第3話 空いたお腹にカスレはいかがですか?

数日後。ようやく俺は死ねるようだ。そう確信し、ゆっくりと眼を瞑った所に突如として甘い、甘い。そう、女の子の唇のような感触とチョコレートのように甘い味が舌の上で溶けた。


「……あ?」


驚いて俺は両目を見開いた。そこには絶世の美人。そう聖女マリアよりも少し大人でビヨンセよりも可憐で、モナリザよりも中性的な男とも女とも結び付かないような誰かが目の前で様子を伺うように俺を見つめていた。


「大丈夫?水、のめる?」


「かわいいなおい!」


とてもシンプル。しかし、俺の脳内は目の前の存在で満たされた。明るい緑色の髪はミディアム、肌は純白、目はパッチリとアクアマリンのように綺麗。その吸い込まれそうな視覚への衝撃に俺は動揺を隠しきれない。


突如として放たれた第一声にびっくりしたのか変人と関わってしまったと言わんばかりの表情で彼?彼女?は後退りをする。


「あ、ああ。ごめんごめん。そんな引き下がるなって、怪しいもんじゃねーよ。いや、これは余計…いやいやそんなことより、助けてくれてありがとうございます。所で…誰?」


チョコレートのような食べ物。それのお陰なのだろうかさっきまで動くことも出来なくなっていた体が少し回復した気がする。


「動揺しすぎでしょ、お兄さん。それにそれはこっちの台詞だよ?ここいらじゃ見かけない風貌だし、今にも死にそうだったから助けたんだけど…みた感じ全然元気そうだし、もういいよね?じゃあ」


そう、言い残すと彼?彼女?は翻ってどこかに帰ろうと、する。その腕を俺は掴んだ。


「待って!」


我にもすがる気持ちで掴んだ腕に彼?彼女?はかなり嫌そうな目付きで俺を見つめてくる。


「いや、その……えと、実は俺、家なし、子なし、金無しなわけなんだけど…。良かったら拾ってくれない?」


「ごめんなさい。家、ペット禁止なんで」


「お願い!!ハウスメイドでもなんでもやるから、助けて下さい」


我ながら哀れだと思うが両手を合わせ懇願する。


「残念ながらハウスメイド雇うほど裕福じゃない」


「お願い。素泊まりでも何でもするからお願いします」


「厚かましいなっ」


少年?少女?は長いため息を付きこちらに向き直る。


「私はルカ。君は?」


「俺は、日下部 真昼」


「じゃあ真昼。一応言っておくけど着いてきたからといって立派な寝床も上質な食事も用意してあげられないよ。それでも良いなら着いてきて」


「ありがとう!恩に着るよ」


その返事を聞き終えるとルカは悠然と歩き出す。その後ろ姿を追いながら俺は貧民街を出た。


「どこへ行くんだ?」


「お腹すいてるんでしょ?」


「え?何か食わせてくれんの?」


「ペットの餌くらいのお金はあるからね」


「そりゃ、どうも」


彼女の背中に付いて行くと夜の街を抜け、城下町へ躍り出た。


「着いた」


背中を必死に追っていて気づかなかったがいつの間にか目的地に着いたようだ。


そこは人の賑わう城下町の中に数ある食事処だ。


早速店内に入り席に座る。数分もすると店員らしき人が水を運びにやって来て小さくお辞儀をし、またカウンターに戻っていった。


その世話しない姿はとても繁盛している事が分かる。

席も大半が埋まっている。


「何頼む?」


差し出されたメニューを手に取り一度目を通す、が、やはり読めない。文字が日本語でも英語でもフランス語でもなくどことなくアラビア語に似ている事だけは分かるが残念ながら浅学な身では感じる事しかできないようだ。


「ごめん。読めない」


「右からムニエル、キッシュ、フリッタータ……めんどくさいから一緒でいい?」


「ああ、この際何でもいいよ」


「店員さーん」


手を挙げてルカが店員を呼びつける


「はーい」と駆けつけてきた店員に「カスレ2ツ」と注文を済ますとメモを取り終えた店員は厨房に伝達しに戻っていった。


「聞いていい?」


「なに?」


「どうして俺を助けた?」


「助けたいから助けたの」


「答えになってないよ」


「人を助けるのに理由なんて必要?」


「どうかな。少なくとも俺にはあんたは理由もなく人を助けるようなお人好しには見えない」


これは経験則に基づく勘だ、目の前の相手は侮っていい相手ではない、だが同時に恩人でもある。


「侵害だなー。偶々助けられた、それでいいじゃない」


「ま、それでもいいかもね」


真昼はおどけたように両手を広げる。


「それにしても君、綺麗な顔してるね。モてるでしょ?」


「惚れた?」


「まさか。僕は汚ない男に体を預ける趣味はないよ」


「僕?まさか男なわけ?」


「どっちだと思う?」


いたずらっぽく目配せしてくる。そのイタズラッ子ぽい反応に心を奪われそうだ。


「えー。わかんないけど、女の方が抱きやすいかなぁ」


「欲求不満なの?」


「あんな所にいれば嫌でも溜まるよ。あんたのおかげで少し元気になったしね」


「今晩辺りでも…なんて言いそうな軽さだね君。けど、さっきも言ったけど汚物と寝る気はないよ」


「臭いって?」


「そう言ってるでしょ?」


「じゃあ、風呂くらい入れてよー」


「この辺に大衆浴場があったはずだから食べ終わった連れて行ってあげる」


「わーい」


そんな軽口を叩きあっている間にいつの間にやら料理が到着したようだ。


「いただきます」


「何?その言動」


両手を合わして呟く行動に興味を持ったのかルカが聞いてくる。


「俺の故郷の習わし。犠牲になった食物に感謝を捧げてるんだって」


「神への祈りじゃないんだね」


「それも、あるかもね」


スプーンでグラタンのような目の前の料理を掬い、口に持っていく。


「!?ベースのトマトは滑らかな甘味を引き立たせ、インゲン豆のまろやかさと舌の上でベストマッチしてくる。更にパリッとした表面をつつくと出てくるラム肉の旨味が…これもまた素晴らしい。

旨すぎる!!これは銀座の一流店でもなかなかお目にかかれないクオリティーだぞ!」


目を見開き顔で訴えるようにルカを見つめる。それほどの美味なのだ。


「グルメリポーターかっ!」


「これが言わずにいられるか!!逆に平然と食べ続けているお前の方がどうかしてるね」


「君そんなキャラだったか?少し暑苦しいぞ」


「食にはうるさいんでね。気を悪くしたなら謝るけどよ」


「いや、いい」


「それならちゃんと味わって食べるんだな。それが食に対する最低限の礼儀だ」


パクパクと食べ進めるルカに苦言を垂らす。


「金を出すのは私なんだが…まぁそうだな。わかったよ」


それから食べ終えるまで特に会話はなく食事代は宣言通りルカが支払ってくれた。


「まさか本当に払ってくれるとは。ごちそうさん」


「私は嘘はつかないよ。それに金もない奴を一人置いていく訳がないじゃないか」


「お人好しめ」


「さっきは助けてもらった好意を否定したくせにもう肯定するのかい?」


「別に…裏が無かろうがあろうがその場の行動は本当だろ?だったらそれを否定するのは些か誠意に欠けると思い直したんだよ」


「なるほどね。ふふ。君は以外に素直なんだな」


「いいから早く風呂連れてけ」


「金を払うのは僕なんだが…まぁいい、りょーかい」


僅かにほくそ笑みながらルカは温泉があると言う場所へ歩きだした。

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