祖父に言われて婚約することになりました。相手は学校でも有名な美少女です

エミヤ

お見合い

 ――愛は永遠に続くものではない。ほんの些細なきっかけで、あっさりと崩れ去る儚いものだ。


 御手洗みたらいかいりがそう悟ったのは、小学三年生の春。両親が自分を置いて、密かに作っていた浮気相手と共に蒸発してからだ。


 それからというもの、彼は恋や愛というものに不信感を持つようになった。


 やがて不信感は確固たるものとなり、高校一年生となった現在では、一生恋人は作らないし結婚もしないと誓うようになった。


 しかし、そんな彼の鉄の信念とも呼べるものをあっさりと破壊する者がいた。


『浬、お見合いをしなさい』


「……開口一番に何を言ってるんだよ、爺ちゃん」


 いつも通り学校を終えて帰宅の途中のことだった。スマホに祖父である御手洗みたらいしげるから、電話がかかってきたのだ。


「爺ちゃん、とうとうボケたのか?」


『そんなわけあるか。失礼な孫だな』


「いや、いきなり電話してきたかと思えば、お見合いとか言い出す年寄りなんて、ボケてるとしか思えないだろ」


 浬はツッコミを入れる。


 茂はすでに八十歳を超える高齢者だ。ボケてしまっていても、何もおかしくはない。


『別にボケてはおらん、ワシは正気だ。正気でお見合いをしろと言ったんだ』


 きっぱりと言い切った。どうやら、本当にボケてはいないらしい。


「……仮にお見合いなんてしたところで、時間の無駄になるに決まってる。爺ちゃんなら知ってるだろ? 俺は一生恋愛も結婚もしないって誓ってることは」


『もちろん知っとるわ。だから、お見合いをしてくれさえすればいい。別に結婚や婚約をしろとは言ってないだろ』


 確かに茂はお見合いをしろとしか言ってない。婚約しろとも、ましてや結婚しろとは一言も口にはしてない。


 けれどお見合いとは、本来結婚や婚約を目的として行うもの。その気がないのにお見合いをすることに、果たして意味があるのだろうか? そもそも相手に失礼では?


「……それでも嫌だって言ったら?」


『そうだな……ワシも嫌がる孫に無理矢理お見合いをさせるほど非道ではない。その時は、大人しく諦めるとしよう。……ところで浬、今お前さんの生活費を出してるのは、誰じゃったかな?』


「……汚えぞ、爺ちゃん」


『ワシは目的のためなら、どんな手も使う男だ』


 孫の非難を、茂は軽く受け流した。全くと言っていいほど、悪びれた様子が感じられない。


 浬の両親は、今から七年ほど前に子供である浬を残して蒸発してしまった。それ以降、浬は生活費を祖父である茂から出してもらっている。


 仮に茂が生活費を出さなくなれば、まだ学生の浬はまともな生活を送れなくなるだろう。脅しとしては、これ以上ないくらい効果的だ。


 生活費を盾にされてしまえば、学生の浬には頷く以外の選択肢がない。


 それにしても、まさか茂がここまでするとは驚きだ。孫を脅してまでさせようとするほどの何かが、そのお見合いとやらにはあるのだろうか。


 もしそうなのだとしたら、茂の意図が気になる。


 というのも、祖父の茂はただの年寄りではない。現在日本において五本の指に入るほどの大企業、御手洗グループ。そのトップに立つ傑物だ。


 電話越しの声だけを耳にしたのなら好々爺という印象を抱くだろうが、実際はそんな生易しいものではない。八十歳を超えた現在も陣頭に立っていくつもの事業を手がけている。業界ではかなりにやり手として恐れられている。


