第4話 善意の意味

店を出てから暫く歩き続け、ようやく着いた銭湯に今現在ゆったり浸かっているわけだが、ルカの姿はそこにはない。


銭湯に浸かって真昼は少し考えに耽る。


1、2と指を折るようにして貰った善意の数を数え始める。数が多いだけ大きな目的がある。

人間は等しく打算的というわけではないが真昼という人間は元来そちら側の人間だ、偶々自分が騙す側に廻っていただけで今年大吉が出れば次の年には凶が出るようにいつ立場が変わってもおかしくない。


だからこその観察と経験則が役に立つ。見極め、嵌めて、食らい付く。それこそが日下部真昼という人間の悪意だ。


(異世界…異世界…謎の少年少女…飯と風呂…俺に興味があるのか?それとも俺を試しているのか…)


どちらの可能性にも、もたらす解答が見えない。まだ知り合って間も無く、又、異なる世界の来訪者と言うだけの立ち位置の今では打開策も浮かばない。

だからこその怖さが残る。知り合いでもなく、ましてや恋仲でもない、赤の他人に慈悲を与えたのだ、これが恐怖せずにいれようか。


考える程に真昼は恐怖に怯えさせられ困惑する、そもそもあいつは何者だ、と。


◇◇◇


「いやいや。待たせたな。さ、次どこ行く?」


逃げ場がなく、隠れるように銭湯を出た俺は門前で待っていたルカに気軽に声をかける。平静を装ってはいるが内心は素直に逃がしてくれないものかと思うと同時に、疑いの芽も晴れない。


「偉く怯えてるね。どうしたの?」


ひたりと頬にルカの冷たい手が触れる


「あ?何で怯える必要があるんだよ。そんな事無いし」


「そう?じゃあ。行こうか」


ルカが次の目的地に向かって歩きだす。その後を追うように真昼も歩みを進める。


何かあれば声をあげて動揺した隙に逃げればいいだけ、そんな甘い対策が後々にまで渡る後悔を残すとも知らずに。


ルカの後を着いていくと途端に景色が変わる。空間が歪んだ形跡は無い、何が起こったのかまるでわからない。

さっきまでここはあらゆる建物が立ち並ぶ街内だったはずだ。


真昼は驚きに目を見開き立ち止まり、周囲を訝しむように見渡す。

草原だ、草木で覆われ木が全くない、見覚えも何もない。


(そうだ、ここは異世界だ)


そんな予想できたであろう失念が動揺をもたらす。


「これは…」


「何、驚く事でもない、ただ空間を繋いだだけだ」


「なるほど、どこでもドアみたいなモノか」


「どこでもドアというのは残念ながら知らないが、まぁそういうものだ」


どうやら、この世界も異世界ムーブメントに漏れず当たり前のように魔法が使かわれているようだ。


「少し歩こう」


「あ、ああ」


ルカの言葉に従い背を追うように歩きだす。


「君はあの街。クルサイドの出身かい?」


「生は違う。俺はこことは違う別の世界で生まれた」


多少リスキーな情報だが、いずればれるか服装や先程の世間知らずな言動でもうばれているか。なんにせよ異世界から来たという事なんて魔法が存在する世界ならばどうということでもない。むしろ円滑に事を進める為には必要な情報提供だ。


「へえ。それは興味深いね」


それは未知に対する探求心によるもなのか、こちらに振り向いたルカの目が少し輝きを増したように思える。


「先程の言動から推察するに、君の世界には魔法という概念はなかったんだね?」


「ああ。その通りだ」


「風呂の概念と食事の質もあるとなると…原始的なやり方で魔法を使わずに発展したのかな?なるほど。君は…いや、君の中にある情報は中々面白そうだ」


本性はこちらという事だろう。


「それが目当てという訳でも無いだろう。さっさと本題を言え」


「せっかちだなぁ君は。では単刀直入に…実は君にはやって貰いたい事がある」


「やって貰いたいこと?」


後ろ姿からではルカの表情は読み取れない。しかしルカを包む雰囲気が少し変わった気がした。


「ああ。この国の…いや、エクサバトラ国近衛騎士『王剣』ハイルズ・メルスタシスを殺してほしい」


「は?」


頭の中が暗雲とした不安に襲われる。つまりこいつは…


「そう。君には人殺し。それも最強を殺して貰おう」


「へっ…」


だくだくと止まらぬ汗が真昼の不安を色濃く表した。もしかしたら俺はとんでもない事に巻き込まれてるかもしれないと今更ながら本気で怯えたのだった。

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