初めてのゲーム
二人で遊園地に行ってから一週間後の日曜日。その昼過ぎのことだ。
本日は学校のない休日だが、生憎の雨で浬は自室で暇を持て余していた。
今の浬には、特にやらなければいけないことはない。こういう時はぶらりと外に出て退屈凌ぎでもすればいいのだが、雨が降る中外に出るのはダルい。
浬同様自室にいるであろう優等生の由香里なら暇だからと勉強をしてそうだが、浬は由香里ほど真面目でもなければ勤勉でもない。勉強なんて試験前でもなければ、やりたくない。
さてどうやって暇を潰そうかと考えた末、浬は普段はあまりやらないテレビゲームをすることにした。
浬はゲーム機本体と数本のソフトを持って部屋を出る。自室にはテレビがないので、テレビゲームをするならリビングのテレビを使うしかない。
ゲーム機を落とさないよう注意しながらリビングに向かうと、エプロンを着た由香里がいた。エプロン姿から察するに、彼女は料理をしていたのだろう。
昼食は二時間ほど前に食べたばかりだから、恐らくしていたのは夕食の下準備。まだ夕食まで時間があるのに下準備をしてたということは、もしかしたら今日の夕食はかなり手間のかかるものなのかもしれない。
由香里は浬の存在に気付くとまず視線を彼にやり、次いで彼が手に持っているゲームに向けられた。
「御手洗君、手に持ってるそれは何ですか……?」
「ゲーム機だよ。暇だから、今から遊ぼうと思ってな」
「これがゲーム機ですか……初めて見ました」
好奇心を宿した瞳が、持っているゲーム機に注がれる。由香里が割と好奇心の強い人間だということは、先週の遊園地で学習済みだ。
初めて見たということは、やったことはないんだろう。今時ゲームをしたことがないなんて珍しいことだが、それが由香里となると何となく納得できてしまった。
「あー……興味があるなら、やってみるか?」
「いいんですか?」
「ああ、いいぞ。コントローラーも丁度二つあるから、二人でも遊べるしな」
色違いの二つのコントローラーを由香里に見せる。
「でも……私ゲームなんてしたことありませんから、上手くないですよ? それでもいいですか?」
「気にしなくていいよ。誰だって最初はヘタクソだ。そもそも、俺だってゲームは大して上手くないしな」
浬も普段あまりゲームなんてしないから、精々素人に毛が生えた程度の実力だ。
未経験者の由香里と、そこまで差があるわけではない。
「そういうことでしたら……」
迷惑でないことが分かると、由香里はエプロンを脱ぎゲームで遊ぶことに決めた。
浬は手早くゲームのコードをテレビに接続する。
「九重、どのゲームで遊びたい?」
「私が選んでもいいんですか?」
「初めてゲームをするんだ。自分で好きなのを選びたいだろ?」
浬が持ってきたソフトを由香里に見せる。ソフトは数もだけでなく種類も豊富で、様々なジャンルのゲームが存在する。
「たくさんありますね。御手洗君って、ゲーム好きなんですか?」
「いや、俺は別に特別好きってわけじゃない。そこにあるゲームはソフトも含めて、ほとんど爺ちゃんのだよ」
「御手洗君のお祖父様のもの……ですか?」
由香里が目を瞬かせる。
由香里が茂と顔を合わせたのは、二回のお見合いのみ。
だからあまり茂の人となりは知らないだろうが、それでも年寄りがゲームを持ってるというのは意外に感じただろう。
「ウチの爺ちゃん、ああ見えてかなりゲーム好きだからな。最近はあまりないけど、たまに家にゲームしに来たりもしてるぞ」
ゲーム機が持ち主の茂ではなく浬のところにあるのは、いつでも孫の浬と遊べるようにするためだ。
余談ではあるが、茂のゲームの腕前はかなりのものだ。少なくとも、素人同然の浬が勝てたことは一度もない程度には上手い。
「……っと、少し話が逸れたな。九重、どれで遊びたい?」
「あ……少し待ってもらえますか? 真剣に選びたいので」
どうやら初めてのゲームが余程楽しみなようで、由香里は真剣な顔つきでゲームソフトを一つ一つ確認していく。
数分の熟考の末、由香里が選んだのはキャラクターを操作してステージ内を動き回りゴールを目指すといった内容のアクションゲームだ。
基本は一人プレイだが、コントローラーが二つあれば協力プレイもできる。難易度もそこまで高いゲームではないので、ゲーム初心者の由香里にはピッタリだろう。
早速ソフトをゲーム機で読み込んで、ゲームを開始する。
といっても、由香里がゲーム初心者なのでまずは彼女に操作を覚えてもらうために、チュートリアルモードからプレイした。
最初は覚束ない操作だったが、ゲーム自体が初心者でもやりやすいことと由香里が飲み込みが早いこともあって、十数分もすると淀みなく操作ができるようになった。
しかも面白いことに、コントローラーを操る由香里はゲーム内のキャラクターの動きに合わせて身体まで動いてしまっている。見ていて微笑ましい光景だ。
「御手洗君? ジっと私の方を見てますけど、何か気になることでもありますか?」
「あー……九重は飲み込みが早いなと思ってな」
