従妹はニヤける

「それで、どういうことなのか説明してくれるよね? カイ君?」


 深雪と遭遇した後、立ち話もなんだからということで、ひとまず当初の目的であった飲食店に向かうことになった。


 早めに昼食を食べようと動いていたおかげか、まだ飲食店は混んでおらず待たされることなく席に案内された。


 そして現在は見ての通り、深雪は席に着くとすぐさま説明を求めてきた。


「あー、それはだな……」


 さてどう説明したものかと頭を抱える。


 だがいい案が出るわけもなく、浬にできるのは沈黙を保つことだけ。これは隣に座る由香里の同様だ。


 正直浬としては、深雪になら由香里が婚約者であることを話してもいいんじゃないかと思っている。深雪なら教えても吹聴はしないだろう。


 問題は由香里の方だ。由香里はクラスメイトというだけで、あまり深雪の人となりを知らない。つまり、浬のように深雪が吹聴しないと信頼できるほど親しくないのだ。


 それで深雪を信じろというのは無茶な話。


 本当にどうしたものかと途方に暮れる浬だったが、


「ねえねえ、黙ってないで答えてよ。どうして二人っきりで遊園地にいたのかな?」


 いつの間にか深雪が、ニヤニヤとからかい交じりの笑みを浮かべてることに気が付いた。


「……深雪、お前もしかしなくても分かってて訊いてるだろ?」


「あ、バレた?」


「バレバレだ」


 あんなニヤけ顔見たら、誰だって分かる。あれは答えに窮する浬を眺めて楽しんでる顔だった。


「まあカイ君に婚約者がいること自体は知ってたからね。そのカイ君が遊園地にいるのなら、一緒にいる女の子が婚約者だってことはすぐに想像がついたよ。その相手があの九重さんっていうのは、流石に驚きだけどね」


