第18話 過去が誘う
ノムグとニカラは、子供の頃から行動を共にすることが多かった。互いに声を掛けたり誘ったりしていないのに、気が付くと隣に立っている。そんな関係だ。だから、今回二人で見張りを言い付けられた時も、そろって「ああ、またこいつとか」と思った。
なにもしないで、じっとしているのは退屈なものだ。なにも事情を知らされず、強制的に振られた役割だ。尚のこと気が乗らない。
二人の見張りは、一時間と保たなかった。まず、ノムグがおしゃべりを始めた。最初こそ戒めていたニカラも、一言二言応じているうちに、つい話に興が乗ってしまった。なんの変化もないまま、時だけが経過する状況は、人の堅気さなど簡単に崩してしまう。
「なあ、この奥に、いったいなにがあるってんだ?」
「知らねえよ。けど、見張ってろってことは、見られちゃまずいもんだろ」
「見られちゃまずいもんって……、この奥には昔の発掘現場だけだぜ。しかも、もう鉱石は取り尽くしちまったんで、今じゃ誰も立ち寄らない場所だ」
「発掘現場だけじゃない。遺跡があるだろ」
「知ってるよ。けど、ほとんど土くれと見分けが付かない程、風化しちまってるじゃないか」
「そうだけど……、俺、聞いたことがあるんだ。なんでも、十年位前の話なんだが、魔法を研究している学者みたいのがいてさ」
「魔法の研究? なんだ、そりゃ?」
「今じゃ当たり前のように使ってる魔法だけど、その起源やら発祥やらを突き止めようとしてたらしいぜ」
ノムグは、魔法の起源を探ろうとした者の話なんて初めて聞いた。魔法なんて漏斗と同じで、あれば便利だろうが、使わなくても生活はできる。その程度のものだ。誰が一番最初に漏斗を使ったかを調べる奴はいない。雲を掴むような話だ。
ノムグはニカラの話に興味を持った。
「魔法の起源ねぇ。そんなの考えたこともないな。でも、今の話と誰も行かなくなった遺跡と、なんの関係があるんだ?」
「それがよ、その学者さんが、その場所に何度も通っていたって話なんだ」
「なんのために?」
「だから、魔法の研究のためだろ。魔法の起源を調べる過程で、廃れて使われなくなった魔法や、誰も知らない魔法なんかを発見したって話だ」
「わけわかんねえ話だな。魔法ってのは遺跡に埋まってるもんなのかよ?」
「そんなわけないだろ。おそらく、昔の文献や古文書を見つけたとか……、そんなんじゃないか?」
ノムグは「う~ん」と唸った。
「じゃあ、なんだ。今のこの状況って、魔法が関わってるのか?」
「どうなんだろうな? 詳しいことは、一部のもんしか知らないようだし……。なんにしても、俺たちがここに立ってる意味なんかねえよ。こんな場所、誰が来るってん……」
いきなり、ニカラが喋るのをやめた。
ノムグが「ん?」と思ったのと、ニカラが崩れ落ちるのは、ほとんど同時だった。
「おいっ? どう……」
ノムグが意識を保てたのは、そこまでだった。抗い難い睡魔に襲われ、あっという間に視界が闇に包まれた。
「たしかに意味ないわね。こんなに隙だらけじゃ」
いつの間にか、リムが崩れ落ちた二人の代わりに立っていた。その手にはシュラーフで形成された刃のナイフを持っている。
普段は、アイロンを掛けたばかりのシャツのように、ピンと張った陽気さを撒き散らし、そのものの言い方は、時には口うるさく感じるが、奇襲を仕掛ける時の彼女は、物音一つ立てない。獲物に襲い掛かる猫科の猛獣を彷彿とさせる、鮮やかな動きだった。
リムの奇襲が成功したのを確認し、光来とシオンは岩陰から出た。
「見事なものね」
シオンは、無表情で感心している。リムはナイフを腰の後ろに装着しているケースにしまい、ぽんと叩いた。
「銃だとどうしても音が出るからね。隠密に行動したい時には、こっちの方が使えるわ。シオンも一本持ってるといいよ」
「そうね。考えとく」
