遭遇

「メリーゴーランド、楽しかったですね。御手洗君は乗りませんでしたけど、良かったんですか?」


「俺は昔何度か乗ったからいいよ」


 遊園地に来て最初のアトラクションとして選んだメリーゴーランドは、由香里のお気に召したらしい。普段の冷淡なものに比べると、いくらか弾んだ声音をしている。


 遊園地は初めてと言っていたが、楽しんでくれたのなら何よりだ。


「それで、次はどのアトラクションがいい? あと一時間ちょっとで昼になるから、あまり待ち時間の長いものはオススメしないけど……」


「なら待ち時間の短いものにしましょうか。これだけ人が多いと、お昼のピーク時には飲食店は混雑しそうですから」


 遊園地内の地図の記載されたパンフレットを開いて、今後について二人で話し合う。


 その最中、不意に由香里は顔を上げて、ある一点をジっと見つめ始めた。


 浬はそんな由香里の様子を不思議に思い、彼女の視線の先に何があるのか確認してみる。


 すると、十数メートル先に着ぐるみの集団を発見した。種類は様々だが、全て何かしらの動物をモチーフにしてるのが見受けられる。


「御手洗君、あの着ぐるみの人たちは何なんでしょうか?」


「多分だけど、この遊園地のマスコットじゃないか? ほら、このパンフレットの表紙にもなってるみたいだし」


「そうですか……とても可愛らしいマスコットですね」


 言いながら、由香里の視線は着ぐるみ集団に釘付けだ。


「九重、もし興味があるのならもう少し近くで見るか?」


「え、いいんですか?」


 パっと瞳を輝かせる。普段の由香里からは想像もつかない、まるで幼い子供のような反応がちょっと面白い。


「興味があるんだろ? ああいうマスコットを見るのも、遊園地ならではの楽しみ方だぞ」


「そういうことなら、遠慮なく……」


 二人はマスコットの着ぐるみ集団の元へ向かう。


 様々な種類のマスコットがいたが、その中でも由香里が注目したのはファンシーなネコのマスコットだ。


 他のマスコットには目もくれず、ネコのマスコットだけをずっと見ている。もしかしたら由香里は、ネコが好きなのかもしれない。


 普段は何でも如才なくこなす由香里だが、やはり女の子。可愛いものには目がないようだ。


「九重、そんなに気に入ったのなら写真でも撮ろうか?」


「いいんですか? 仕事の邪魔になったりとかは……」


「大丈夫だろ。ほら、あそこの人とかはツーショットで撮ってるし」


 示した先には、マスコットに抱きついて撮影されてる女性客がいた。撮ってるのは同じ年頃の男性なので、きっとあの二人は恋人なんだろう。


 マスコットも抵抗せず撮影を受け入れてるのは、それが仕事だからだろう。


「それに写真なら俺が撮ってやるから、遠慮しなくていいよ」


「そういうことでしたら……」


 由香里はネコのマスコットの元へ向かい、声をかける。


 しばらくすると、由香里はネコのマスコットを伴って戻ってきた。どうやら撮影を了承してくれたらしい。


「御手洗君、これを使ってください」


「これは……カメラか? 随分と用意がいいんだな」


 由香里が手渡したのは、デジカメだった。


「父にデートした証拠として写真をいくつか用意しようと思って、持ってきておいたんです」


「そんなことまで考えてたのか、流石だな」


 由香里の準備の良さに感心する。


 早速撮影のために、由香里とネコのマスコットは横並びになる。


 そんな二人を、浬は少し離れたところからカメラの枠内に収める。あとはボタン一つで撮影は可能だ。


 浬の「はい、チーズ」と写真撮影時特有の掛け声と共にシャッターが切られた。


 撮影を終えると、浬は由香里の元へ向かい今撮ったものの確認を行う。


「これでいいか?」


「はい、とても綺麗に撮れてます。ありがとうございます……御手洗君」


 自分とマスコットのツーショット写真に、由香里は淡い笑みを浮かべる。


 由香里の笑顔を目にするのは、以前家事をしてくれてるお礼として渡したケーキを食べた時以来だ。


 滅多に笑わない可愛い女の子の笑顔、それも不意打ちとなると、その破壊力は押して知るべし。


 男の子な浬は今の自分の表情を悟られまいと、デジカメに意識が向いている由香里から顔を逸らした。






 目的の撮影は達成したので、二人はネコのマスコットにお礼を言って別れた。


 先程の続きで次のアトラクションを決めようと思ったが、いつの間にか三十分近く経過していた。マスコットとの写真撮影は、思ったよりも時間を食ってたみたいだ。


 今からアトラクションを決めて移動するとなると、昼食の時間に間に合わなくなるかもしれない。


 なので二人は、少し早めではあるが昼食を摂ることにした。


 パンフレットでこの場から一番近い飲食店の場所を確認し、移動を始める。


 しかし浬と同じような考えの者がいたのか、目的の飲食店に近づくにつれて道行く人が増えていってるような気がする。


 油断すると人とぶつかってしまいそうになるほどの人の多さだ。気を付けなければと気を引き締めたが、そう思った矢先に人とぶつかってしまった。


「わ……ッ!」


 ぶつかったのは小柄な少女。低身長のせいで視界に入らなかったのが、ぶつかった原因だろう。


 少女は中学生、もしくは小学生ぐらいの小さな体躯のせいで、体格差のある浬とぶつかった拍子にそのまま尻もちをついてしまった。


「だ、大丈夫か、君?」


 慌てて手を伸ばそうとした浬だが、その手は少女の顔が目に入った時点で動きを止めてしまった。


 そして伸ばそうとした手の代わりに、人の名前を口にする。


「……深雪?」


「あれ、カイ君? それに九重さんも、どうして二人がこんなところに……」


 浬とぶつかった少女――深雪は、浬と由香里を見て目を瞬かせる。


 従兄と学校でも有名な美少女の由香里が遊園地に、しかも二人一緒にだ。深雪の反応も理解できなくはない。


 だが、どうしてはこっちのセリフだ。


 深雪がどうして今日この時間に遊園地にいるのか。しかも由香里と一緒の時になんて、あまりにもタイミングが悪すぎる。


 ある意味一番見られたくない人間に、一番見られたくないところを見られてしまった。


「御手洗君……」


「カイ君……」


 二人の女子の視線が、浬に集まる。


 片方は浬にどうすればいいのかと訊ねる意味のもの。


 もう片方はどうして学校でも有名な美少女と二人きりで遊園地にいるのかと、説明を求めるもの。


「はあ……」


 遊園地に遊びに来ただけなのに、どうしてこんな面倒なことになったのだろうか。


 女子二人の視線を受けて、浬はそんなことを思うのだった。






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