 そう言って、深雪は由香里に水を向ける。


「九重さんってさ、どうしてカイ君と婚約したの?」


「え……?」


 いきなり話を振られたからか、それとも内容に驚いたからなのか、はたまたその両方からか分からないが、由香里は目を丸くした。


「婚約したってことは、少なくとも婚約するだけの魅力をカイ君に感じたってことでしょ? カイ君のどこに魅力を感じたのか、私に教えてよ」


「ええと……」


 由香里の顔に困惑が浮かぶ。


 浬と由香里の婚約は、互いに利があったからこそ成立したもの。だから婚約者の魅力なんて言おうと思っても言えないはずだ。


 そもそも、浬自身に婚約するだけの魅力があるのかという話でもあるが。……深く考えると悲しくなりそうだったので、それ以上考えるのはやめることにした。


「おい深雪、変なこと言って九重を困らせるな」


 流石に由香里が可哀想なので、浬が二人の会話に割って入った。


「えー、いいじゃん。将来カイ君のお嫁さんになるかもしれない子なんだから、どれくらいカイ君のことを想ってるのか試すぐらいさせてよ」


「試すって、お前は何様だ。……九重、相手しなくていいぞ」


「は、はい……」


 深雪が「えー、つまらない……」と文句を垂れるが無視だ。


「それより、俺もお前に訊きたいことがある。どうして一人でこんなところに来てるんだよ?」


「どうしてって、そんなの遊びに来たからに決まってるじゃん。あと一人じゃないよ。同じクラスの友達と一緒に来てるから。まあ、今ははぐれちゃったから別行動だけど」


「なら、こんなところで油売ってる場合じゃないだろ。さっさと連れを探しに行けよ。向こうもお前を探してるはずだろ?」


 これ以上深雪にいられても迷惑なので、さっさと厄介払いしようとする。


「嫌でーす」


「おい」


「だって、せっかくカイ君と婚約者の九重さんに会えたんだよ? もっとお話しさせてよ。いいよね、九重さん?」


 深雪は浬ではなく、その隣の由香里に同意を求めた。


「ええと……」


 由香里は困り顔を作り、助けを求めるように浬の方を見る。


「だから、九重を困らせるなって言ってるだろ」


「じゃあここにいさせてよ。お昼ご飯食べたら友達探しに行くから、それまでの間だけでも……ね?」


「……本当に食事だけなんだろうな?」


「もちろん。私もデートの邪魔をするほど無粋な人間じゃないよ」


 ……嘘を吐いてるようには見えない。それに深雪が一度口にしたことを曲げるような人間でないことは、従兄の浬はよく知ってる。


「あー……分かったよ。昼メシだけだからな?」


 最終的には浬が折れる形となった。


 これ以上は何を言っても聞きそうにないので、これが最善だろう。


「九重、そういうわけだから、悪いけど食事はこいつも一緒でいいか?」


「はい、御手洗君がいいのでしたら私は別に構いません」


 話がひと段落したところで、三人は各々食べたいものを決めて注文した。


 注文を終えると手持ち無沙汰だからか、深雪は由香里に話しかけた。


「ねえねえ九重さん。突然だけど九重さんのこと、名前で呼んでもいいかな? あ、私のことも名前で呼んでいいよ。カイ君と苗字が被ってて紛らわしいし」


「は、はい、分かりました。深雪さん……でいいですか?」


「うん、いいよ! 私は由香里ちゃんって呼ぶね」


 深雪は多少困惑しながらも自分の名前を呼んでくれた由香里に、喜びを露わにする。


 深雪は割と押しが強いのでクールな由香里との相性を心配してたが、この様子なら杞憂に終わりそうだ。


 二人のやり取りを安堵しながら眺めていると、深雪が突然話を振ってきた。


「ところでカイ君、ずっと気になってたけど今日は随分と気合の入った格好してるよね」


「そうか?」


「そうだよ。お気に入りのジャケットだけじゃなくて、髪までイジるなんて本当に珍しいよ。どういう心境の変化?」


 深雪が好奇心を宿した瞳で見つめてくる。


 普段は格好に無頓着な従兄がオシャレをしていれば、気になるのは当然のことだろう。


「大した理由じゃない。ただ、俺が変な格好だと一緒にいる九重が周りから笑われるだろ。だから、九重と少しでも釣り合いが取れるようにしただけだ」


「つまり由香里ちゃんのためってこと?」


「……別に九重のためだけじゃない。デートだからっていうのも、理由の一つだ。デートなんだから、身だしなみに気を遣うのは普通だろ?」


 と弁解するが、この状況で言ってもただの照れ隠しにしか聞こえないから虚しいだけだ。


「由香里ちゃん、愛されてるねえ」


 ニヤニヤと笑いながら、深雪の視線が由香里に向く。


「ええと、その……」


 由香里の純白の肌に微かに赤みが差す。


 これ以上この話をされると色々面倒だと悟った浬は、話題を強引に変える。


「み、深雪。言い忘れてたけど、俺と九重が婚約したこと、誰にもバラすなよ?」


「えー、どうして? せっかくこんなに可愛い子が婚約者になったのに、自慢しないの?」


「そんなことしたら、学校で悪目立ちするだろ」


 学生の身で婚約、しかも相手は美少女の由香里ともなれば、間違いなく噂になる。そうなれば、今後の学校生活が不便になること請け合いだ。


「あー……確かに。学校のみんなが知ったら相当驚くだろうね。下手するとカイ君、嫉妬で男子に刺されちゃうかもしれないし」


「分かってくれたなら何よりだ」


 刺される云々は冗談だろうが、大体深雪の言う通りだ。浬も由香里も、面倒な騒ぎになるのは望んでない。


「でもタダってわけにはいかないかなあ?」


「……何が望みだ」


「そうだねえ……お昼奢ってくれたら黙っておいてあげる」


 イタズラっぽい笑みを作って、深雪はそんなことを抜かした。


 当然ながら浬に拒否権など存在するわけもなく、泣く泣く深雪に昼食を奢る羽目になった。




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