女の子同士の会話とは思えない。まるで、近所付き合いがある主婦が「あそこのスーパーで、半額セールやってたわよ」「うそ。売り切れないうちに行かなくちゃ」などとお喋りしているのと変わらない口調だ。怖い。実に怖い。
とても口には出せない思いを頭の隅に追いやり、光来は次の行動をついて意見した。
「この人たちの会話から考えるに、遺跡が残っている場所を目指すのが妥当だと思うんだけど……」
「どうやら、街の人たちが知られたくない秘密ってのは、そこにあるみたいね」
シオンが賛成してくれた。リムは黙っていたが、身をひるがえし歩き始めた。
「発掘された遺跡がいくつかある。一つだけ山の向こう側まで通じているものがあるの。きっと、そこが目指すべき場所よ」
光来と顔を見合わせて、シオンは疑問を口にした。
「前にここに来たことがあるの?」
「……ずっと昔に、ね。行きましょ」
リムの口調は、明らかに掘り下げられるのを避けていた。やはり、いつもに比べて歯切れが悪い。
「…………」
光来は、眠らせた二人の会話を頭の中で繰り返した。
十年前の、魔法の研究をしていた人物とは、リムの父親ではないのか。彼のパートナーだったグニーエ・ハルトは、古代の魔法を発見したのをきっかけに、様子がおかしくなったと言っていた。
かつて、父親とその敵かも知れない男が訪れた場所に足を踏み入れ、リムの頭の中では、様々な回想、後悔、疑念、怨嗟が渦巻いているに違いない。彼女の雰囲気が重たく感じられるのは、それが原因か。
そこに思い至り、光来は急に鼓動が早まるのを感じた。
「発掘作業を行う現場の手前に、作業員が寝泊まりする集落がある。まず、そこから攻める」
リムの、まるで全滅させるような口振りに、光来は焦った。
「待てよ。ナタニアのお兄さんがいるんだろ。上手く見つけられれば、手引きしてくれるんじゃないか」
「そんな都合よく見つかるかしら」
「そのためのこれだろ」
光来は自分の首に掛けたネックレスの鎖を摘んだ。ナタニアから託された、クエリの首飾りだ。
「街の中が妙に静かだった。結構な人数がこっちに張り付いると考えた方がいい」
シオンも光来と同じく、正面突破より隠密行動を支持した。
「そうだとしても、悠長な真似をするつもりはない。無茶をしようなんて思ってないけど、最短距離で行く」
「リム……」
「行くわよ」
「リム・フォスター」
光来のいつもと違う張った声に、リムは思わず足を止めて振り向いた。
「焦るな」
光来はリムの瞳をじっと見つめた。リムは目を逸らさず、真っ向から受け止める。
まただ。またそんな目をする。キーラの瞳は真っ黒なのに妙な温かさがある。そんな目でワタシを見ないでほしい。懸命に堰き止めているなにかが溢れ出てしまいそうになる。
「リム。これは勘なんだけど……。これから先は、君が今まで旅してきた道のりより、もっと深いものになる。最初の一歩を誤っちゃいけない」
「…………」
リムは黙って光来の言葉を噛みしめた。黙っていると、更に言葉を重ねてきた。
「今までは一人でなんとかしてきたんだろうけど、もう一人じゃない。俺もシオンもいる。だから、焦るな」
「焦ってなんかないよ。でも……ありがとう」
リムは再び歩き始めた。二人も少し遅れて付いてくる。
「焦るな」
父、ゼクテがリムに魔法の精製の仕方を教えた時に、何度も口にした台詞だ。
「焦るな。できるようになるまで、何度でも教える。何度でもだ。だから、焦るな」
こんな時にこんな場所で、父と似たような台詞を口にするなんて……。
リムの歩調が少し早くなった。
「リム。もっとゆっくり歩けよ。焦らないんだろ?」
「分かってる……」
リムは振り返らずに答えた。今、自分がどんな顔をしているのか分からないが、二人に見られたくなかった。
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