 そんな祖父が半ば強引に孫である自分にお見合いをさせようとしている。まず間違いなく何かあるはずだ。


「……分かったよ、爺ちゃんの言う通りにしてやるよ」


 渋々とではあるが、浬はお見合いを受けることに決めた。


『おお、受けてくれるか。流石はワシの孫、話が分かる』


 歓喜の声を上げる茂。


 人のことを脅しておいて何を言ってるのやら、と浬は内心呆れる。


「それで、そのお見合いはいつするんだ? 俺としては学校が休みの土日だとありがたいんだけど――」


『お見合いは今日だ』


 浬の言葉を遮る形で、茂が告げた。


 浬の目が点になる。


「……は?」


『今から一時間後にお見合いをする予定になっておる。お前の家に車を寄こすから、それに乗ってこい』


「いや、ちょっと待て――」


『それじゃあ、待ってるからな』


 浬が最後まで言い切る前に、無情にも電話は切れてしまった。ツーツーという音だけが、浬の耳に届き続けている。


「……嘘だろ」


 いつも通りの日常からお見合いというあまりの急展開に、浬は嘆いた。






 浬が家に戻ると、家の前に黒塗りのリムジンが停車していた。茂の手配した車だ。


 茂の家とここまでの距離を考えると、電話を終えてからにしては車の到着が早すぎる。多分浬がお見合いを受けると予想して、予め車を向かわせていたんだろう。


 何となく見透かされてるようで面白くない。


 一応お見合いなので顔見知りの運転手に服装について訊ねたが、制服でいいとのことだったので貴重品以外は家に置いてから車に乗った。


 三十分ほど走行を続けた車が到着したのは、料亭だった。お見合いの場としては、最適だろう。


「おお、来たか浬」


「爺ちゃん……」


 車から降りた浬を迎えたのは、この場に彼を呼び出した張本人でもある茂だった。これからお見合いということもあってか、彼は着物姿だ。


「こうして直接顔を会わせるのは……大体二ヶ月ぶりくらいか? 元気にしてたか?」


「……まあ、ご覧の通りそれなりには元気だよ」


「そうかそうか。なら良かった」


 ニっと茂は満足げに笑みを浮かべる。


 そんな祖父に、浬はスっと目を細める。


「……というか爺ちゃん、何でお見合いが今日なんだよ。いきなりすぎるだろ。もし俺が今日予定があったら、どうするつもりだったんだよ……」


「いやあ、その点に関してはすまなかったと思ってる。本当はもっと前に伝えようと思ってたんだが、失念していてな。気付いたのが今日の午後になってからだったんだ」


「……それで当日の放課後になって連絡を寄越したってわけか」


 はあ、と盛大な溜息が漏れる。


「ほら、ワシってこれでも結構忙しいし……」


「だからって孫のお見合いのことを忘れるなよ……」


 お見合いなんて一生を左右する可能性もある大事なこと、できれば忘れてほしくなかった。


 茂が常日頃、老体に鞭を打って御手洗グループのトップとして激務をこなしていることは知ってる。故にお見合いのことを失念していたというのも、仕方のないことだとは思う。


 だからあまり強く責めるつもりはないが、文句の一つぐらいは言いたくもなる。


 不意に少し強い風が吹いた。


「……っと、外は寒いな。先方はもう来てるようだし、とりあえず中に入ろう」


 茂はブルっと肩を震わせてから、そう言った。


 今は十月中旬。冬はもう少し先ではあるが、すっかり日が沈んでしまった今の時間はそれなりに冷える。浬はそこまでではないが、老体に着物だけでは少々寒いかもしれない。


 浬は茂の言葉に頷いて料亭内に足を踏み入れた。


 二人は料亭の従業員に先導してもらいながら、お見合い相手が待つという部屋まで案内される。その道中、浬はお見合い相手について訊ねることにした。


「爺ちゃん、お見合い相手はどんな人なんだ?」


「写真を見た感じだと、可愛い娘だったぞ。浬と同じ高校一年生と聞いている」


「へえ、じゃあ俺と同い年なのか」


 同い年ということは、相手も未成年。お見合いに年齢制限があるわけではないから特に問題があるというわけではないが、高校生なら普通はまだ結婚を考えるような年齢じゃない。


 だから相手が同じ高校一年生だと聞いて、少しだけ驚いた。てっきり年上の女性が来るのかと思っていた。


 相手が同じ高校生なら、少しだけ気が楽だ。……まあお見合い相手というだけで、かなり緊張はするが。


「写真なら今も持ってるが、見るか? かなり可愛い娘だったぞ」


「いや、いいよ。どうせもうすぐ顔を合わせるんだ。直接見た方が早いだろ」


 なんて話をしてる間に、目的の部屋に着いた。


 この襖の向こうにお見合い相手の女の子がいるのかと思うと、少しだけ心臓の鼓動が早くなる。


 まず最初に茂が襖を開いて中に入り、浬もその後に続いた。


 室内には、すでに二人の人間が長テーブルの前に座っていた。


 一人は四十代と思しき中年男性。お見合い相手の父親だろう。浬も祖父を伴ってこの場に来たので、保護者がいてもおかしくはない。


 問題はもう一人の少女の方――つまりは浬のお見合い相手だ。


 彼女は学校の制服に身を包んでいた。きっと浬同様、学校が終わってから着替えずにそのままここに来たのだろう。


 腰まで届くほどの長さの艶のある黒髪。人形のように整えられた美貌。まるで雪のように白い、純白の肌。


 なるほど、確かに茂の言った通り可愛い女の子だ。こんな娘とお見合いができるのなら、世の男子は喜んで受けるだろう。そう思わずにいられないほど、お見合い相手の少女は美しかった。


 唯一問題点を上げるとすれば、それは、


「……九重?」


 お見合い相手の女の子が、よく知るクラスメイトだったという点だ。

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