デート当日

 デートに行くことが決定してから二日後の日曜日。


 朝の十時前の現在、浬は開園前の遊園地に並んでいた。浬は一人だけで、周りに知り合いは一人もいない。


 本来なら恋人や家族と一緒に来るはずの遊園地に一人で並ぶというのは、中々目立つ。


 同じく並んでいる者たちは皆誰かしらの連れがいるせいで、一人きりの浬は居心地の悪さまで感じてしまう。


 誤解しないでほしいが、浬だって好きでボッチで開園前の遊園地に並んでいるわけではない。ちゃんとした理由がある。


「あ、御手洗君。やっと見つけました」


 ふと名前を呼ぶ声がした。ここ三週間ほどで、すっかり聞き慣れた声だ。


 誰なのか確信しながら振り返るとそこには、家を出る前まで一緒だった由香里が立っていた。


「九重、今来たばかりか?」


「いえ、十分ほど前に駅には着いてたんですけど、初めて来た場所なので迷ってしまって……お待たせしてしまいましたか?」


「いや、大して待ってないから気にするな。そもそも、まだ開園前だしな」


「そうですか、それなら良かったです。せっかく待ち合わせという形にしたのに、遅刻してしまっては申し訳なかったですから」


 実は二人は、この遊園地前で待ち合わせをしていたのだ。


 同棲中なのだから待ち合わせなんて面倒な真似をせず一緒に行くのが正解なんだろうが、二人はあまり一緒にいるところを見られたくなかった。


 というのも、一緒にいるところを学校関係者に見られでもして、おかしな噂を流されたらとても困るからだ。特に由香里は学校でも有名な美少女なので、同じ年頃の男子といるというだけでアウトだ。


 だからわざわざ家を出る時間をズラして、遊園地の前で待ち合わせをするという面倒なことをしたのだ。


「それにしても……今日は随分とその、オシャレしてるんだな」


「はい、今日は一応デートという体ですから……変ですか?」


「いや、全然変じゃない。むしろ……」


 由香里を上から下までざっと眺める。


 今日の彼女は黒のフレアスカートにグレーのニットを合わせた格好だ。スラリと伸びた白い足と、黒のスカートの対比が魅惑的だ。


 しかし何よりも注目すべきは、薄っすらと施された化粧。ささやかな化粧は元々優れていた容姿を、更に魅力的なものへと変えた。


 少なくとも、浬の視線は由香里に釘付けだ。


「その、凄くいいと思う。周りの男共に自慢したくなるくらい、可愛いぞ」


 貧困な語彙力を最大限駆使して、賛辞の言葉を由香里に送る。


「……口がお上手なんですね。もしかして女の子を褒めるのは、慣れてたりしますか?」


「まさか。女子の服装を褒めたのは、九重が初めてだよ」


 従妹の深雪は何度も褒めたことがあるが、あれは褒めないと拗ねるから仕方なくやっただけなのでノーカンだ。


 心の底から称賛したのは由香里が初めてなので、実質由香里が初めて服装を褒めた女子と言っても過言ではない。


「俺なんかと遊園地に行くだけで、そこまでめかし込むなんて思わなかったよ」


「御手洗君はなんかじゃありません。私の婚約者です。そんな風に必要以上に自分を卑下するものではありませんよ」


「あー……悪い」


 今の言い方だと、浬の婚約者である由香里も貶すことにも繋がるので一緒にいる彼女に失礼だ。


「それに御手洗君も、今日は普段より身だしなみに気を遣ってるじゃないですか。……見違えました」


「一応デートってことになってるからな」


 今日の浬は普段はボサボサの髪をワックスで整え、服もお気に入りのジャケットを着ている。


 いつもは身なりに気を遣わないが今日はデートということになっている以上、相応の格好はするべきだと思い、柄にもなく鏡の前で着ていく服で頭を悩ませたりもした。


 その甲斐あって最低限、由香里と一緒に並んでも恥ずかしくない程度にはなったと思っている。


「普段からそうしてれば、クラスの女子にもモテるんじゃありませんか? 男の子はみんな、女の子に好意を向けられたいと思うものじゃないんですか?」


「それは偏見だ。俺はそういうのに興味はない。それに服はともかくこの髪型は、毎日セットするのは面倒なんだよ」


 毎朝早起きして髪型のセットをするぐらいなら、その時間を睡眠に当てた方が有意義だ。


「何だかもったいないですね……とても素敵なのに」


「……褒めたって何も出ないぞ」


「そういうのを期待して言ったわけじゃないので大丈夫です」


 つまり、今のは本心から褒めたと言いたいのだろう。無論、そんな言葉を信じるほど浬は純真ではない。


 とはいえ、あまり容姿を褒められることがないので、お世辞だと分かっていても浬は妙にくすぐったい気持ちにさせられる。


 そんな感じでしばらく雑談で時間を潰していると、前の列の方に動きがあった。どうやら遊園地が開いたみたいだ。人がどんどん遊園地の中に吸い込まれていく。


 浬たちも流れに従い、数分後には遊園地内に入っていた。


「ここが遊園地ですか……とても広いですね」


 物珍しげに、由香里は周囲をキョロキョロと見回す。


「何だ、遊園地は初めてなのか?」


「はい、今まで一度も来たことがありません。御手洗君はどうなんですか?」


「俺は昔何度か来たことがあるな。まあもう随分と前のことだから、どこにどんなアトラクションがあるのかなんて覚えてないけどな」


 最後に遊園地で遊んだのは、まだ小学生になる前のことだ。記憶が薄れてしまうのも、当然のこと。


(あの頃は、両親あいつらもいたな……)


 昔の記憶に引っ張られる形で、両親のことが思い起こされる。苦々しい気持ちが、胸中で渦巻く。


「御手洗君? どうかしましたか?」


「……いや、何でもない。それよりも、これからどうする予定なんだ?」


 両親のことは、思い出したって何もいいことはない。


 嫌な気持ちを振り払い、これからのことを訊ねる。


「私、さっき言ったように今まで遊園地なんて来たことがありませんから、どういう風に遊べばいいのか分からないんです。ですから、御手洗君がこれからの予定を立ててくれませんか?」


「俺も最後に遊園地に来たのはかなり前だから、あまり当てにされてもなあ……何か希望とかはないのか? こういう感じのことがしたい……とか」


「そうですね……せっかく来たのですから、遊園地らしいことがしたいです」


「遊園地らしいか……」


 随分と抽象的ではあるが、その分選択肢が多い。


 ジェットコースター、メリーゴーランド、観覧車。パっと思いつくだけでも、これだけ候補が挙がる。入場時に配られたパンフレットを見れば、候補は更に増えるはずだ。


 今日は休日で人も多いから全部のアトラクションは無理だろうが、効率よく周れば閉園までそれなりに遊べるはずだ。


「じゃあ、とりあえず一番近いメリーゴーランドに行ってみるか。九重もそれでいいか?」


「はい、今日は御手洗君に全てお任せします」


 浬は由香里を伴って、パンフレット片手にメリーゴーランドへと歩き始めた。

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