由香里がゲームのキャラクターの動きに合わせて動いてる様を微笑ましく思っていた、と口にするのは躊躇われたので、適当に誤魔化した。
由香里がある程度動かせるようになると、浬もゲームに加わり二人でゲームを始めた。
「やりましたね、御手洗君」
数分後、由香里は『CLEAR!』という表示がされたテレビの画面を前に、声を弾ませた。
最初のステージなだけあって簡単だったが、由香里は初めてのゲームクリアに嬉しそうに頬を緩める。
クリアした喜びを噛み締める由香里の笑みは無邪気なもので、普段の大人びたクールな表情とは違い年相応の愛らしさがあった。
きっと学校の男子たちは、由香里のこんな表情を見たことがないんだろうと思うと、ちょっとした優越感を抱いた。
「御手洗君、早く次のステージに行きましょう」
「ん、分かったよ」
由香里に促されて、ゲームを再開する。
「あ……また失敗してしまいました」
テレビの画面に『GAME OVER』の文字が表示され、悲しげなBGMが流れ出す。
しばらくは順調に攻略できていた二人だが、クリアする度に少しずつ難易度が上がっていき、とうとう攻略が行き詰まってしまった。
今のでゲームオーバーは三回目。たかがゲームとはいえ、これだけ失敗すればモチベーションも下がってしまう。
これ以上はストレスが溜まりそうだ。気分を変える意味でも、今やってるゲームはやめた方がいいかもしれない。
「九重、どうする? このゲーム始めて結構経つし、そろそろ他のゲームにするか?」
「いえ、もう一度挑戦しましょう。今度こそクリアしてみせます」
意外にも由香里は負けず嫌いみたいだ。今やってるゲームを続けるつもりらしい。今の由香里は傍から見ても、ムキになってるのが丸分かりだ。
ただムキになってる姿は、先程無邪気な笑みを浮かべていた時よりも子供っぽく見えて、これはこれで可愛らしい。
「クリアするまで諦めません」
由香里は意気込みを語り、四回目の挑戦を始めた。
それから都合七回のゲームオーバーを乗り越えて、二人は何とかステージクリアを果たした。
浬はコントローラーから手を離し、一息つく。
「ふう……九重、ちょっと休憩入れないか? ゲームも流石にずっとは疲れる」
「そうですね。とても楽しかったですけど、私も疲れました。お茶でも用意しましょうか?」
「お、悪いな。それなら俺はコーヒーをもらえるか?」
「分かりました。砂糖とミルクはなしで良かったですか?」
「ああ、それでいいよ」
浬の注文を聞き終えると、由香里は台所に引っ込む。
しばらくして台所から戻ってきた由香里は、二つのカップをテーブルの上に置く。片方は真っ黒なブラックコーヒーで、もう片方はミルクコーヒーだ。
由香里は甘いものが好きなので、ミルクコーヒーの方はミルクだけでなく砂糖もいっぱい入ってるだろう。
「九重、それは何だ?」
浬は由香里がコーヒーと一緒に持ってきたものを指差す。
「アップルパイです。せっかくなので、飲み物と一緒に持ってきました。御手洗君も食べますよね?」
「あー……そうだな」
浬はあまり甘いものが得意ではない。
だが由香里がせっかく用意してくれたのに、断るのも申し訳ない。
「なら少しだけもらってもいいか?」
「はい、分かりました」
由香里は大皿に乗ったアップルパイを切り分け、その内の二切れを小皿に分ける。
二人分のアップルパイが用意できると、すぐに食べ始めた。
「これは……」
アップルパイを口に運んだ浬は、目を見開く。
「御手洗君は甘いものが苦手みたいなので、甘さ控えめにしてみました。お味はどうですか?」
「……美味いな。この味、俺結構好きかも」
甘くはあるが、浬が不快感を覚えるほどではない。むしろ僅かな甘さは、浬の好みかもしれない。甘いものを美味しいと感じたのは、随分と久し振りのことだ。
「それは良かったです。わざわざ御手洗君の好みに合わせて作った甲斐がありました」
「これ九重が作ったのか? 九重が料理上手なのは知ってたけど、お菓子まで作れるなんて凄いな」
「特にやることもなかったから、退屈凌ぎに作っただけですよ。大したことではありません」
なんてことないかのように言う由香里だが、少なくとも浬に同じことはできそうにない。十分凄いことのはずだ。
「けど、よく俺の好みなんて知ってたな。教えたことあったか?」
「いえ、教えてもらったことはありません。ですが御手洗君は好きなものとそれ以外とで、食の進みが違うのは何度も見たので分かりました」
「え、そうなのか?」
自分のことなのに初耳で、目を丸くする浬。
「はい、そうですよ。御手洗君の食べるところは何度も見たので、間違いありません」
由香里は断言した。嘘を言ってる様子はないから、本当のことなんだろう。
(俺って、そんなに分かりやすいのか……)
自分の好みを完全に把握されてるという事実に、浬は妙な照れ臭さを覚えたのだった。
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