クリスマスの予定

「あー良かった。由香里ちゃんとカイ君のおかげで、何とか期末試験は乗り切れたよ」


 十二月上旬。期末試験から一週間が経過し、全てのテストが返却された。


 教室内には返却されたテストの結果に、歓喜する者、この世の終わりのような顔をする者など様々である。


「乗り切れたって、ほとんどギリギリじゃねえか」


 喜ぶ深雪と正反対に、彼女の答案に目を通して呆れるのは浬だ。


 深雪の答案は、どれも赤点スレスレの点数だ。よく赤点がなかったものである。


 浬と由香里があれだけ親身になって教えてこれだと思うと、呆れてしまうのも仕方のないことだ。


「ギリギリでも赤点回避できたんだからいいじゃん。何か文句ある? というか、人のこと散々言ってるけど、そういうカイ君はどうなのかな?」


「俺か? 俺は今回結構良かったぞ」


 深雪に自分の返却された答案を見せる。


 どの教科も、赤点スレスレの深雪よりもずっと高い点数を獲得している。平均すると、大体八十点後半だ。


 浬は成績はそれなりに優秀ではあるが、今回はいつもより良かった。勉強会は浬にもいい影響を与えたのかもしれない。


「むむむ……カイ君ズルい。私は死ぬほど頑張ってようやく赤点回避だったのに、どうしてこんなに高い点数取れるの……」


「普段から勉強してるからだよ。普段からちゃんと勉強しとけば、今回みたいに試験前に慌てることもないだろ」


「ふ……それができれば苦労しないよ」


 いい笑顔でバカなことを言う深雪。きっと三学期の試験前になると、また無様に慌てふためくことになるだろう。


 そして浬に泣きついて教えを乞うところまで、容易に想像できてしまった。


「そんなことよりカイ君、私由香里ちゃんに勉強会のお礼がしたいんだけど、何がいいかな? カイ君、由香里ちゃんの好きなものとか何か知らない?」


「九重の好きなもの? ……甘いものとかはどうだ?」


 浬が唯一知る由香里の好物を挙げる。


「甘いものか……そういえば由香里ちゃん、勉強会の時に出したクッキー美味しそうに食べてくれてたんもんね。うん、それでいこうかな」


 深雪は割とあっさり由香里へのお礼を決めた。


 由香里は遠慮しがちな性格をしているのでお礼と言われても断るだろうが、逆に深雪はグイグイいく性格だから押し切ってしまうだろう。


「あ、そういえばカイ君って今年のクリスマスはどうする予定なの?」


「クリスマス? 別に予定なんかないぞ?」


 何を言ってるんだこいつは、と呆れながら答える。


 クリスマスは恋人のいるリア充たちが楽しく過ごす特別な日だ。浬のような色恋に忌避感を持つ人間とは、無縁のイベントだ。


「……カイ君、クリスマスに予定なしって正気なの?」


「正気って、俺にクリスマスに予定がないのはいつものことだろ? 大袈裟な奴だな」


「いやいや、今年は由香里ちゃんがいるじゃん……! なのにクリスマスの予定がないなんて、絶対おかしいよ……」


 嘆かわしいと言わんばかりに、深雪は浬を責める。


 そこまで言われて、浬もようやく深雪の言いたいことが理解できた。


「……クリスマスはやっぱり、婚約者と過ごさないとおかしいものか?」


「うん、普通におかしいね。婚約者がいる身でクリスマスに何もしないとか、ふざけてるとしか思えない。お爺ちゃんが聞いたら、怒るかもよ?」


「だよなあ……」


 クリスマスに予定なしなんて、婚約者を蔑ろにしてると受け取られてもおかしくない。


 祖父の茂や由香里の父哲也辺りから、由香里との仲について疑念を持たれかねない。それは浬にとっても由香里にとっても、歓迎できるような状況じゃない。


「もう十二月なのに予定決めてないとか致命的だよ。どうするつもりなの?」


「むう……」


 残念なことに浬は恋愛経験皆無なので、クリスマスにどう過ごせばいいのか分からない。


 クリスマスの予定を考えるなんて、浬にとってはある意味試験問題よりも難易度が高いかもしれない。


「はあ、仕方ないなあ。勉強を見てくれた恩もあるし、私が相談に乗ってあげるよ。少なくとも、カイ君よりはまともな意見が出せると思うし」


「……助かる。ありがとな深雪」


「別にいいよ。カイ君じゃなくて由香里ちゃんのためだし」


 そう答える従妹の姿は、先程までと違いとても頼もしく感じられた。






 ――それから時が流れて、クリスマスの丁度一週間前。あと数日もすれば、学校も修了式が行われて冬休みに入るような時期。


 真冬特有の寒気の外とは正反対に、暖房効果で温かいリビングにて。


「なあ九重、来週の火曜日って暇か?」


「来週の火曜日ですか? その日は確か……二十五日でしたね。はい、特に予定はないですよ」


「ならその……一緒に出かけないか? 二十五日に」


「え……?」


 由香里が目をパチクリさせる。


 二十五日はクリスマス。そんな日に出かけないかと誘うのだから、由香里の反応は決しておかしなものではない。


 もちろん浬も由香里の反応は想定してたし、決して下心から誘ったわけではないので変な誤解を受ける前に事情の説明をする。


「ほ、ほら、二十五日はクリスマスだろ? クリスマスって恋人が一緒に過ごす日だろ?」


「……確かに、クリスマスはそういう日だと聞いたことはありますね」


「だよな? 俺たちって一応婚約者ってことになってるからさ、そういう日に何もしないのは色々とマズいと思ってるんだ」


「それは……そうですね。私たちの仲を疑われてしまうかもしれません」


 由香里も浬と同じ危惧を抱いたようだ。優等生なだけあって、理解が早い。


「だから変に疑われないよう、クリスマスにはどこかに出かけたいと思うんだ。九重も協力してくれないか?」


「そういうことならいいですよ。一緒に出かけましょう」


 事情が事情だけに、由香里はあっさりと頷いてくれた。


「それで、どこに行く予定なんですか? 私、これまでクリスマスは家で静かに過ごしていたので、あまり詳しくないんですけど……」


「それなら大丈夫だ。行く場所はもうこっちで決めてる」


「どこですか? 前回みたいに遊園地ですか?」


 浬は「遊園地じゃないな」と首を横に振る。


 流石につい最近行ったばかりのところを選ぶのは、適当すぎる。


 それに最近はかなり寒くなってきている。そんな時期に長時間並んで待つこともある遊園地は、風邪を引いてしまいかねない。


「今回は水族館に行こうと思ってる」


「水族館……ですか? それって海の生き物を鑑賞する、あの水族館のことですか?」


「その水族館だな。……嫌か?」


 クリスマスに出かける先として水族館を選んだのは、深雪と相談した結果だ。深雪曰く、水族館はデートスポットとして最適とのことだった。


 浬も特に案があるわけではなかったので、従妹の言葉に従うことにした。


「いいえ、嫌なんかじゃありません。私、水族館は行ったことがないので嬉しいです」


 由香里の口元に仄かな笑みが浮かぶ。言葉通り喜んでいることがよく分かる。


「そうか。なら来週は水族館ってことで決まりだな」


「はい、楽しみにしてます」

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