約束
参拝を終えた後、一同は屋台で購入した軽めの食事を食べてから軽く神社を回った。それなりに初詣を楽しんだ後は、屋敷に戻ることになった。
屋敷に戻ってからは、御手洗家では毎年恒例のゲーム大会が催された。ゲームなのは、茂がゲーム好きなのとみんなで楽しく遊べるからだ。
遊んだゲームはボードゲームやテレビゲームなど、多岐にわたる。全てゲーム好きの茂の私物だ。
今年は例年と違って由香里もいて、ゲーム大会は大いに盛り上がった。最近密かにゲームにハマっていた由香里は、とても楽しそうにしていた。
楽しいことをしていると、時間というものはあっという間に過ぎていくものだ。気が付けば、外はすっかり日が暮れている時間帯になっていた。
茂は屋敷に泊まらないかと勧めたが、由香里はやんわりと断った。流石に一泊するのは、気が引けたんだろう。
浬も、由香里が家に戻るのなら泊まる理由はないので茂の申し出は断った。
二人は茂たちに別れを告げてから屋敷を出た。帰りは、行きと同様車だ。
途中、由香里が買い物をしたいと言ったので、家の近くのスーパーで降ろしてもらった。今日は元旦だが、幸いなことにスーパーは二十四時間営業だったので普通に開いている。
由香里は明日以降の料理に使う食材がほしいそうだ。予め買うものはある程度決まっていたのか、買い物はすぐに終わった。
そして現在は、二人で購入した食材の詰まった袋を手に帰路についていた。思えば、こうして二人で買い物をしたのは婚約したあの夜以来だ。
時間にしてみれば三ヶ月ぐらいしか経ってないのに随分と懐かしく感じるのは、婚約してからの三ヶ月足らずの日々がこれまでの人生の中で最も目まぐるしいものだったからかもしれない。
黙々と家に向かって歩を進めていたが、その沈黙は由香里によって破られた。
「御手洗君、今日は素敵な時間をありがとうございました。とても楽しかったです」
「そう言ってくれると、誘った身としては嬉しいな……けど、爺ちゃんとか深雪は騒がしかっただろ?」
「ふふふ、確かに騒がしくはありましたけど、同じくらい楽しかったですよ。御手洗君は、騒がしいのは苦手でしたか?」
浬は「いや……」と答えてから、首を横に振る。最早浬にとって、茂と深雪が騒がしいのは好き嫌いの問題ではなく慣れたと言った方が正しい。
まあ茂の元気な姿を見れたのは、良かったとは思っているが。あれだけ元気なら、当分死にそうにはない。
由香里は屋敷での出来事を思い出したのか、クスクスと口元に手を当てて笑っている。その仕草は言葉以上に、今日一日楽しんでいたことを雄弁に語っていた。
「御手洗君の親族の方は、皆さんとても温かくて優しい方たちでした。みんなで集まって、他愛ないことで笑ったり怒ったりして……ああいうのを団欒と呼ぶのでしょうね」
「ただやかましいだけだろ」
「そんなことはありませんよ」
身内故の辛辣な浬の言葉を、由香里はやんわりと否定した。
「……御手洗君、私実は昔から一つだけ叶えたい願いがあったんです」
「願い?」
「物心ついた頃から、ずっとずっと願い続けてきたことなんです。それが今日、叶ってしまったんです。もしかしたら、今日初詣でお願いしたからかもしれませんね」
「……どんな願いだったんだ?」
今日一緒に初詣に行ったせいかもしれない。由香里の願いというのが、どうしても気になってしまった。
「大した願いではありません。私が望んでいたのは――今日のような団欒です。誰でもいいから、私のことを受け入れてほしかったんです」
「……そんなのが願いだったのか?」
「そんなの……ですか。御手洗君にとっては大したことなくても、私にとっては初めてのことだったんです……他人なのに、あんなに優しくて温かく迎えてもらえたのは」
由香里の言葉には、寂寥感のようなものが滲んでいた。
「……ふふふ、新年早々夢が叶ってしまいました。今年はいい年になりそうですね」
由香里は声を弾ませる。だが、
「あんなに焦がれていたのに、私の願いはこんなにも容易く手に入ってしまうものだったんですね……」
微笑みをたたえているというのに、由香里の表情はどこか悲しげだ。同時に、些細なきっかけで崩れ去ってしまいそうな儚さを感じさせた。
「叶うのなら、また来年も皆さんと一緒に初詣に行きたいですね」
「なら、また行けばいいだろ? 爺ちゃんも深雪も歓迎するに決まってる」
「私が婚約者じゃなくなったとしても……ですか?」
「それは……」
由香里の言葉に、口を噤んでしまう。二人の婚約は一時的なものでしかない。いずれ終わりが来てしまう。そうなれば、二人は婚約以前のように他人でしかない。
「……ごめんなさい、今の質問は意地悪でしたね。ですが覚えておいてください、御手洗君。私たちの婚約は所詮、偽物なんです。いつかは終わりを迎える、儚い関係なんです」
由香里の笑みが乾いたものに変わる。
そんな彼女の顔を見て、胸を引き裂かれるような痛みが走った。どうしてこんなにも胸が痛むのか、よく分からない。
ただ一つ分かるのは、由香里に悲しみに満ちた笑みは似合わないということだけだ。
「……九重、約束しないか?」
「約束? 何を約束するつもりなんですか?」
「来年も一緒に初詣に行こうって約束だよ。もちろん俺たち二人だけじゃない。深雪も明人さんも、あと今日はいなかったけど京子さんも誘おう。みんなで来年また、あの神社に初詣に行こう」
「…………!」
浬の言葉に、由香里は息を呑んだ。
「婚約者としてじゃなく、俺と九重が個人で約束をするんだ。婚約者じゃなくなっても、約束なら問題ないだろ?」
浬は普段と変わらない調子で言った。
次の瞬間、由香里は何かを堪えるようにして俯き、肩を震わせた。ただそれも僅か数秒のことで、顔を上げると潤んだ瞳で浬を見つめる。
そして片手の小指だけをピンと立てて、そのまま浬の前まで移動させた。
「御手洗君……指切り、してください」
「指切り? それって約束事をする時の指切りか?」
「はい、その指切りです。約束を守ると証明してください……次があると、信じさせてください」
由香里の言葉に切実さのようなものを感じ取り、浬は首を縦に振った。指切りぐらいで由香里の不安が取り除けるのなら、お安い御用だ。
荷物を持つ方とは反対の手を由香里の方へ伸ばす。由香里の細く白い小指と、自身の小指を絡める。ただそれだけの行為なのに、何だかかけがえのない行いをしてるように感じたのは、なぜだろうか。
「「…………」」
しばらくの間小指を絡めていたが、やがてどちらからともなく指を離した。
「御手洗君、約束はちゃんと守ってくださいね。嘘を吐いたら、針を千本飲ませますからね?」
「それは勘弁してほしいな」
由香里のらしくない冗談に、苦笑が浮かぶ。
それから家に着くまでの間、由香里は結んでいた小指を愛おしげに見つめ続けるのだった。
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