第27話 没頭

涼しげな風が葉を撫で、緩やかに音を立てる。


草木が生い茂る中、月明かりが麗しきその褐色の肌を照らした。


瞬きの間、一瞬の隙間、彼女は消える。


彼女は泳ぐ、海中で泳ぐ魚のように地を泳ぐ。


彼女の名は『エマ・ウィルソン』。エクサバトラ王国の南端『アーガイルの角』に住む少数民族『アガヴンダ』。彼女はそこの獣の民『エラ・ウィルソン』の家庭に産まれた。


他の『アガヴンダ』と同じく聖霊『メェーニ』の庇護下の下、育った少女。


少女はある日の晩、緑光に誘われ、御聖体が鎮座していると言われる一本の木のもとに光に誘われやって来る


薄暗がりの中、光の主、聖霊『メェーニ』にある話をされる。


「昔、昔。遠い異国には荷馬車に両手では収まりきらぬ程の樽を積んだ『水商人』なる行商人が居た。


彼が訪れたのは廃れた村。


彼は今日も水を売り歩く。


「お兄さん、お水をおくれ」


みすぼらしい格好で骸骨みたいにしおれたじいさんが少ない財産を両手で差し出して、そう言った。


彼はその死にかけの老人に不快感を示す事なく、笑顔で水を差し伸べた。


彼から水を買った老人が口を開いてこう言った。


「水が体を満たし、腹を満たした。けれども、心は満たされない」と。


ならばと水商人は別の水を手渡す。


するとその老人は満足したように「ああ、ありがとう。満たされた」と、一言だけ呟いて消えた。


水の名は『フィゴロ』種類ある水の中でも見つけるのが困難な、水。

その水は村人達には、さぞ美しく見えたことだろう、なにせ飲んだだけで満足して死ねるのだから


『水商人』は旅をする、今日も今日とて人々を幸せにするために」


その話を聞いて、まだ幼い少女は首をかしげながらこう呟いた「よくわからない」と。


それを聞いた『メェーニ』は薄暗がりからつたを伸ばし、そのつたで酌を作った。

とくとくと空から酌に綺麗なお水を注ぐと「さ、お飲みなさい」と『メェーニ』は言った。


ある種の好奇心だったのだろう、少女は暗闇の中でも光るその酌に手を伸ばすと、こくこくと、飲み干した。


溶ける、溶ける。徐々に少女の姿は歪んで、意識は朦朧として。

けれども酷く『満たされた』そんな感じがした。


暗闇の中、つなが見える。切ってしまえば命が失くなってしまうような、そんな気がする。


「だ、め」


彼女はその綱を掴んで引き寄せた。


あらゆる生命の滴が流れ込む。


相変わらず彼女にはそれらの言葉は理解できない。


進む、進む。土を泳ぎ、洞窟に入る。


人は彼女の事をこう呼ぶ『人魚姫』と。


◇◇◇


焚き火の側に七人が集まる。

彼らの左手には鍋が入った器が添えられ、右手には二本一対になった棒状の物。東方出身の『箸』と呼ばれる道具が握られていた。


「うまっ!!ヒサカはん、めっちゃ旨いでこれ!」


「そりゃ、どうも。頑張って作ったかいがあったよ」


「修行でもしてたわけ?」


「修行はしてない。グルメ全般が趣味でね、あちこち歩いては食べたり、食材を買い込んで作ったりしてたから自然と色々覚えた感じかな」


「ふーん。中々腕は良いみたいだし、卒業したら家で雇ってやってもいいわよ、もちろん見習いからだけど」


「気に入ってもらえたなら良いけど俺には夢があるんで遠慮しとくよ」


「夢?言ってみなさいよ」


「一流の娼夫になって貴族に買って貰うの」


「臭い冗談ね。私達が目を養ってないとでも?仕草でまるわかりよ」


「ヒサカはん、嘘付く時、口角を若干つり上げる癖があるからな。

ま、それも嘘かもしれへんけど、下手な嘘の演技するくらいやったら『言いたくない』でエエんちゃう?別にレイラはんも責めへんで」


「バレバレかよ。ブラフにも気づくとかお前ら感覚冴えすぎ…どこで学ぶのそういうの」


「嘘を付くなら相手を見てから、上手に吐きなさい、片や貴族の娘、片やろくでなしの忘れ物。嘘つきなんて見慣れてるわよ」


長身でスタイル抜群のボブヘアのオカマ、エド・ブラウンが俺にそう言う。


「ろくでなしの忘れ物?」


「話せば長くなるで」


「じゃあ、いいや」


「聞けや」


「ほら、リー。熱いからゆっくり食べなさい」


「ふぁつっ」


「だから、言ったじゃない。気をつけなきゃ」


「おいしい」


「そっちも興味無しかいな、てか過保護やな」


「酒のつまみにでもしてやるわ。さっさと話なさい」


「酒ないけどな…まぁええわ。これはワイがまだ毛も生え揃ってない8才の頃の話や。当時、ワイにはギャンブル好きの父親とその父親が娼館で作った母親がおった。

仕事熱心なお袋から追い出されたワイは、必然的に親父の背中を見て育ってな、ま、毎日違法賭博やら八百長やらに手を染め上げてたわけや、勿論取り分はワイに5分の1。ワイが勝った方が多かったにも関わらずや。それが嫌ぁで反抗心から一石投じて普段なら乗らん大博打にせこせこ貯めた全財産を投じたわけや…そしたら何やえらい勝ってもぉてな、当時のワイはそりゃもうウハウハで。よう知りもしいへん、キャバのねぇちゃんの胸のなかで鼻血垂らしとったもんや。それが数日もせん内に親父にバレた。そしたらどうなったと思う?」


