第21話 師匠として弟子として

静かに師匠は剣を収める。


「死を意識しているのはお前の良いところでもあり悪いところでもある。大抵の奴は死ぬ間際まで自分が死ぬと自覚さへしない。何故ならば他人と自分を違う存在として捉えるからだ、私達が特別足り得るのは単にまだ己が死んでいないからに過ぎない。その点でお前は自分が特別だと一欠片も思っていない。正直イカれている、だがそれがお前の良いところだ。

大事にしろ、その感情を、お前は死なないために戦場に立つんだ」


「はい」


「いいか、私がこれから教えていくのは死を経験するための技だ。死地を正しく見極め経験する、それこそがお前が学ぶ流派だ。心しておけ」


「はい」


ここからが本番なのだと心が訴えかける。徐々に迫る恐怖、それを俺は静かに飲み込んだ。


◇◇◇


夜、リオは洗面所の前で珈琲を作ろうと湯を沸かしていた。


「リオ。聞きたい事がある」


「なんだ?」


「御劔神楽ってどんな人?」


リオは片手に持った湯を置き、テツヤに目を向ける。


「テツヤまさか、あの女のことが…気になるとかじゃ、ないよな?」


「はぁ、そうだとしたら、リオに相談しないよ」


「そう、だよな。そうだよな。それで、神楽の事だったな。あれは一言で言うと剣だ。剣のように鍛え上げられた女というべきか」


「剣?」


「そう、東方の軍事貴族の出でな。幼い頃から父に引き連れられて戦場を渡り歩いていたらしい」


「そんな前から…」


戦場を知っている貴族のリオと戦争を知らないのテツヤには精神的な強さの違いのようなものがある。


リオは友人の死に様も自分の死に際も経験してきたからこそ分かる。

強くはなれた、けど、血で錆びついた心は戻らなくて、昔の自分の甘さは失くなって。

そのうち頭が冴えてくる感覚に陥ってしまった。


テツヤはそのどちらも経験したことはない。それゆえにテツヤには戦場の事はわからないのである。


「才能の塊みたいな奴だよ、あいつは。

父親である宗玄氏はそれを分かってたんだろうな。酷な話だとは思うが、あれを見てると仕方ないとも思う。なにせ戦場でしか生きられないような女だ。たとえ、争いを避けても争いの方からやって来る」


「そう、なんだ。実は、友達が神楽さんに弟子入りしたらしくて、最近傷が増えてきてるのを見てるもんだから、大丈夫かな、って心配で…」


「その友人とやらは、なんか、言ってたのか?」


「御劔さんの方も死なない程度に加減はしてくれてるみたいだし本人も「まぁ大丈夫」とは言ってたから大丈夫だとは思う。けど毎回のように傷は増えてくるし、全身が傷だらけで流石にみてられなくて…」


「そう、か。そうなのか。それは、良かったな」


「良かった?」


「この世で一番強いのは間違いなく御劔神楽みつるぎかぐらだ。その神楽に教われるってことは、多少の痛みが伴おうと釣りが来る。ま、それだけ光栄ってことだ」


「え、最強は『王剣』ハイルズ・メルスタシスじゃないの?」


「あの人は確かに圧倒的だけど、神楽ほどじゃない。あれは『王剣』だから最強なんだ」


「王剣?」


「その二つ名は物として付けられた二つ名だ。それに人の意識は介在しない」


「それって、どういう…」


「王の剣は持つものを選ぶ。故に王に選ばれた者のみが王の剣となりて『王剣』と名乗る事を許される。

あれは人に付けられた名前じゃない、物に付けられた名前だ」


「人を物のように扱うなんて、趣味が悪い…」


「そう言ってやるな、お姫様。いや、陛下にとっちゃ、心底愛用している刀なのさ」


レオはふとあの日の笑顔を思い出す。

忠義を誓い、花束を渡したら時に満面の笑顔で「ありがとう、うれしいわ」とそう言ってくれた事を。


「まだ、未練があるの?」


「あ?どうしてそう思う」


「少し、寂しそうに話すから…」


「バカ、今はお前が全てだよ」


「じゅあ、今夜も抱いてくれる?」


テツヤの側に寄ったレオは、ふっと笑みを浮かべ、そっと頭に手をやり、テツヤに口付けをする。そして耳元に甘く囁いた。


「仰せのままに。mon amour」


レオは思い出せない。あの時重ねた肌の感触もあの華奢な身体の熱も。


あるもの全てはこの純粋な私の愛だけに。

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