。液体のりを身体中に塗りたくられたような、べたつく気持ち悪さがある。

 タバサの気に圧し潰される光来を庇うように、リムが二人の空間に強引に割り込んだ。


「男に言い寄ってんじゃないっ。グニーエがどこにいるのか答えなさいっ」

「……俺が、父に不利になることを言うと思うか?」

「嫌でも吐かせるっ」

「リム・フォスター。おまえは、過去に囚われずに平凡に生きていればよかったのだ。これは、俺とキーラの問題だ。お前が入り込む余地などない」


 リムの頭に火花が散った。目の前が真っ白になるほどの猛烈な怒りに、意識が飛びそうになる。平凡に生きる? 人からその平凡な生活を奪っておきながらっ!


「ワタシの家族を殺したっ、おまえら親子が言えたことかっ!」


 リムはデュシスを抜いた。そして、素早い一撃を放った。虚無の地に憤激の銃声が響き渡る。狙ったとは思えないほどの早業だった。しかし、激高しながらも射撃に関しては冷静さを維持していた。リムの放った弾丸はタバサを捉えた。水晶のようなクリスタルブルーの魔法陣が広がり砕け散った。


「うっ⁉」


 タバサは上体をのけ反らせて一歩下がった。腰に装着していたメディスンバッグの留め具が切り裂かれ、落下した。斬激の魔法シュナイデンだ。リムは、通常この魔法をナイフに仕込んでいる。だが、強力なイメージさえあれば弾丸を形作ることも可能だ。


「ちっ」


 タバサは、階下まで落ちてしまったメディスンバッグに気を取られていたが、すぐに諦めたようにリムを睨んだ。


「その距離から命中させるとは……、凄まじい腕だな」

「次は腕を切り離してやる」

「ここでやりあうつもりはない。今は俺の分が悪いからな。逃げるとしよう」


 タバサは身をひるがえした。


「待てっ! 殺してやるっ‼」


 リムは罵ったが、光来は、タバサの引き方の鮮やかさに身が冷える思いだった。

 不利な状況では戦わない。状況判断ができず、闇雲に突っ込んでいく者より、よほど手強いと感じた。

 タバサが背を向けたまま、光来に話し掛けた。


「キーラ。俺はおまえを見ているぞ。これまで、俺を追っていたようだが、もう追う必要はない」

「なんだと? 俺がなにを持ってるって? おまえの狙いはなんだ?」

「…………」


 タバサは答えなかったが、リムはズィービッシュの推測が当たっていると確信に近いものを感じた。目前の光景は、リムを一瞬にして過去に引きずり戻した。古代の魔法を発掘し、徐々に常軌を逸していったグニーエ。それを心配し憂えた父。そして起こった惨劇。

 こいつは……、タバサは、グニーエの意思を継いで古代魔法を研究し、父親同様に憑りつかれているのか?


「『黄昏に沈んだ街』を、もう一度起こすつもり?」


 リムの発した、忌まわしさの象徴とも言える言葉は、その場を凍り付かせた。全員が、まさかと思いながらも、リムの発言が決して的外れではないと感じた。それは、中庭の惨状が明確に語っている。


「あれは失敗で起きた悲劇だった……」


 わけの分からない状況に放り込まれて混乱しているのに、自分を置き去りにして成り行きが進んでいく展開に、光来は思わず割り込んで叫んだ。


「待てっ。さっきからなんのことだ? おまえ、なにを言っているんだ?」

「キーラ。父の言った通りだ。おまえ抜きでは、俺は先には進めないらしい」

「タバサ……。おまえは?」

「俺を止めてみるか? キーラ・キッド」


 タバサは、遺跡の中に姿を消した。


「待ちなさいっ」


 リムが後を追おうとするが、ズィービッシュが腕を引っぱり止めた。


「無駄だ。向こうの遺跡も外まで繋がっているはずだ。追いつけない」

「くっ!」


 リムは、乱暴にズィービッシュを振り払った。そして、タバサが立っていた位置目掛けて、撃ちまくった。


「うあああああーっ!」


 弾丸がなくなり、撃鉄が虚しく空を叩いても、引き鉄を引き続ける。

 その姿は痛々しく、光来は止めることができなかった。ただ、見つめているしかできなかった。

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