「問い詰められた?」


「そう、問い詰められた、「なんでお前みたいなガキが嬢なんかに会いに行けんねん」ってな。ま、ワイは口止め料として料金に色付けた値段を払ってたわけやから、入れた訳やねんけど、他の客に親父の知り合いがおったらしくて、まぁ潮時やったわけや」


続けてルーザーは語る。


「勿論、床に納めてあったワイの全財産は奪われて、親父はその金でギャンブルに行った。そしたら、大損かましてきてな。それからは絶不調で明日食う食事にも困る有り様になってきて、こりゃいかんって親父は盗賊落ちして、帰ってこぉへんなった。大方殺されて死んだんやろぉけど…ま、それからワイは生き延びる為に冒険者家業の裏でせこせこと稼ぎ方を学んできたわけ」


「ふぁあ…長くて。眠」


「ひどっ、興味なさすぎちゃう?」


「俺は口止め料云々の所までは聞いてたぞ」


「全然聞いてないやん!」


「それよりも、ヒサっち。ヒサっちが神楽ちゃんと仲むずまじい関係ってホント?」


アイザックが話題を変えて聞いてくる。


「なにそれ。誰に聞いたの」


「みんな、もっからの噂」


「もっぱらな」


「今の学園ゴシップはその記事で持ちきりだもんね」


「神童『御劔神楽』に熱愛疑惑!?

噂のお相手はあのヤリチン糞野郎ヒサカ・アルドレア!?って記事ならみた」


お肉を箸で持ち上げながらリラ・ルーシュが言う。


「ひでー記事だな、それ。けど、なんか根掘り葉掘り師匠との関係とか聞かれた気がするわ。適当に流したけど、あれって記事ネタだったんだ」


「で、どうなの、どうなの」


アイザックが詰め寄ってくる


「ゴシップに興味津々だな…ま、特になにもない。というか弟子にさせてもらっただけ」


「えー。なんだよ、おもんないな~」


「うるせ」


「けど、神楽が弟子をとるなんて、珍しいよ。結構前に一人居たけど、それ以来だし」


アルビーが口を挟む。


「神童の唯一の弟子。天下のミアット・ローズの事ね」


「ああ、『薔薇の君』とかって持て囃されてる東方被れかぶれの役者ね。決め台詞は『誰よりも、何よりも、僕よりも、ああ、君は美しい』だったかしら」


「なにその臭い台詞。俺でも言わない」


「あんたが言ったら鼻で笑ってあげる」


「ひでー」


「にしてもエマちん大丈夫かな?」


「大丈夫じゃないかな。エマはその、すごい魔術持ってるし」


「すごい魔術?偵察役スカウトマンじゃなかったっけ」


「エマは良くも悪くも特化型なのよ。確かに魔法のセンスも申し分無いけど、それ以上に得意な事があってね」


「ふーん。また聞いてみよ」


「そうしなさい」


「そういえば聞いてなかったけど、アルビー。あんた、この班を何基準で決めたの?」


「実力だよ。まずは斥候、これは言わずもがな、エマとルーザーだね。

両者とも他の人にはない才能を持ってる。エマは潜伏力、ルーザーは察知能力が非常に高い。

続いて、レイラとリーン。2人の戦闘能力は近距離と演距離の船頭役といってもいい。

次に魔術師二人。ヒストレイアは広範囲魔法の使い手、数で不利をとるときに有効になる。

エレノアは細やかな補助魔法が得意で、万が一、僕が使えなくなった時に指揮を任せられる。

次に盾役スカウトマン。ヒサカだね。ヒサカは引き付け役として優秀だし、めったに攻撃を受けたりしない。

アールソンはその恵まれた体で全ての攻撃を防いでくれるだろう。

エドは万能手オールラウンドとしてのサポートが優秀だし。

そしてアイザック。君には期待しているよ?」


「任せてー。って俺には何もなしはひどくない!?」


皆の笑い声があがる


「何にせよ。できる限りの精鋭を集めたつもりだ。

僕の総合順位が5位。それだけに死亡率は高くなる。今一度みんなに聞く。覚悟は、できているかい?」


俺は運が良かった。いや、師匠のおかげと言うべきか。あそこで師匠が『ヒサカは任せるぞ』と一言、言ってくれなければ、このメンバーの中に俺は居なかっただろう。


※第11話 夕食にて


メンバーは全員、250位以下。しかし、試験そのものの話を聞いた上で動き出した人物や、わざと成績を落としている奴、少しでも生存率を高める為に前々から彼らは選んでいた。


この男『アルビー・ハイド』を。それだけの価値、カリスマ性、安定感がこの男にはある。


「何のために貴様のチームに入ったと思っている。その程度の覚悟、遠の昔に決めている。

『美麗』貴様も何かあれば守ってやろう」


今まで口をつぐんできたメンバー、アールソン・カロがそのがっちりとした鎧のような姿を見せ、圧を放った。


「アールソン。君は相変わらず、頼もしいな。いざというときは頼むとするよ」


ドプリ


地面から這い出る者が一人


「エマ!!」


俺はその姿を見て叫ぶ。全身が泥を被ったみたいに、泥々に染まって崩れかけている。


「男子!!後ろを向きなさい」


「言われずとも向いてる」


半分崩れかけていたその泥の姿が徐々に元の形に戻っていく。


姿を表したのは『エマ・ウィルソン』彼女はどっと疲れたように膝をついた。


☆☆☆


エマを除く、残りの二人は監視に付いてる

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ダークリップの口付け後に Healios @jyking

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